第9話 トーンとの再会

「今日も遅刻かね?」

「いやあ、これには深い事情があるんですって。日本刀持った女子大生に追いかけられて、しかもバカ高いシュークリームも買わされたんですよ。おかげで俺は⋯⋯」

「嘘をつかなくていい。君は周りの迷惑にならないことだけを考えていなさい」


呆れたように俺にそう言って、課長は消えていった。

バーサーク化したシノンから何とか解放された俺は、その足で会社にやって来た。てか嘘も何も全部本当なんだけどな。おかげで俺は貯金ゼロ、手持ちの金は千円札一枚。暫く給料日までの間水飲み生活が決定した。普段から嘘ついてるからこういう時に信用してもらえないのか、これがオオカミ少年ってやつなんだろうな。


「そういや、今日は佐藤の奴いねえな」


こういう時に、いつも声をかけてくる佐藤が今日はいない。

しかも、普段滅多に休まない相沢さんも今日はいないみたいだ。聞いていたところ、今日は二人共有給を使って休んでいるらしい。

滅多に仕事を休まない二人が同時に休む。これはクロだな。


「佐藤の奴、抜け駆けしやがったな。人畜無害のヒツジみてえな雰囲気出してるくせによお」


何だよチクショウ、二人揃って抜け駆けからの愛のランデブーかよ、と内心心の中で舌打ちする俺。俺がシノンに追っかけられている間に、アイツらは二人で楽しんでやがるのかと邪推した俺は、仕事なんかやってられなくなった。


「あー、もう仕事なんかやってられないでしょ。飯食ってくるか」

「コラ夜内!! お前は休み抜きだ!」

「あっかんべーだ! 始末書なら後で何十枚でも書いてやるよ!」


課長の怒鳴り声を無視して、俺は会社から少し離れたハンバーガーチェーン店に行くことにした。千円あればデカいハンバーガーを食えるし。

やっぱヤなことがあった時はジャンキーなモンを食うに限るな。俺はナゲットと、最近発売されたばかりのウルトラダブルキングバーガーを頼むことにした。


「コイツを一つ、あとナゲットをくれ」

「かしこまりました。もう暫くお待ちください」


店に入った俺の対応をしたのは礼儀正しい女子店員だった。

見たところバイトだな、平日の昼間に働いている割には若い。高校生くらいだろう。

しかし何だろう、今の声といい見た目といい、何か前にも会ったような気がする。


「お待たせしました。ウルトラダブルキングバーガーと、チキンナゲットです」

「おうありがとよ、お姉ちゃん」


ここで初めて俺は店員の顔をハッキリ見た。

相手も同じように、俺の顔を見る。


「⋯⋯⋯⋯」

「⋯⋯⋯⋯」


ガラにもなく、絶句しちまった。

とはいえそれは相手も同じだ。


「おじ、さん⋯⋯」

「確か、トーンちゃんだったか?」


つい先日、俺がブッ倒したオメガ超人共。

その中の一人にいた、トーンが目の前にいた。


しかしここで、俺の悪知恵が超高速でフル回転する。

平日昼間、しかも前に助けた時は制服を着ていたくらいだし高校生だ。ということは少なくとも、平日の昼間からバイトしてるのは明らかにおかしいよなあ。


「学校サボってバイトとは良い根性してるじゃねえか」

「いやっ、あの、それは⋯⋯」

「お前を助けた時に着てた制服はバッチリ覚えてるぜ。だからお前が通ってる学校は割り出せるし、先生たちにお前が学校サボってるのを告げ口してやってもいいぜ?」


真っ青になるトーン。この感じからして、不良って感じじゃなさそうだな。

先生たちに告げ口されたらヤバいと感じるくらいには、真っ当な高校生活を送っているみたいだ。普通に学校をサボりまくっていた俺とは違って。


「お願いっ!! 学校に私が働いてることは言わないで!」

「ほう、バイト禁止の学校だったりするのか? だったら尚更だなあ」


口を滑らせたことに気付くトーンだが、もう遅い。

俺はJKの心の傷に塩を擦りこむくらいのことは眉一つ動かさず出来る男だ。


「とはいえ、俺も夜の超人活動をバラされても困るんでな。どうだ? お前の秘密を俺が言いふらさない代わりに、お前の仲間の超人共に俺をもう追い掛け回さないように説得してくれよ」


硬直しているトーン。この様子だと、それは難しいって感じだ。

無理な内容を交換条件にしても効果は薄いし、内容を変えるか。


「ならせめて、お前だけでも俺から手を引いてくれよ。当然、今日会ったことも他言無用で仲間には言わない。これならいいだろ?」

「⋯⋯うん」


俺が無理やり言わせたみたいな感じになったな。

30手前の男が女子高生を脅迫とか、一歩間違えば御用になりそうな話だが⋯⋯


「お客様。従業員の業務の妨げになりますので移動して頂いてもよろしいですか?」


すると俺がトーンに絡んでると思ったのか店長と書かれた札を引っさげた男が俺に声をかけてきた。

つかこの店長、俺でもビビるくらいガタイがいい。

しかも顔もメチャメチャ厳つい。何かアスリートでもやってたんだろうか。


「ああ悪いね、すぐに消えるよ」


出禁になるのも嫌だった俺は、大人しくトーンから離れる。

店内で食うのもトーンが気まずいだろうと思った俺は、トレーを置いてハンバーガーとナゲットを持って店の外で食うことにした。


「さあて、給料日までの食い溜めだな」


ハンバーガーを頬張る俺。

旨いなあと思いながら俺は一口、二口と平らげていく。

するとここで、何処からか声が聞こえてきた。


「⋯⋯大変だったな、変な人に絡まれて」


店の裏側、その排気口から声が聞こえてくる。

盗み聞きしたいわけじゃなかったが、思わずそれに耳を傾ける俺。


「学校の勉強は大丈夫か?」

「大丈夫です。仕事が終わってから勉強してます」

「夜もお仕事があるんだろう? 無理したら倒れてしまうぞ」


話しているのはさっきの店長と、トーンだ。


「弟がもうすぐ高校受験なんです。そうしたらお金もいるし、お父さんの借金を返すのにもお金が要ります。だからもっと働かないと⋯⋯」

「でも、それで君が倒れたら大変だ。いくら若くても限界はあるんだから」


トーンの声は沈んでいる。もしかしたら俺の脅しがまだ効いているのかもしれない。

しかしトーンはそんなにお金に困っていたのか。だから、学校をサボってまでバイトして、しかも夜も働いているとは⋯⋯


もしかして俺がトーンを助けたあの日も、仕事帰りだったのか?


「さっきの人は知っている人なのか? ストーカーだったら警察に通報するけど」

「えっと⋯⋯知り合いです。だから心配しないでください」


しかも、俺のことまで庇っている。

きっと学校にバイトしていることを知られたらもう働けなくなるだろう。でもそうしたら、トーンはもう生活していけなくなる。

学校サボるついでに遊ぶ金欲しさに働いているくらいに俺は思ってたけど、俺が脅迫した内容はトーンにとっては生きるか死ぬかの話だったのか。


するとここでガタっと音がした。まるで人が倒れかけたみたいに。


「フラフラじゃないか。ご飯はちゃんと食べたのか?」

「お金がなくて⋯⋯朝から食べてないんです」

「無理しちゃダメだ。お金なら出すから何か食べろ」

「心配しないでください。お客さんが並んでいるのでフロア行ってきます」


すると足音が聞こえた。きっとトーンはまた仕事に行ったんだろう。

気が付いたとき、俺の手からハンバーガーが消えていた。話を聞くのに夢中でハンバーガを食っていることも意識に入ってなかった。


とはいえ、俺にはナゲットがまだ残っている。

俺の底無しの胃袋を満たすため、早速ナゲットを頂くとするか。


「⋯⋯⋯」


何でだろうな。食う気がしなかった。

きっと昨日食ったコンビニ弁当が腐ってたから食欲がないんだろうな。うん、きっとそうに違いない。

俺は店の裏口を開けると、店長がいる部屋に入った。


「さっきはお騒がせして悪かったな」


驚いている店長。さっきの不審者がまた来やがったと防犯ブザーを鳴らす寸前だったが、それより先に俺は手にあったナゲットを置いた。


「さっきの子にこれ渡しておいてくれ。それと⋯⋯」


財布をひっくり返す俺。

ハンバーガーを買った釣銭しか出てこない。でも俺は出てきた小銭を全部机に置いた。小さめのハンバーガーが買える位の額にはなったはずだ。


「それと、さっきのおじさんが謝っていたと伝えておいてくれ」


そして俺は店の外に出る。

外からもトーンの接客をする声が聞こえてきた。


空っぽの財布。もう持ち金はゼロだ。

明日から俺はどうやって食っていこうか。


そんなことを思いながら、俺は会社に戻ることにした。

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