第十二話 オレは迷惑人
「じゃあ、今日からオレは黒金白翼だな」
涙を隠しながら宣言する少女。
それを真っ直ぐ受け止めて微笑む悠斗。
「よろしく、白……翼……………………?」
「「「オレ⁉︎」」」
挨拶を終わらせようとした悠斗、他2人も含め白翼の一人称に驚愕する。男っぽいとは思ったがここまでとは誰も予想していなかった。男性ホルモンが多いのだろうか。いやでも胸は大きい。まさかパッドか……。
「あ……やっぱり『オレ』は変か……」
今度は他人との差異に落ち込みを見せ自嘲気味に笑う。
表情、感情の表現が豊かで楽しい子であった。本人は楽しく感じていないだろうが。
「あー違う違う、突然でビックリしただけだって。そんな人もいるだろうし、それに――そっちの方が似合っててカッコいいからな」
慌てて取り繕う悠斗。白翼にも透けて見えたことだろう。
だが白翼は少し鼻を鳴らした後顔を隠す。
「……お前、変わった奴だな。さっきも言ってたけど、オレをカッコいいとか言った奴はこれで2人目だ」
先までの疑心暗鬼はどこへやら、元の状態(と思われる)に戻った白翼は白い歯を見せて笑う。
その言葉に当然引っ掛かりを覚える悠斗。2人目、という事は以前にも何者かが声をかけたことになる。
それがこの先に登場するという伏線は丸見えだった。その『誰か』が悪事を働く
「そうか? なあ、俺って変わってるか?」
自分でも分かっていつつノアとエリカに話を振ってみると大きく頷いてくれた。
有り難い事なのか有り難くない事なのかはさておき嬉しい気持ちが芽生える。
「そうか……まあいいか。ノア、ちょっと話が長くなると思うからあーちゃんの相手してきてくれよ」
「はい、分かりました」
この先からは真剣な内容へと移る。あーちゃんが暇して出てくる事を防ぐためにもノアを送る。
了承して部屋を出て行くノアの背を見送り話を再開する。
「じゃあ改めて、白翼……ちゃん?」
「ちゃんはやめろ」
「えっと……白翼……さん?」
「呼び捨てでいい」
「なら……白翼……」
厳選に数秒費やしてしまう。しかしやっと納得したのか軽く頷く白翼。
「今度こそ改めて、白翼は何があったんだ」
あえて抽象的に質問をかける。大きな事態が起こっていれば具体的な問いをかけずとも望み通りの解答が帰って来る。
「何があった、とは」
話したくない意思が強い、もしくは大したことがなかったのか大容すら引き出せない。
「空から降って来た、どういう経緯でそうなった」
悠斗の紡いだ言葉を聞いて、理解する。いや、固より理解はしていたのかもしれない。
「あーちゃんは何て?」
話をするか否かはあーちゃんの解答次第らしい。悠斗は正解を探れずありのままを伝えた。「姉に一任する」と。
「そうか」
それだけで意図を理解できるのか短く応える。
「聞いてどうする。オレの話が事実の保証はないし、世界的に見た善悪は個人的に見た視点とは異なる。聞いたら何かあるのか」
善悪、の単語に引っ掛かったがひとまず置いておく。
ここは素直に答えてみるべきだ。ギャルゲーは相手の性格を観察して好感度を上げるために様々な選択をする。しかしここでは相手の性格や正規ルートが分からない、この場合は己の信じるやり方で進めるべきだ。
「困ってる人を助けたい」
悠斗は真剣な眼差しで白翼を見つめる。
その純粋な瞳を向けられ白翼はそれを見つめ返す。
「…………困ってる人、とは? 見方を変えれば全ての人間が困ってる事になるぞ」
数秒ほど見つめ合い、やがて口を開いた白翼は尚も語ろうとしない。悠斗を試しているようにも見える。
だが何よりも、全てを話して拒絶されることを恐れている。
晴れていた空、そこに小さな雲が差し込み日光が遮られた。窓から差し込む光も当然弱くなる。
「それは聞いてから決める。自己判断で、世界の法度に関係なく、自分の信じた事をする」
その堂々とした態度に若干呆れ混じりのため息をつきつつ、何か変人を見るような眼をする白翼。
「オレは天使の奴らに拘束されてたんだ」
やがて語り始める白翼。それに喜ぶ暇もなく話は続く。
「そこからあーちゃんが救出に来てくれたんだけど、後を追われて交戦してたらやられてしまってな。見事に地上に落下したってわけさ」
つまりはそう言う事、と簡略化したつもりで嘲笑的な笑みを作る。
そして、馬鹿げていると言う風に鼻を鳴らした。
「は? なんだそりゃ、なんで拘束されるんだよ」
簡潔に説明したつもりらしいが、悠斗には終始理解できなかった。まず何より出だしから分からない。
「何でって、見ただろオレの羽。オレはハーフなんだよ、だから処分なんだよ」
シッシ、と自分を邪険に扱う素振りを見せる。
余計に理解できない。ハーフイコール処分という繋がりが悠斗にはない。
「悠くん、天使と悪魔は敵対するような関係なの。天使の中に悪魔の血が混じってたら危険、逆も同じ。だから、悪魔と天使のハーフは生まれた時に処分――つまり殺害されるはずなの」
白翼に精神的負荷をかけないよう配慮したのかエリカが代わって説明する。
「それならどうしてハーフが生まれるんだよ。啀み合ってんなら結ばれることなんてないだろ」
恋というものを知らない悠斗が筋の通りそうな事を言う。
「恋に落ちる事は誰だってあるよ。私やノアちゃんが悠くんを好きになったように予測不能なものなの」
恥ずかしくも分かりやすい説明にやや納得する悠斗。
白翼はエリカの横顔をしばらく見ていたが、説明が終わると同時に悠斗に向き直る。
「お前何も知らないんだな」
呆れるように悠斗に視線を送る。
その呆れ顔の中に若干の怒りと希望が見えた。
「何にも知らねぇぞ」
それを当然のように肯定する悠斗にさらに呆れる。
「ま、オレとあーちゃんが生まれた時に消し損なって、親は死んだが2人は生き残ってしまった、的な感じだ」
軽々と言ってのける白翼の感情は見えない。
「どうやって今まで生きて来た?」
「しばらく施設、その後は人間界で身を潜めてたけど丁度この前見つかって家的なのとか全て潰されたわけだ。まあ、あーちゃんだけ逃がしたら助けに来てくれたんだよ」
大体の事柄が悠斗の頭の中で繋がった。
忌み嫌われる天魔のハーフとして生まれた2人は静かに暮らしていたが、最近天使に見つかり拘束されていた。それを救出したが半分失敗に終わった結果が現在である。
大まかな内容はこうだ。
「これで、どう思った、お前は」
白翼はまるで自分を捨ててくれとでも言うように問う。
しかし、話を聞いて悠斗は即決する。
だって――おかしいではないか。
「白翼を助けたいと思った」
「…………」
悠斗の変わらない姿勢に白翼が押し黙る。
「ハーフだぞ」
「聞いた」
白翼が自嘲気味に口を歪める。
「処分命令出てるんだぞ?」
「聞いた」
白翼が前のめりになる。
「ならなんで……」
白翼が絶望の表情で悠斗を見る。
その目をしっかりと捉えて悠斗は平然と応える。
「それはだって、可哀想だからだろ」
その言葉に白翼が怒りを見せる。
「それはオレの生まれた境遇が哀れだと言いたいのか! オレの人生がここで
悠斗の元へ歩み寄り胸ぐらを掴む。唐突な怒りに悠斗は動揺し一瞬たじろぐがすぐ理解する。
罵声を浴びせられるが表情を変えず言葉を受け止める。白翼の手を掴み返して正面から堂々と口を動かす。
「生まれた境遇で差別されるのが可哀想ってことだ。誰と誰が恋で結ばれることが許されるなら、どんな境遇にいる全てのものにも等しく生きる権利があるはずだ。それを無視して処分だの何だの言ってる天界と魔界が悪だと俺は見た」
「…………」
白翼の手の力が弱まり力なく落ちる。
悠斗は白翼の手を離し眼を合わせると静かに問う。
「お前は、生きたくないのか?」
その言葉の後、数秒葛藤した白翼は視線を大きく逸らしながらボソッと声を漏らす。
「そりゃ……生きたいけど」
「なら何でさっきみたいなことを言う」
ここで悠斗が指しているさっきとは『可哀想』の件についてだ。あの時の自分を蔑み低く見た白翼の言葉を指摘している。
「オレは生きてると周りに迷惑をかける。オレは生きたくても周りは生きて欲しくないと思ってるんだよ」
つまりコレは多数決。己の命を多数決によって左右しようとしているのだ。人権などが異世界にあるのかは分からないが、あまりに非道で愚かな行いである。
「お前は何も知らないんだろ? いろいろ知ったらわかるさ」
自己評価を変えず自嘲をやめない。悲哀に満ちた目は既に悠斗を捕らえておらずこの世界を見ているのかすらも分からない。
絶望感で満たされている――ように見える。
「なら俺が何も知らないうちに出会えてよかったじゃねぇか。だから俺は今助けたいって言ってるんだよ。なあ、俺の提案聞いてくれないか?」
自己嫌悪を続ける白翼の意識を大きく逸らし考えを改めさせるために一つの案を出す。
悠斗の『提案』と言う言葉に反応して顔を上げると2人の目が交差した。その瞬間を狙って悠斗は考えを口にする。
「2人が天使に狙われてるのは分かった、でもここにいれば簡単には見つからないだろ?」
悠斗の無知ながらの疑問に「まぁ」と解答する白翼。
「だったらしばらくウチにいな。あーちゃんとは一泊って話したけどずっとここにいていいぞ」
悠斗はそんな提案を持ちかけた。
その案を聞いて「だから……」と小さくため息をつくと、
「それだとお前らに迷惑かけるだろって言ってんだよ」
「大丈夫だ、俺もノアもエリカも気にしないしイヤなことじゃない」
「オレが嫌なんだっての‼︎」
白翼の叫びに悠斗とエリカが肩を震わせる。
流石に突然声を張られると恐怖する。それが白翼のような人なら尚更。
「もう、人様に迷惑かけながら生きたくないんだよ……!」
なるほど、そう言うことか、と悠斗は大きく頷き強い共感を示した。
あぁ、俺はこの少女と性格が似ている、そう思わずにはいられなかった。
「よっしゃ分かった。なら覚悟しとけよ、こう言う時は持ちつ持たれつだ、白翼が俺に迷惑かけたら俺も白翼に迷惑かけてやるからな」
「だからっ‼︎……」
「お前も誰かに迷惑かけられれば分かるさ」
白翼の怒号を寸前で遮り自分の言葉の方が重要だと理解させる。何でもいいからとにかくここに留める。
「迷惑かけてると思っても、意外と周りのやつはそれが嬉しいもんなんだよ。きっと迷惑かけてるなんて忘れるくらい変な日々になるぞ」
白翼に指を突きつけ宣告する。
白翼は悠斗の宣告に困惑し、動揺している。自分のことを本気で助けてくれようとしている人がどれほど少ないのか、今まで生きてきてこれ程まで生きろと言われたことがない。だから勘違いをする。それは正しい勘違い。2人は悠斗に救ってもらってもいいと。
悠斗は自身の体験がこんな時にこんな役立ち方をするなんて夢にも思わなかった。何だかとても心地よい気分に包まれた。
「だからまぁ、俺が迷惑かけるのを気長に待ってくれないか? その時に嫌だったら、好きにしてもらっていいよ。その代わり、それまでは俺たちに迷惑かけ続けろよ。まあ、俺的には何を言われようとも迷惑とは思わないけどな」
落ち込んだような雰囲気に少し活力が芽生える白翼の表情。しばらく呆然としていたようだが、悠斗の変人っぷりを認知すると妙な笑いが込み上げてきて苦しくなった。
「……分かった……それなら、迷惑かけてやる」
悠斗には見えていた。
同じ境遇の人間は同じ眼を、同じ表情を、同じ動作を、同じ生き方を魅せる。
一見絶望や悲哀で満ちているように見える心にも、小さな希望がある。
生きている限り、誰かに助けを求めている。
悠斗は、彼女の一寸にも満たない小さな希望の芽を拾ってあげたのだ。
「でも、お前たちに飽きたら……出て行くかもしれないからな」
「ああ…………」
応じやすい盤面を作って正解だった。
人は見方や捉え方を一変させるだけで様々な事に変化が生じる。心理とは実に複雑多岐なもので難解だが、人が思う以上に扱いやすい。
悠斗は白翼の宣言にニカッと笑うと拳を突き出す。それを見た白翼も腕を出し2人の拳をぶつけ合った。
ちょっとだけ笑った2人は何となく似たもの同士なのかもしれない。
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