第1話 出会い
走っても走っても追いかけてくる足音に、諦める気配はない。
小倉詩乃は、後ろを振り返りながら人気のない暗い路地を駆け抜ける。
濡れたアスファルトと朽ちたビルが、幾重にも重なり街の明かりはまだ遠い。
息が切れて、肺が痛い。けれど、絶対に止まるわけにはいかない。
どうしてこんな事に。
酸欠気味の脳にそんな後悔がよぎり、不安が胸を締め付ける。
いつもなら絶対に踏み込まない場所に今、一人きり。
始まりは三日前。
突然、妹の美穂が姿を消した。
最初は友人のところにお泊りだろうと思っていた。
いつまでも子供だと思っていても、美穂ももう高校生なのだから、断りもなく外泊することもあるだろう。
けれど、次の日も連絡はなく、スマホも繋がらない。
不安になった詩乃はついに、三日目の昼に彼女を探しに出た。
スマホは今も繋がらない。
早くに母を亡くした小倉家では詩乃が美穂の母親代わりだった。
単身赴任の父も、美穂が中学に入学した辺りから、あまり家に帰って来なくなった。
実質、姉妹二人だけの生活。
連絡もなく美穂がこんなにも家を空けたのは初めてだった。
姉妹共通のパソコンに中に残っていた美穂のメールの中に、閉鎖地区内でのパーティの話題があるのを見つけた詩乃は、そこに向かう途中、男どもに追われる事になってしまった。
反射的に逃げ出して、ただやみくもに走るだけ。
治安が悪いのは知っていたけれど、まだ夜の8時すら回っていない時間に、まさか襲われそうになるなんて……。
「!?」
突然、詩乃の目の前に一人の男が立ちはだかった。
後ずさり、元来た道を戻ろうとする詩乃の退路を、追いついて来た二人の男が塞いだ。
「お姉さーん、鬼ごっこは終わり?」
痩身に緩いTシャツとジーンズ姿の青年がニヤニヤと詩乃に話しかけた。
「ホテルに俺たちを誘い込むなんて積極的だね~」
男の視線を追うと、路地にある建物が元ラブホテルである事が分かった。
「せっかくお誘い頂いたんだ。中に使える部屋があるか見てくるよ」
「あぁ」
Tシャツの男の隣にいた男が短く返事をする。
筋肉質な身体。それとは裏腹に狡猾そうな細い目。
詩乃の後ろに立つ男は、背も幅も大きく、動きは鈍そうだが力は強そうだ。
Tシャツの男が建物に向かい、じりじりと二人の男が前後から詩乃に詰め寄ってくる。
なんとか隙間を抜けようと走る詩乃の腕を、筋肉質な男の手が簡単に捕まえた。
「っっ!」
「ここまで楽しく追いかけっこしたんだ。もっと楽しもうよ、お姉さん」
「放して!」
抵抗する詩乃に男は涼し気な顔をしたまま、空いた方の手で詩乃の頬を打った。
乾いた音が路地に響く。
ジンジンと痛みだす頬と、殴られた衝撃で詩乃の目に涙が溢れた。
「楽しませてやるから、大人しくしてなよ」
「あら、ほんと?」
不意に頭上から女性の声が聞こえた。
次の瞬間、黒い影が詩乃の隣に舞い降り、詩乃を掴んでいた男の身体が吹き飛んだ。
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