2/23『一般人×台風×アルバム』

お題『一般人×台風×アルバム』

プロット

序:台風で親戚の少年と少女が二人きりでお留守番

破:一般人には見せられない趣味を隠す少女。そしてもっと見せられないアルバムを見られてしまう

急:結局女の子がオタクだと言うことがバレてしまうのだった


 ただただ気まずい。

 本日は台風。

 外では強風が吹き荒れ、がたがたと窓が時折震えたり、道路をカンカンッと空き缶が跳ねる音がやけに響く。

 せっかくの休日なのに外出も出来ないので自分の部屋にこもってダラダラとすごそう――そう思っていたのに。

「勇貴くん、飲み物居る?」

「いらない」

 私の言葉に親戚の男の子が無愛想に答える。

 そう、今この家は私一人ではない。

 なんと親戚の男の子を預かっているのだ。

 しかも中学生というひときわ面倒くさいクソガキを。

 さっきからうつむいて自分のスマホを見つめて黙々と何かをやっている。

 会話が弾むことなく、気まずい空気だけがリビングを支配する。

 ――どうしよう、放置して自分の部屋に行って良いのかしら。

 見る限り、従弟の勇貴くんはうろちょろしたりしないし、あんまり話しかけなくても良さそうだ。

 けれども、放置したらしたで後から叔母に何か言われてしまうかも知れない。

 私の親戚は色々と面倒くさい人が多いので、悪い評判が立っても困る。

「……ねえ、ゲーム好きなの?」

「まあ」

「一緒にゲームでもする?」

「嫌」

 ――ぐっ。

 嫌っとはっきりと言われてしまった。

 こう面と向かってではないけれどはっきりとマイナス感情を当てられるとくらっと来てしまう。

 もう自室にこもって適当に時間を潰したい。

 だいたい女子高生と男子中学生を一つ屋根の下に放置するなんて親はどういうつもりなのだろうか。私のが年上なのに勇貴くんときたら私よりも身体が大きい。

 間違いでも起こったら大変だ。

 ――いや、まだまだ子供なのだから間違いなんて起きるわけがないのだけど。

「……お姉ちゃん、宿題やるから。何かあったら声かけてね」

「うん」

 勇貴くん、スマホから目を逸らさず。

 仕方ないので私は自室から鞄を取ってきて、中からプリントを取り出す。

 勇貴くんは夜には帰る。

 ――なので夜遊ぶために今のうちに宿題を終わらせる!

 かくてリビングには寝転がってスマホを弄り続ける男子中学生と、宿題を始めた女子高生というとてもかみ合わない二人が共存することになる。

 一切の会話のない中、外からは強い風の音だけが聞こえてくる。

 ――一人きりで宿題をやる分には全然気にならない状況のはずなのに、隣に人が居るだけでなんでこんなにも喋らないことが苦痛に感じるのだろう。

 私だけなのかも知れないが、ともかく会話がないのが苦痛だった。

 ふと。

「あ、その本」

「ん?」

 彼の視線の先にあったのは私の鞄からはみ出ている一冊の本だった。

「もしかして『ヒュプノ――」

「違うっ!」

 私は思わずくい気味に従弟の言葉を否定した。

 きょとんとする勇貴くん。

「いや、どう見ても今のはあれじゃん。人気アニメの」

「違います。たとえそうだとしても、一般人には見せられないものです」

「はぁ?」

 私の言葉に勇貴くんは明らかに怪訝な顔をする。

「あんたは一般人じゃないの? なんなの? 軍人か何かなの?」

 ――私は一般人ではなくオタクよ。

 なんて言うことは出来ず、私は思わず首を横に振った。

「違うけど――似たようなものよ」

「似たようなものなの!?」

「ええ。この機密を君に開示することは出来ない」

「そのしゃべり方、オタクなの?」

「違う! 断じて! オタクではないよ!」

「いやいや。普通の人はそんなにしゃべり方しないって」

「しーまーす。高校生ではこれくらいが普通です」

「つーか、オタクなの隠すとか今時流行らないでしょ。俺だってオタクだし」

「男の子のあんたはそれで良いかもしれないけれど、女の子はオタクじゃダメなの」

「意味分からないんだけど。うちのクラスとか男女全員オタクだし」

 彼の言葉に私も少し考え直す。

 変に隠し立てするほうが不自然だ。

「まあ、そうね。そういう意味で言えば、私も日本の女子高生だし、ふつうに幾つかオタクっぽい趣味も嗜んではいるよ」

「そう。じゃあ今の本――」

「それは却下」

 彼には見せられない。

 これはそう、別に後ろ暗いところがあるわけではないが、友達の、マジのオタクの友達から借りたとても貴重な同人誌。

 この内容を一般人である彼に見せるにはあまりにも刺激が強いし、私がこんな本を持っている言いふらされてはたまらない。

「きみは何も見なかった。そういうことにしよ」

「んだよ、同人誌くらい別に俺も何個か持ってるし」

 なるほど、彼も一目見てアレを同人誌だと見抜くくらいにはオタク経験値があるらしい。さりげない一般人ではないアピール。

「いや、でも君が見ても面白いものじゃないよ」

「それを決めるのは姉ちゃんじゃないよ。それとも、うちの親が帰ってきた時に親の前で本を見せて、て言おうか?」

「はぁ? そんなことしたら絶対にあんたを許さないからね」

「許さないってどうするんだよ?」

「あんたに留守番中にセクハラされたって言う」

「ちょっ! ずりぃ! なんで俺があんたなんかをセクハラしなきゃならないんだよ!」

「ふふーん。思春期の男の子だもんね。私の一言であんたは親からはスケベなエロガキとして見られる訳だ」

「ぐぬぬぬ、きたねえぞ。というか、スケベな本を持ってるのはお前の方だろ」

「はぁ? 別に私が持ってるのはスケベな本じゃありませーん」

「じゃあなんで見せられないんだよ」

「宗教上の理由で教えられませーん」

「うわぁ、腹立つ言い方! ……くっそ」

 そう言って彼は席を立ち、どたどたと部屋を出て行く。

 あの様子だと行き先はトイレだろう。

 彼がトイレに行っている間に私は鞄を自分の部屋に持っていき、部屋に鍵を閉めてまたリビングに戻ってきた。

 そこで彼が持っていたのは――私の中学の時の卒業アルバムだった。

「なっ! 何故それを!」

「オジサンが飾ってるからな」

 そう、うちの親はリビングにひときわ大きな書棚を置いてあり、その中に私の中学の時のアルバムもしまわれている。が、たくさんの蔵書に紛れて普段は目立たないのだが。

 ――このガキ、あの短い間に私の中学の卒業アルバムをピンポイントで見つけてきたというの?

 恐ろしい奴である。

「見ても?」

「べ、別に。好きにすれば?見られて困るようなこと書かれてないし!」

「うわ、これが入学式の時の姉ちゃんか。うわぁ」

「え、何? うわぁ、て何?」

「ほら」

「うわぁっ!!」

 見せられた写真に思わず私は飛び上がる。

 中学の入学式、すなわち小学校を卒業してすぐの私はなんというか、自分でもびっくりするくらいの丸顔で、いかにも子供っ! て感じをしていた。

 思わず膝から崩れ落ちる。

「さ、三年前の私こんなんだったんだ」

「いや、まあ今とそんなに変わらないだろ」

「全然違うでしょうが! ぶっ殺すわよ!」

「おいおい、言葉遣いが穏やかじゃないな」

 そう言いながら彼はぴらり、ぴらりとアルバムをめくっていく。

「ほれ、これとか。これとか」

「はい終了!! もう見るの禁止っ!

 なんであんたに私のアルバム見られないといけないのよ!」

「暇つぶし」

「スマホでも適当に弄ってたら良いでしょ!」

「んだよ、せっかく話しかけて欲しそうにしてたから話しかけたのに」

「はぁぁぁぁ? 誰がいつ話しかけて欲しいって言ったのよ」

「全身がそういう空気出してたぞ」

「はっ倒すわよ! 私は使命感から、こう、親戚の家に預けられてさみしそうなあんたのために話しかけてあげようとしてただけ!」

「ああっ? 誰が?」

「はぁっ? どうみてもあんだだけど?」

 と私は人差し指を彼に突きつけ――事故が起きた。

「……っ?」

 すぽっ、と彼の口の中に私の指が入り込んでしまったのだ。

「…………」

「…………」

 静まりかえる私達。

 やがて、私はゆっくりと彼の口元から自分の指を抜いた。

 ちゅぽんっ、と彼のツバでベトベトになった指が口から輩出される。

「…………」

「…………洗ってくる」

「どうぞ」

 私はそのままリビングの横にあるキッチンへ移動し、水場で蛇口をひねって手を洗った。

「…………」

「…………」

 謎の沈黙が続く。

 彼はいつの間にやら持っていたアルバムを閉じてリビングの本棚の中に戻していた。

 そして、黙ってスマホを弄る作業を再開した。

 私も、何も言えず、彼の隣で宿題のプリントをやる作業を再開した。

 結局この日は親が帰ってくるまで気まずいままで過ごす私達であった。




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