第10話 不倫観察

始末書を書き、後はネットサーフィンのいつもの仕事を終えて俺は帰る。

そろそろ日も沈む。超人化の時がそろそろやってくる。


「あれ? アイツらもしかして⋯⋯」


ここで俺は見知った顔を見た。

今日は仕事を休んでいる佐藤と、その横に相沢さんだ。

しかも仲良く買い物袋を持っている。


「おいおいマジかよ。相沢さんは相手がいるんだろ? 不倫か」


予想してたと実際に見るは違う。

こうして二人が仲良さそうに買い物してるのを見ると、背徳感というか見ちゃいけないものを見た気分になる。


「おじさん! ナイトメアのおじさん!」


だがここで俺の後ろから声がした。

見ると制服を着た女子高生がこちらに駆けてくる。


「お店にナゲット置いてくれたのおじさんでしょ!」


こっちに来たのはトーンだった。気のせいかさっきより顔色がいい気がする。

てか、こんな人の多い所で俺がナイトメアだって言うな。


「おじさん、ありがと⋯⋯」

「ちょっと口閉じろ。場所変えるぞ」


俺は佐藤と相沢さんが見える位置を保ちつつ、トーンの腕を引っ張る。

そして人が少なめの自販機の前までトーンを誘導した。


「礼ならいい。つかお前、俺をずっと尾行してたのかよ」

「だっておじさんが何処住んでるか知らないんだもん。いつまた会えるか分かんないし、だからおじさんが勤めてる会社の前に仕事が終わってからずっと立ってたんだ」


さらっと恐ろしいこと言いやがったな。

俺が製薬会社に勤めてるって、お前のいる組織にもうバレてたのかよ。

どうしよう転職しようかな。


「で、どうだった。腹の足しにはなったか?」

「うん。おかげで今日も一日乗り切れそう」


その日一日を生きるだけでも大変ってわけか。

まあ、俺も金無しだから給料日までデパートの試食コーナーを荒らして生きるつもりだけど。生き方がセコ過ぎるとか言わないでくれよ、これは戦略的食糧確保だ。


「おじさんのことは秘密にしとく。オメガではおじさんが超危険人物なんじゃないかって言われてたけど、おじさんいい人みたいだし」

「ありがとよトーン。けど、もう少しいい人のハードルは上げた方が良いぞ」


俺もトーンがバイトしていることは黙っておくことにした。

仕事もまじめにやってるみたいだし、流石の俺も何の恨みも無しに仕事を奪うほど鬼じゃないしな。


しかし、改めて見るとトーンはザ・美少女って感じの風貌だ。

古風な雰囲気のシノンとは違って、今時の女子高生って感じだ。どっちが好みかは人によるだろうけど。俺が好みなのは⋯⋯まあ、それは言わないでおくか。


「でもおじさん、さっきボーっとしてたよ? 何見てたの?」

「大人の世界の話だよ。そこで俺の同僚がウチの会社のマドンナと不倫してんのさ」

「ホント!? どこどこ!?」

「食いつくの早えな⋯⋯」


目をキラキラさせて辺りを見回しているトーン。

こいつもしかして昼ドラとか好きなタイプだろうか。


「アイツらだよ」


俺は指差してトーンに教えてやった。

するとトーンはそっちに目を向ける。


「あれ? ケイだ」

「ケイ? 佐藤のニックネームか? でも何で知ってんの?」

「だってあの人、オメガの超人だよ」


まて、ちょっと待て。

佐藤が超人? 何かの間違いだろ。


「人違いじゃないのか? 確かにいい奴だけど、超人って感じじゃないぜ。きっとアイツ、今まで喧嘩もしたことないだろ」

「超人だからって人と戦うだけが仕事じゃないもん。ケイは『看破超人』っていって、人の嘘を見抜けるの。だから普段は諜報員なんだよ」


おいおいおい、初耳な情報だらけだぞ。

佐藤が嘘を見抜ける超人? てことは今まで俺が課長に言ってた嘘も全部アイツにバレてたってことかよ。やばいな、それは。


「でも、前の報告会でおじさんの嘘は見抜けないってケイが報告してたよ。おじさんの力はケイの嘘を見抜く力を越えてるみたい」


それは良かった。流石俺、と心の中で自分を褒めてみる。

しかしそんなガチガチな態勢で俺のことを分析されてたのか。もしかして佐藤がウチの会社に入ったのも俺を監視するためなのかもしれないな。


「でも俺にそんなことバラしていいのか?」

「あっ⋯⋯⋯」


口を覆うトーン。いかにも言ってしまった、って感じの顔をしてるのを見るに、きっと正直すぎてこの子は嘘とかつけないんだろうな。

本来敵のはずの俺にペラペラ話しかけてる時点で察してはいたが、トーンはスパイ活動とか絶対やっちゃいけないタイプだ。


「まあいいさ。俺に口を滑らしたのも黙っといてやるよ」


もうどっちが追い詰める側なのか分かりゃしねえ。

とか思っている間に、気が付くと日が完全に沈んでいた。

ワイシャツの上からだから分かりづらいが、今の俺の体はナイトメアモードになってムキムキの状態になっている。今の俺は無敵だ。


「だけどケイの横にいる女の人⋯⋯どっかで見た気がする」


するとトーンが今度は相沢さんを見ながらそんなことを言った。


「思い出せないなあ。確か、何かの事件の資料で見たことあるような⋯⋯」

「相沢さんは普通のOLだぜ。お前ら超人には関係ねえよ」


んなことを言っている間に、気が付くと俺たちは佐藤と相沢さんをガッツリ尾行するストーカーになっていた。思いきりそれを楽しんでいるのはトーンだが。

目をキラキラさせて仲良く話してながら歩いている佐藤と相沢を見ている。


「ったく、何が悲しくて同僚の不倫を見てなきゃいけねえんだか⋯⋯」

「えー、楽しいじゃん!」

「そりゃお前がそういうのに興奮する年頃だからだよ。俺はアイツらの背徳の恋愛を見て見ぬふりしてビール飲んでるくらいが丁度いいの」


といっている内に辿り着いたのは⋯⋯


「おっ、夜の闘技場か」


ネオンライトに飾られた男と女の夜の遊園地。

世間一般では『ラブホ』と呼ばれているそれだった。


「⋯⋯⋯」

「さっきまでのノリノリだったのに、何恥ずかしがってんだよ」

「だって、ここ、その、ラブ、love⋯⋯」


トーンの顔が真っ赤になっている。

まあ仕方ない。年頃の女の子には刺激が強すぎたか。


「あほくせ。ほら、帰るぞ。お前がアイツらの夜のプレイまで観察したいって言うなら中に連れてってやるけどな」

「お、おじさんと中に!? な、中で何を⋯⋯!」

「お前、俺をブタ箱行きにする気かこの野郎」


付き合ってられない俺は帰ろうと踵を返そうとした。

だがその時、トーンが何かに気付く。


「!! おじさん、あの人たち!」

「何だ、ツチノコでもいたか?」

「違う! シグマの超人だよ!」


見ると佐藤と相沢さんの後を追うようにして男が二人、ラブホに入っていった。

一瞬そっちの方面の方々かと思った俺だが、冷静に考えてみると何か雰囲気がおかしい。少なくともこれから二人で夜の楽しい時間を過ごすって感じじゃなかったな。


「確か、お前と佐藤がいるオメガってとことシグマって組織は仲が悪いんだよな?」

「うん。オメガとシグマは強く敵対してて、シグマは私達を倒そうとしてるの!」


てことは、アイツらはまさか⋯⋯


「もしかして、ケイを⋯⋯!!」

「オメガ所属の佐藤を潰すために来たってか?」

「私、ケイを助けに行く! ケイが危ない!」


だがここで、さっきの男どもが佐藤を襲うつもりなら相沢さんも巻き込まれるんじゃないかと思う俺。でもさっきの男たちは、このタイミングで佐藤と相沢さんが現れるのを知ってたみたいにドンピシャのタイミングでここに来た。まるで前もって誰かに誘導されてたみたいにな。


(まさか⋯⋯まさかな)


もしや、相沢さんがアイツらとグルなのか?

てことは相沢さんはシグマの関係者、もしや超人なのか?


「トーン。お前は日が昇っている時しか力が使えないんだよな」

「う、うん。あと少しで力も消えちゃう。だから仲間を呼ばないと⋯⋯」

「助けなんて呼ぶ必要ねえよ。俺が俺の同僚助けんのに理由はいらねえからな」


「えっ?」と俺を見るトーン。

今日はガンさんのコーヒーは飲めなそうだな。後で街の奴らにパトロールに行かなかった言い訳をしなきゃいけないと思うと少し気が重い。


「行くぞトーン。何が起きるのか見に行ってやろうじゃねえか」


俺は鞄を置き、チャックを開ける。

そこには俺がナイトメアになるためのマスクがあった。

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