2/27『孵卵器×戦争×サボテン』

お題『孵卵器×戦争×サボテン』

プロット

序:戦争に勝つためにドラゴンの卵を巨大孵卵器で管理している女兵士

破:そこへサボテンの花を求めて旅人がやってくる。

急:旅人によって戦争が既に終わったことを知らされる。


「待ちな」

 警告と共に赤い光が少年の額を射止めた。

 レーザーサイトの光。

 既に狙いは定められており、いつでも殺せるという意思表示。

 額に赤い点を付けられた少年は笑顔で両手を挙げて戦う意志がないことを示した。

「ここは立ち入り禁止だよ。所属と名前を答えなさい」

 声の主は女性のようだった。

 厳しい戦いを生き残ってきた歴戦の女兵士という雰囲気を感じさせる。

 ここはとある砂漠にあるオアシスの一角。

 そこで涼む為に少年はオアシスの奥にあった洞窟に入ったのだが、先客がいたらしい。

「ボクの名前はニーク。所属はない。ただの旅人だよ」

「旅人? 馬鹿なこの戦争中に旅人がこの紛争地域に紛れ込めるものか」

 女兵士の言葉に少年――ニークはきょとんとする。

「もしかして、戦争の終結をご存じない?」

「流言で私を惑わすつもりならば、容赦はしないぞ」

「まさか。なんなら荷物を改めてくれればいいですよ。

 ボクは丸腰です」

 ニークの言葉に赤いレーザーサイトの光が外される。

 やがてかつーんかつーんという足音と共に引き締まった肉体を持つ背の高い金髪の女性が現れた。

 ニークは両手を挙げたままただにこやかに笑いかける。

「その体勢のまま、足下の荷物から四歩後ろに下がりなさい」

「はいさ」

 ニークはゆっくりと後ろへ下がる。

 それを確認した後、女兵士はニークの荷物を改めた。

 そして情報端末を手にして、内部情報を漁る。

 彼女はため息をついた後、ゆっくりと銃を収めた。

「――楽にして良い悪かったね、少年」

「ニークですよ。兵隊さん」

「謝罪するよ、ニーク。

 私はリィン・キューストン二等大――いや、ただのリィン・キューストンだ。

 ただの、敗残兵だな」

 彼女はあざけるように笑う。

 しかし、不思議とそこに悲しみのようなものは見当たらない。

「意外とショックを受けてないんですね」

「いいや、ショックは受けてる」

「そうは見えませんけど」

「最終兵器を使わなくて済んだみたいだからな。ほっとした気持ちの方が強いのは確かだ」

 彼女は笑いながら手にした荷物をニークに手渡した。

「最終兵器ですか?」

「――良いだろう。せっかくだから見せてあげよう」

 女兵士――いいや、元女兵士のリィンはそう笑うと明かりを灯し、ニークへ洞窟の奥へ来るよう促した。

 ニークは好奇心からリィンの背を追う。

 やがて、いくつかの曲がり角を過ぎた先に――それはあった。

 成人男性の十倍の大きさのある巨大な卵。そしてそれを支える謎の巨大な電子機器達。

「……これは?」

「ドラゴンの卵だよ」

 リィンの言葉にニークは言葉を失った。

 厄災の化身。ドラゴン。

 それはこの大陸において知らぬ者のいない破壊と殺戮の象徴だ。

 五十年前、たった一匹のドラゴンによって大陸の過半が焼き尽くされ、今もまだその恐怖の記憶は大陸の各地に畏怖として残されている。その大災害を経験していない世代のニーク少年や、リィンにとってもそれは話題にするのも憚られる超常存在だ。

 その卵が、ここで保管されている。

 それはともすればリィンの所属する国は自爆覚悟でその厄災の化身を大陸に解き放つ覚悟があったということなのだろう。

「周りにある電子機器は孵卵器だよ。

 命令があれば三日以内にドラゴンの幼体を生まれさせる予定だった」

「……気の長い話ですね。幼体のドラゴンが生まれたからって戦争に勝てるとは限らないのに」

「全くだ。ただ、ドラゴンは生まれた時から人間以上のバケモノだ。それが解き放たれたのなら――少なくともこの国一つくらいはなくなってただろうさ」

「なんでそんなものを」

「――最終兵器なんて嘘っぱちだったのだと思う」

 リィンはかつて死んでいった上官の顔を思い浮かべる。

「ドラゴンという種が途絶えないよう、あるいは戦争でむやみに使われないよう隔離するのが本当の目的だったのだろうさ」

「ということは、お姉さんは見事最後までその役目を終えたんですね」

 ニークの言葉にリィンは目を丸くする。

 そんな言葉をかけられるとは夢にも思っていなかったらしい。

「……まあ、そういうとらえ方もあるな」

 リィンは笑った。ここ久しぶりの――数年で初めての笑みかも知れない。

「君はどうしてここへ?」

「ボクはサボテンを探しに」

「サボテン?」

「知らないですか。この砂漠にあるという植物ですよ。戦争のせいで失われたとも言われてますが、どこかにまだ残っているかもしれないと思って、探しに来たんです」

「……変な奴。そんなの調べてなんになるんだ?」

「いえ、意味はないかもしれないですけど、死んだ祖父が好きだった花なんです。

 どんなものか知りたくて」

「そっか」

 ニークの言葉にリィンは軽く頷いた。

「今日は泊まっていくといい。戦後の話を聞かせてくれ」

「分かりました。お姉さんはどうするつもりです?」

「さあてな。なんのかんの、私はこのドラゴンの卵に愛着が湧いたからね

 こいつが変に孵化しないよう見守ろうと思う」

「そうですか」

「……サボテンの花が見つかったらまた来てくれ。その時まで私はここに居るだろう」

「分かりました。約束です」

 その日の夜、二人は長い長い話をした。

 どれも取るに足らないくだらない話ばかり。

 けれども、この出会いがなによりの宝だと互いに思いあった。

 かくて次の日、ニークは旅立つ。

 再会を胸に秘めて。




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