第3話
◆◆IDA テラス◆◆
再びIDAのテラスでジェイド達はイスカと待ち合わせをしていた。
死者の街、そこに行ってあの旅団員のしている事を潰すために。
あの後、LOMからはあの場所へ行くことは出来なくなっていた。きっと奴が、道を閉止したのだろう。
「オペレーター君から、ゲーム中で見たというセオドアが――どこからゲームにアクセスして来ているかを確認してもらってきたよ」
イスカから、相手の潜んでいる場所と思しき地点を告げられる。場所を特定したオペレーターも同席していた。
予めLOMに入る前に、情報を探るように頼んであったのだ。
「!!なんでそんなところに!?」
そしてその情報に、一番に反応したのは、意外なことにソフィアであった。
「ここがどこか分かるのか、ソフィア?」
「分かるも何も―――ここ、オークション会場のVIPルームの奥じゃない!!」
そう、示された場所はエルジオン、イオタ区画。そのオークションハウスの奥を示していた。
「…オークション?」
「なにやらきな臭い感じがする話だが…説明してもらいたい」
疑問だらけのジェイド達に、ソフィアが正典とそこに至る経緯を説明する。
………
……
…「なるほどな、お前の事情とオークションとの関わりは分かった」
それにしても、アルドのやつ、どこまで色んな奴の手助けして回っているのか。アルドを介してソフィアと邂逅したジェイドだが、そこまでの事情は聴いてなかった。
「でも、良く良く考えると、あり得ない事でもないわ。あのオークション、旅団の息があちこちにかかっていたのだから」
「で、そのオークション会場、そのVIPルームのさらに奥に住む人間ということか?」
「というか死者の街は、オークション会場の中或いは近くにあるということになるのか?」
「いえ、違います。別の場所から遠隔的に動かしてます。」
本来の拠点、死者の街、そこから遠隔してオークションの奥にあるVIPの一部屋の端末から、LOMにアクセスさせていたわけだ。
つまり…いつでも引き払える仮の住所として、そこにいたわけだ。
ジェイド、おそらく君がLOMで見た「セオドア」のLOM中のゲーム人物としての情報は、ここの端末に入っているのだろうね。
「それ以上、このオークション会場にある端末をどこから遠隔操作していたのかまでは追えませんでした。ですが、直接この端末からそのログを取れれば―」
「遠隔操作してきた場所、つまり死者の街があった場所が分かるということか!」
一つの成果が見えてきたことを素直に喜ぶ。
しかしオペレーターは怪訝な顔をしている。
「それと、少し気になる情報が見つかりました」
「この端末から、オークションに、出品がされているものがあります。ですが…」
「ん?出品?」
「はい、これの競りに参加出来れば、何か手がかりが掴めるかもしれません。ただ…」
お手柄と言える程、重要な情報だ。というか出品者が、あのフードの旅団員の可能性だって決して低くはない。
だのにその割には歯切れが悪い。
「これ、「あり得ない品物」なんです。それに、どこにもこんなものが競りに出されるなんて情報が見つからない。」
「あり得ない品物?」
オペレーターが言うには、旅団の一員が端末を介して出品したとされる品、それは一枚の絵画である。
人類が大地を捨て、エルジオンに移り住む時期。その顛末を叙事詩のように数十枚に及んだ連作であり、その中の一枚であるとのことだ。
競りに出されるという情報が無いのは分かる。
きっとブラックマーケットの深い所に関わりのあるような奴しか参加出来ない、曰くのある品なのだろう。だが。
「あり得ないとは、どうゆう事だ?」
「作者が死んでるのよ。作品の構想と下地の段階で。それが完成品で出されているのね」
問いだしたジェイドに答えたのは、美術品に造詣の深いソフィアだった。
「そいつは…キナ臭いことだな」
死者の街と、死んだ筈の人間によるあり得ない作品。ジェイドにもなんとなく、その構図が見えてきた。
あの旅団の事だ、資金の調達元としてドス黒いことをしているに違いない。
「何にせよ、その競りに参加出来れば何かしら情報が得られそうだが…」
「…本当に、闇に隠れて面に出てこない連中の会合に近いわ。たとえブラックランクのシーカーでも、参加条件じゃないかも…」
二人が正攻法でのオークションへの参加を諦めかけたその時、
「…要するに、「あそこ」に入り込めればいいのよね?」
終始黙っていたシェリーヌが、口を開いた。
「そうだけど…なにか方法が?」
「なんだ、ツテでもあるのか?先生」
「ええ、ちょっと待っててね。」
云うとシェリーヌは、少し彼らから離れて携帯端末で通話を始めた。
「(ねえジェイド、ツテなんて当てになると思う?)」
「(いや、正直な所俺も無理だと思う)」
シェリーヌに隠れてソフィアとジェイドはひそひそと話をする。
「あ、もしもし、アタシよ。ア・タ・シ」
「(ブラックオークションの、さらに深い所よね。ガードなんて固いに決まっているわ。)」
そう、必要なのは「裏社会での信用と権力」である。
「(それにしても、「あそこ」だなんて、まるでオークションのVIPルームについて、良く知ってるような口ぶりだな)」。
「すぐお願いしたいことがあるんだけど―」
「(きっと無駄骨になるわね。別の手を考えておかないと)」
「――OKよ、君たちの分も合わせて招待状、なんとか4人分もらっておいたわ」
「ほら、やっぱり無理―――って嘘でしょおおおっ!?」
「マジ…か?」
ソフィアの驚愕の声がテラス中に響き渡り、その反響にジェイドの呆けたつぶやきがかき消された。
◆◆オークション会場◆◆
ミッドナイト・シーカー。
それはエルジオンでも悪名高い非合法活動組織――要するにならず者の集団である。
所謂チンピラ上がりとはあっても、その構成員は1000人を超える。規模はエルジオン有数の大組織と言っても良いだろう。
その名が意味する所は闇夜を彷徨う者。そして闇を這い回り、探索し、およそ真っ当ではないものを手に入れてくる。
そう、主にブラックマーケットで暗躍するシーカーとしての側面を持ち、資金源の一端としていた。
時には治安維持機構であるEDPGに逆らい違法な侵入を繰り返し、現況人類との戦争相手である合成人間の巣に飛び込んでは彼らが云うところの「ブツ」を手に入れてくる。
ブラックマーケットの常連シーカー達も、目的のために泥沼に手を入れ弄ることはある。だが、その泥沼の中こそがミッドナイト・シーカーの、剣呑な寝ぐらなのだ。
かつて、そんな大組織のトップに立っていたのは、当時15歳の少女であった。
その手で振るわれる鞭は、大蛇のごとく暴れてはあらゆる敵を噛み砕いてきた。
長く不動不敗のまま君臨し続け、そしてある日、突然引退し闇の表舞台から姿を消した。
そして彼女が今、どこで何をしているのかを知るものは、闇の世界にも居ないままである。
「用心して着てきたのだけれど、このドレスも久しぶりね。」
いつもの出で立ちとは全く異なる衣装のシェリーヌがつぶやく。
眼鏡を外し、髪をまとめ、飾りを付けて深紅のドレスに身を包んでいる。
耳飾りをはじめ、ところどころのアクセサリーも、ドレスも、明らかに一教師の着ることが出来るような値のそれではない。
それに、ドレスに使われる宝石はソフィアの慧眼を持っても測れない「何か」が秘められていた。
結局ジェイド、ソフィア、スミレの三人は、シェリーヌのボディーガードとして、同行することになった。
もしセオドアが表れた時があるとしたら、スミレがいた方が良いだろうという判断である。
それにしても…
何故、シェリーヌはあまりにも「らしい」のか。そんな疑問を押し殺す。
細かい話は聞かない方が良い、というシェリーヌの威圧感に押されたからではない。
そうゆうことにしておいて欲しい。下手に突っ込むと身が保たないと本能的に理解してしまった自分が、少し嫌になってしまうから。
そうこうしているうちに、オークションの会場で、ジェイド達の目的の商品の説明が始まる。
お定まりの説明文から始まり、購入者を刺激する四方山云々の曰くの解説。
そして最後に、秘密裏に出された鑑定結果が解説された。
「マクミナル側の鑑定評価はー」
「「偽物ではない」…以上です。」
司会からの紹介が終わるや否や、辺りがざわつく。
「それだけ?偽物ではないということだけ?」
「偽物ではないということは、本物か?」
「では何故マクミナルは本物と答えていない?」
「本物でもなければ、偽物でもないということか?」
「一体どういう事になっているんだ?」
「―――それでは、始めさせて頂きます。まず5千ROCからです。」
会場のざわめきをよそに、競りが始まった。
結局、会場の人間達に真贋を自身の心で決めて、参加したものは居なかった。
分からないが、マクミナルが偽物とも本物ともしなかった。その事実自体に興をそそられた者もいる。
千ROC単位で上がっていく小競り合いが続く。
通常のオークションより長く続く競りに、シェリーヌは少しいら立っていた。
「まだるっこしいわねぇ」
「おい…シェリーヌ先生?」
シェリーヌは呟いて、一呼吸おくと、
「100万ROC!!」
力強く通るシェリーヌの声が、辺りに響いた。
「なっ!?」
「え?ええ??ええええええええっっ!?」
会場中が先ほどまでの熱気に冷や水を浴びせられたようだった。
シェリーヌはというと、堂々とした姿で立ち上がり、対抗者はいないのかと言わんばかりに司会者の方を向いている。
「えー…100万ROCっ!100万ROCっ。」
「……そちらの女性が入札されました。おっおめでどうございます!!」
司会も困惑を隠せない。どもりながらシェリーヌの落札を称える。
こういう時は通常落札者を称える拍手が会場から湧くが、そんな空気ではない。
尚、100万ROCは地上価格で10億Gitに相当する。
当然、一教師が用意できる額ではない。
「ちょっと!ジェイド!何者なのこの人は!」
「ああ…ん…凄いな」
驚愕からジェイド掴んで揺らし、問い始めたソフィアだが軽くあしらわれた。
ジェイドはもう、シェリーヌの事について考える事をやめている。
これ以上いちいち驚いていたら、本当に身も心も保たなくなる故の防衛反応に近い。
スミレは何一つ分からないまま、辺りの空気に押されている。
(そもそも、競り落とすなんて考えもしてなかったんだが…)
(買ったやつに何とか接触して、出品者側の情報を引き出す気で参加しにきたというのに…)
その辺りの考えはソフィアもスミレも同じだった。
「まあ、結果的に問題ない…」
自分を納得させるために、ジェイドは呟いた。
「アタシは、出品者…多分そいつが元凶のはずよね、その人に会ってくるわ。」
「ソフィアさんは、端末の方をお願い。そこを調べれば、きっとどこに私たちが飛ばされた、死者の街があるのか分かるはずよ。」
そう頼まれていたソフィアは目的の端末を発見、データを抽出していた。
ある意味ソフィアにとってもオークションハウスは勝手知ったるところである。
しばらく時間がかかるため、死者の街のことが分かる何かは無いか探っていた。
「このデータは…そう、影人ってその魂は…そういうことだったのね」
暗闇の中、ソフィアは一人納得した。
落札した品の受け渡し場所でシェリーヌは一人考え込んでいた。
「あの子達には、悪いことをしたかもね」
今ここにシェリーヌがいる理由、それはどちらかと言えば、自分の事情である。
「いかがですか?「よく出来てる」でしょう?」
「そう…つまらないものを掴まされたのかしら?」
「いいえ、偽物ではありませんよ。それは、私の死者の街に復活させた画家のものです」
贋作を訝しむシェリーヌに、答えを返される。
「確かに彼が生前描いたものではありませんが、彼自身でしか描けないものであることも確かなのです」
だからこそマクミナルもあの評価を下したのでしょうね。
そう言ってフードを被った人物が現れて、シェリーヌに話しかけた。
LOMの先、境界の向こうの死者の街で会ったのと同一人物だろう。
相変わらずフードをかけて顔は隠したままだが、声は肉声である。
「ところで実は、ジェイド君だけではなくあなたにも、頼みたい事があるんですよ。シェリーヌさん…」
「それとも【サウザンド・クイーン】とお呼びした方が良いですかね?」
「…アタシにして欲しいことがある?生憎ね。今は引退した身よ。」
「アタシに、ただの一教師に出来る事なんて限られてるわ。」
「構いませんよ。寧ろ「シェリーヌとしての貴女」に用があるのですから」
「…なんですって?どうゆう事!?」
シェリーヌの驚きは無理もない。彼女の言う通り、【シェリーヌ】は単なる教師。
何かしら、要求される事も想定はしていた。だが、それはかつて【サウザンド・クイーン】であった、裏社会の頂点だった彼女であるだろうと決め込んでいた。
それとも、妹の、生前の『シェリーヌ』とも関係があるのだろうか。
しばらくの間、二人は話を進めることになる。
そしてその後、シェリーヌが学園から姿を消すという事に、ジェイドはまだ思いもよらないままだった。
………それにしても、遅いなあいつら。
帰ってこないソフィアとシェリーヌに対して、ジェイドがそう思い始めたころだった。
「ねえ、私もソフィアさんの所に行ってていい?」
「おい…勝手な行動をするな」
「だってここでぶらぶらしてても何にもならないじゃない。だったら少しでも手がかりを探し回る方が建設的だよ?」
待ち続けることに痺れを切らしてスミレが動こうとする。
セオドアを追いかけてきたことからもそうだが、こいつは無駄に行動力が高い。
どこかへ行こうとするスミレをジェイドが何とかなだめているところに―――
「スミレ。」
「アイドルとして活動するなら、仲間の言葉には耳を傾け尊重しなさい、と教えたよね。」
どこからか、彼女を呼び、そして窘める言葉が投げられた。
「師匠っ!?なんでここに!?」
「それはこっちの台詞だよ。貴女、今日は学校じゃなかったの?」
満月を移したような金色の瞳をした、銀髪の女性は続けてスミレを問い詰める。
「いやぁまあ、色々あって」
「おい、スミレ。こいつは誰だ?」
いきなり現れた、スミレの知り合いについてジェイドが問う。
「ああ、ジェイド君。師匠だよ、私たちの。ほら、LOMで話してた」
「フラワリ―の活動を支えさせてもらってる、リューネと申します。よろしくね」
そう言って、スミレから師匠とされた女性、リューネはジェイドに挨拶する。
「君は…まさかスミレの御学友なの?…色々と面倒な子で大変でしょう。迷惑かけてごめんね」
「いや、そうでもない。気にするな。ところで」
リューネからの言葉を適当な所で切り上げ、ジェイドが問いかける。
「どこかであんたの顔を見た事ある気がしたんだが…あんたもアイドルか何かなのか?」
………しばらく時間を置いて、質問したジェイドをマジマジと見つめるとリューネはこらえ切れない様子で吹き出した。
「あっははは、私はスミレと違ってアイドルじゃないよ。でもその勘違いは有り難く受け取っておくよ」
「何言ってるのジェイド君。私、師匠がステージ衣装着てあちこちに写されてる街中なんて想像したくないよ!」
「失礼な子ね!どうせ似合わないよ!分かってるよ!」
「だいたい貴女は…」
「師匠だって…」
「そういえば、来週のスケジュールで確認しときたい事が…」
「こないだ言ってたレア物のショコラエトワールが…」
………ジェイドの事を忘れて、スミレとリューネは二人の世界で話し始めた。
広い会場の中、今ジェイドは孤独である。
(それにしても、あのリューネとかいう奴の顔、やはりどこかで見た気がしたんだがな)
「………まあいいか」
居心地が悪く、辺りを見廻す。
シェリーヌでもソフィアでもいい。誰か、早く戻ってきてくれないだろうか。
祈りに似ているような思いで、空気に耐えているとドアを開けて入ってきたソフィアの姿が見えた。
ああ、と安堵の感情を抑え、彼女に向かって手をあげてこちらを示す。
ソフィアも、向こうも気づいてくれたと思った。
その瞬間にソフィアは、ジェイド達のいるところまで。
凄まじい勢いで走りだし。
鎌を振り上げ。
―――リューネに向かってそれを―――振り下ろした!
キィン…と金属同士がぶつかる、乾いた剣戟の音が響いて一瞬の間会場全体が緊張した静寂に包まれる。
「何やってんの!ばかっ!このヤドロクっ!」
「それはこっちの台詞だっ!いきなり何てことをしやがるっ!」
ソフィアが振り下ろした鎌は、ジェイドが間一髪で受け止めていた。
尚もリューネに向かって襲い掛からんとするソフィアとジェイドのやり取りに、辺りは悲鳴交じりの喧騒と逃げ出さんとする人々の混乱に染まる。
「え?どうして?なんで?」
「なんでソフィアさんが、師匠の事を襲ったりするの!?ねえっ!?」
混乱と焦りの色を隠せないままスミレがソフィアを問い詰める。
「師匠?スミレ、あなた何を言っているの!こいつは―」
「数千年前、私が記した本の、登場人物リューネと同じ名前を持つ!」
「聖典の民の末裔――そう、「旅団」の幹部よ!!」
憤怒の感情のまま、ソフィアがリューネをにらみつけて言い放つ。
ソフィアに襲われてから下を向いて沈黙を保っていたリューネが、怪しく微笑を浮かべて口を開いた。
「…ジェイド君が来ていましたからちょっとだけ、あり得るかもしれないと警戒はしてましたが」
「ソフィア様、貴女にここでお目にかかるとは」
「死者の街では失礼しましたね。ジェイド君も」
「あなた、今度はなに企んでいるの!?LOMからジェイドを連れ出したのも、死者の街を作ったのも、全部あなたの仕業だったのね!」
興奮冷めやまないまま、ソフィアはリューネを問い詰める。
「ソフィア様には関係ない事だと思っておりますが…。できればお引き取り願いませんか?」
「そう言われて、素直にお引き取れないわよ!!それと、私の本を、アナタたちが書き換えた本を返しなさいっ!」
「そう言われて、素直に返す人なんて、この数千年間見た時ありませんよ…」
あしらうように、本の返還を求めるソフィアに向かってリューネが答える。
「あ、でも、そうでした。代わりといっては難ですけど、先ほどシェリーヌさんが落札された品をお渡ししておきますね。煮るなり焼くなり。鑑定するなり商うなり、どうぞご自由に。なにぶん、本人がもうここには居られないので。」
「――――!!シェリーヌさんを、どうしたの!?」
「シェリーヌさんでしたら、私についてきて頂いております。大変な客人ですから。丁重におもてなしさせて頂きますよ」
「では、これで失礼します。ごきげんよう始祖の少女様。それとジェイド君の方は、また今度ね」
「あとスミレも、いけない夜遊びはやめようね。ソフィア様にまで嗅ぎつかれては、しばらく私は姿を隠さないといけないけれど」
「逃がさな――」
言い切る前に、強烈な閃光が周囲に走る。
リューネが逃げ出すために、用意した手筈なのだろう。
一瞬で彼女はジェイド達の前から姿を消した。
「だめだ!警備も来ている、一度ここは撤退する!」
「~~~っ!!ああっ!もうっ!」
ソフィアも観念して三人で走り出す。
「――――何で…師匠?師匠が、ジェイド君を攫おうとした、旅団?何で…」
苦虫を噛み潰した顔のソフィアとは対照的に、不安と疑問を抱えた表情でスミレはつぶやいた。
スミレは全く知らなかった、アイドルとして彼女たちの活動する名前の意味を。
フラワリ―。
それは、「花の少女の如く在る者」である。
◆◆死者の街 客室◆◆
リューネにあてがわれた部屋の中、シェリーヌは一人考えていた。
連れてこられた、とは言い難い、半ば自分の意志でやってきたのだ。
その街、死者の影人を造るための設備はシェリーヌの想像をはるかに超えた機能を備えていた。
部屋の中の鏡、そこに映る自分の姿を見つめる。あの頃は、少しも『シェリーヌ』とは似ていないと思っていた。
それは今も変わらない。同じ顔をしているはずなのに、今の自分の姿の中にも、去った妹を偲ばせるものを感じられない。
だのに―――
(このまま協力することで、『あの子』にもう一度会えるのなら…)
―――オークション会場の奥で、シェリーヌとリューネが語った内容は以下の様だった―――
「私自身の事は以前にお会いした時に話しましたよね。」
「遠い昔、私はシャーマン…人々に救いをもたらす巫女をしておりました」
フードを脱いだリューネはシェリーヌに語り掛ける。
「ですが、どうしても救い切れないのです。人は死ぬ。伝えたい事も伝えられないまま。人は去られ取り残される。知りたかった思いもしれないままに」
「死んだ人に会いたい、生き返ってほしい。そんな願いを巫女として、私はずっと受け止めていました。…勿論無理な話とは分かっておりました」
聞きながらシェリーヌは、死者の街で見かけた故人たちの事を思い出していた。
あの素晴らしい偉人達が生きていてくれたなら、何を我々にもたらしてくれただろう。
死者の復活。
その為なら、きっと誰であっても何でもするだろう。
けれどそれは、誰であっても、何もかもを犠牲にしようとしても叶えられる事ではないものでもある。
「よほど絶大な魔力を秘めた存在なら、死んだ存在も生き返る事はできるかもしれない。でも、それで救われるのは、やはり特別な人間だけになる。」
「一部の人間だけが生き返る力なんて、何になるのでしょう。私は誰も彼もがを、この世界に生き、そして死んだ全ての人々を救いたいのです。」
大言壮語にも程があると思えるような事をリューネが言う。
「そんな思いを持った私をニムロスが見つけ、そして花の少女に同じ名があったことは、これ以上ない僥倖でした。彼とは違う形で、私は全ての人々が持つ嘆きから救いあげるために行動してきました。」
「遍く人々が科学の恩恵を受けるこの時代、人を生き返らせたいとするならまず思いつくであろうことが、クローンを用意することです」
「でもそれは死んだ人、その本人には成りえない。理由は言わなくても分かりますよね」
「記憶と経験。そう…魂がまるで違う」
リューネからの問いかけに、シェリーヌが口を開く。
その言葉には、彼女自身が死んだ『シェリーヌ』と同じ遺伝子を持つ者だからこその含蓄があった。
二人の生き方は全く逆だったのだから。
「そうですね、結局のところ、その人の意思を、魂を決めるのは、そういったものになるのです」
「じゃあどうしたらいいでしょう」
「…記憶なら、ある程度は脳から「取り出す」ことは可能ね…」
この時代の科学技術では、人の脳波から記憶にアクセスする技術がある。しかし。
「ええ、「ある程度」しかです。人から記憶を取り出すため、表層の記憶しか取り出せないし、」
「人間の脳は端末の記憶媒体なんかじゃない。丸ごとコピーして、丸ごと外部メディアに貼り付ける、なんてことは不可能でしょう」
取り出せる情報には限りがある。もし欲しい情報があるなら、ある程度、外から刺激をかける必要があるが、ニューロンに匹敵しかねない回数のアクセスによる絞り込みが必要がある。そんなことを繰り返していれば、対象の脳が先に焼き切れるだろう。コンピューターのメモリーチップとは熱に対する許容性が違う、タンパク質からできている脳は熱変性が起きればそれまでである。
人類科学は全能じゃない。無限大に遠い万能に向かって、ただ一歩一歩進んでいくだけのものである。
「そういった意味では現実的に使える技術じゃあないんですよね。深層意識に触れることも出来ないでしょう。」
「それにそもそも、セオドア君はどうなるでしょうか。彼の遺体は、脳は跡形もないのですから」
「言い回しがくどいわよ。本題に早く入ってくれないかしら」
「それはすみません、もったいぶってしまいましたがね」
いい加減、早く話を進めるようシェリーヌが急かす。
「人が何を考え、行動そしてどのように行動してきたのか。そのデータを回収してまわっているんです」
「………」
「意外とシンプルでしょう?」
「…そうね、でも言葉でいうだけなら簡単そうに言ってくれてるけど…」
「ご理解が早くて助かります。そう、記憶から人格を読むのではなく、行動によってなされた事から記憶も魂を造る。逆方向からのアプローチによって人格を、そう魂をこの世界に再生させるのですよ。」
「記録から記憶を造る」
「そして記憶から、人格を造る」
「人格から、魂を造る」
健康を気にして間食するのを辞めるのか、それとも食べてしまうのか。
仕事を明日に回すのか、それとも今日やってしまうのか。
何事も、「判断」と「行動」を――表に出てくる現象をもたらすのは、その個人の人格である。
「でも…アナタが言うところの魂を造るのに必要な情報量。それはとても人の手に掴みきれるものではないのでは?」
ボードゲームの勝負ができる人工知能は、元々大量のデータを統計している。
ドローンの戦闘用プログラムだってそうだ。幾千万の戦闘データを元に、敵と戦えるようにしているのだ。
逆に言えば、研究者が生涯かけてデータを集めても適用できるのは、せいぜいそこまでと言える。
いうだけなら簡単とシェリーヌが言った理由はそこだ。魂と言える程に人格を造るというのなら天文学的なまでの情報量を要するだろう。
個人の一挙手一投足全てのデータを全人類分、手に入れると言っているに等しい。絶対量がとにかく足りない。
「かえってまだ、脳から記憶を取り出す事の方が現実的に思える程よ」
先に出て否定した論を引き合いに出して、シェリーヌが非実現性を述べる。
「そうですね。ですが、「IDAで起こる事の全て」をデータとして持っているとしたら?」
「…管理用アンドロイドのメモリーを始めとした、学園の管理システムのジャンクとしてデフラグの際に捨てられるデータ。それも全て回収しているんです」
「―――何ですってっ!」
IDA学園内の各種監視システムのログは通常人物評価や事件性のあるもの以外は全て破棄される。要するに、誰が何回ため息をしただとか、頭を掻いた回数なんかは当然残るわけがない。そんなものを残していたらデータバンクがパンクするのだから当然の処置だ。
「他にも無差別に手当たり次第のデータソースがあるのですよ。そしてデータを保管する場所については、この魔導書の魔力が助けてくれています」
いや、それよりも、だとしたらリューネはIDA設立当初からずっと――
「そしてそのデータから人間の人格を構成する。そして工業都市跡地やルート99にある、ハンターに追われた末、機能停止して放置された合成人間の遺骸を使って人格を反映させるボディとするわけです」
もっとも合成人間を使うのはあくまで途中段階だからですけれど、とリューネは付け置いた。
「そういうシステムを世界に構築出来れば、人は死の悲しみから、苦しみから救われるのです。ですから諸々の用意に協力者は事欠きませんでした。何せ例えば死んだ画家に新作を書かせることも、史上最高の名演をする俳優も、偉大な戦士の復活も可能となるのですから。」
「それと、ジェイド君のことですけれど」
更にリューネは言い進める。
「造った人格と魂そして姿、それを反映させるためには―――」
「花の墨の魔力が必要になるのです。人々の生きた物語を記したその魔力が。合成人間に「姿」と造り上げた「魂」を映すために」
「今は僅かにしか、その「姿」と「魂」を固着させることはできません。私と私の持つ魔導書では限界がある」
「だからこそジェイド君に協力を頼んだのですよ。彼が今までに色々なものを世界に具象化させてきたことは報告されておりますから。まあ、そこに関しては元々は「別の手段」を考えていたのですけれどね」
説明を受けて、リューネが一息つく。一瞬の静寂の後、シェリーヌはリューネに問いかけた。
「まったく壮大なプロジェクトですこと。―――で、それに私が、ましてや【サウザンド・クイーン】ではないシェリーヌが、一体何をどう協力できるのかしら」
その言葉に、リューネはまるで少女のように笑いあげる。
突っぱねるような言い方をして、自分の価値を認めないシェリーヌを諭すようだ。
「失礼…。ただ、貴女は気にしたことは無いのですか?」
「貴女が教師として、IDAで勤め続けていられる。これがどれだけおかしい事なのか」
リューネの言葉に、シェリーヌは首をかしげる。やはり理解されてないのですねぇと、言いながらリューネは続ける。
「IDAの誰もが、『シェリーヌ』さんとは異なるあなたを『シェリーヌ』さん本人として認識している」
「『シェリーヌ』さんがまだ新任だったこととか、貴女が同じ姿で生まれた存在だからとか、それじゃ説明つかない程です。仕草も口調も行動も何もかも貴女は『シェリーヌ』さんと違うというのに」
本当におかしなことです。と言い含めるようにリューネはつぶやく。
「…だから貴女とその関係を調査することで新たな、曖昧さの決定因子<ファジイ>が得られると、私はそう睨んでいます。」
ファジイ。人が何かを決めるときの曖昧な判断の元。人間においては物事を「なんとなく」で決めるための要素になる。
例えば今飲もうとしている飲み物が、「冷たい」のか、「ぬるい」のか。絶対的な定義なら、例えば10℃以下なら「冷たい」として定義する。
人によって異なる見解を示すものを決めるためのファジイは多様な因子で定義していく。なんとなく「冷たい」または、なんとなく「ぬるい」それを見つけるためにあるのだ。
彼女の場合は――リューネ曰く何もかもが違うのに――「なんとなく」だけど「シェリーヌ」として、学園の人々から認められているのだ。
「私が造ったセオドア君の影人は、スミレには違うと思われたようでした。…認めたくないですが、まだ完全な人の魂の再生はできていない証左です」
尚、セオドアが生前ジェイドにジュースを渡した所は、どこにも監視するものが無い所だった。故に影人となったセオドアはジェイドに彼が飲めないジュースを勧めてきたのだ。
「一方で、スミレから貴女の事も時々聞いております。私と同じ、巫女としての素質のあるあの子でさえ、貴方達二人を同一人物と認識している」
「ですからご協力をお願いしたいのです。きっと貴女から、そして『シェリーヌ』さんからのファジイがもたらす判断基準は、この死者の街を完成させることができる」
「いかがでしょうか?改めて言いますが、ご協力お願いできませんか?」
弁舌を終え、シェリーヌに問いかける。
シェリーヌは黙って下を向き、考えている。
「報酬なら、もしお望みでしたらここいら一帯を丸ごと買える程度の額を用意いたしますが…」
「…お金には困っていないわよ」
口を開いて、リューネが提示した報酬を否定する。
そんなものはいらない。そんなものよりも。
欲しいものは。
聞きたい声は。
知りたい想いは。
逢いたい人は。
そう、ジェイド達が、死んだ筈の人に会ったと聞いて、一も二も無く飛びついた理由は―――
「もちろん存じてますとも」
最初からリューネも金銭が報酬になるとは考えていなかったのだろう。したり顔で再度提案する。
「事が上手く運べば、貴女のために、『シェリーヌ』さんを蘇らせましょう。完全以上をお約束致します」
『彼女』は何を考えていたのだろう。【サウザンド・クイーン】と呼ばれ裏社会でのし上がっていた彼女の事をどう思っていたのだろう。
そして今、『シェリーヌ』の後を継いで教鞭をとっている彼女をどう見てくれるだろうか。
世界から去った人にもう一度会いたい。会って話がしたい。
そんな夢物語のような、祈りに似た思いをしていたシェリーヌにとってそれは、悪魔の如き救いの囁きだった。
◆◆IDA校舎内◆◆
「シェリーヌの事、どうするの?」
「………」
ソフィアはジェイドに問いかけていた。
横に立つスミレと共にジェイドは黙っている。
その応えにソフィアは顔を曇らせて、ため息をついた。
IDEAは残念ながら、シェリーヌを助けに行けない。
ソフィアはシェリーヌが連れ去られたものと主張した。過去の旅団による行動を考えればそのように言うのも無理はない。
だが、その主張の証拠になるものがない。
どころか、シェリーヌ自身の携帯端末から、本人による休職の要請が正式に事務に出されていた。
曰く、さる団体の研究補助のため、しばらく学園での教職に関わる時間が取れないという事だ。
IDAの教官として何一つ不自然なことも、誘拐を疑う余地もない真っ当な行為である。
元々一般市民であるソフィアは知らないことだが、IDAの教官が仮に誘拐されているのならば、その際に何らかのSOSサインが出るようになっているのである。
シェリーヌが本当に自分の意思で、旅団に、リューネに協力するというのであれば、その時点でジェイド達に出来ることは無い。
助けるという前提が無いのだ。それはスミレも同じだった。
だがリューネの事を放っておくわけにはいかない。
スミレは例の件以降、表向きは明るく振舞っていたが、時々遠くを見つめ、考えている時間が増えていた。
唐突に、立ち尽くす彼らを呼ぶ声が聞こえる。
「いたいた、お前らに用があるんだけど」
そう言って現れたのはセヴェンだった。
隣には一人の女生徒を連れていた。
「セヴェンか、何だ?」
「お前らが最後にシェリーヌ先生と一緒にいたと知って、聞きたい事があるってやつを連れてきただけだよ」
セヴェンが連れてきた生徒。名をアニタと名乗り、ジェイド達に問いかける。
「ねえ、シェリーヌ先生に何かあったの!?」
「もうずっとも、学校に来てないなんて。…また、学校辞めようとしたりなんかしないよね」
「どういうことだ…。シェリーヌが教師を辞めようとしたことでもあったのか?そもそもお前は一体…」
「実は…シェリーヌ先生は…」
そしてジェイドはシェリーヌが抱えていた事情の一切を聞いた。
今教師をしているシェリーヌは、本当はかつて裏社会で【サウザンド・クイーン】と呼ばれた人物であった事。
事故死した妹の『シェリーヌ』のこと。
新任してから僅かの間に、死の淵に立った『シェリーヌ』の夢を継いだこと。
そしてなにより、悩み、道を違えていたアニタを導いてくれたことを。
「……やっぱり連れ戻そう!シェリーヌ先生はどうしても放っておけないよ!」
「俺も同感だね。ロクデナシばかりのこの学園の教師たちの中でも、あの先生だけは認めているんだ」
スミレの発言に同意し、力が必要なら手を貸すとセヴェンが告げる。
「でも、どこに行けば…」
行き先が分からないとぼやくスミレに、ソフィアが答える。
「死者の街とその入口なら、私が知っているわ。工業都市廃墟の奥よ」
IDEAのオペレーターがソフィアの取ってきた端末データから死者の街の場所を特定していた事をジェイド達に告げた。工業都市廃墟の奥のとある地点、そこは合成人間の溢れる場所であるばかりに、政府やKMSが表立ってからむことがない。その地下に死者の街を作るには最も都合がよかったのだろう。
かつてジェイドとスミレが逃げてきた場所とは違う入口になるが、そんなことは関係ない。
寧ろ彼らが通ったところからのアクセスは、きっと既に潰されているだろう。
「スミレ、セヴェン、ソフィア。…行くぞ、立ち止まっている暇はない。」
「シェリーヌは…先生は、IDAに、俺たちにとって必要な存在だ。何としても連れ戻す。」
そう言い放ち、ジェイドは動き出した。自分が為すべきことをするために。
◆◆工業都市廃墟奥、ゲート前◆◆
工業都市廃墟は、かつてエルジオン1の生産拠点だった頃の活気は見る影もなく、今は人類に反旗を翻した合成人間達の徘徊する危険な地域となっていた。
合成人間達を蹴散らしながらオペレーターから告げられた死者の街の入口と思しき場所にたどり着き、今まさに突入しようとしたところだった。
「ドア、開かないね…」
しかし立ち往生を余儀なくされていた。
訝しむジェイド達に操作端末から無機質な声が届けられる。
<生命維持システムにエラーがあります。扉の開閉は禁止されています。>
「どういうことだ…」
通常のセキュリティーシステムによる侵入者を阻むそれとは違う。
原因が分からず唸っているうちに、無理やりドアを壊そうとするソフィアをジェイドとスミレは必死になってなだめていた。
「多分だけど…俺の考えを言ってもいいか?」
先程からジェイド達を無視して端末をいじっていたセヴェンが口を開く。
「あそこにある、こことは違う装置があるだろう?多分あの中で何かが壊れているんだよ」
多分この先は、死者の街に行くまでの道のりは、本来はとても人が通れるような環境じゃあないんだろう。
セーフティーシステムとして、安全が確実にコントロールできるようになるまで、何があってもドアを開けないようにしているんだ。
そうセヴェンは付け加えた。
「それは…偶然壊れたとでもいうのか?」
「待ってくれ。今、壊された場所を特定する。多分人為的に装置の中の回路がやられているんだ。話を聞くに、きっとそのリューネとかいう奴の仕業だろうね」
あっという間にセヴェンが装置の外装を分解し、中の回路を露わにする。
色々な部品が繋げられ、とても常人には理解しがたい配線が広がっていた。
「これの…中…?どこが壊されているかなんて…分かるの?」
絶句しながらソフィアが聞く。
だが広がる迷路のような配線を前にセヴェンは余裕の表情だ。
セヴェンが自身の力を、シャーマンとしての力を振るう。すぐに彼に協力する精霊が制御端末に残った魔力の残滓を感知した。
「ビンゴだね、外目につかない中身だけを壊すために、魔力を使っていた」
「お前、いつの間にそんな、機械工学関係の技術を…」
普段、学校をさぼってばかりのセヴェンが見せる行動に、ジェイドは驚きを隠せない。
「アルドと一緒にいるうちに、機械のことも色々勉強しないとって思うことがあってね。学校には行かなくとも、今じゃ日に三冊位の本を読んでるんだよ」
「またあいつ関係か…まったく本当にどこまでもお節介な奴だ」
不意に出てきたアルドの名前にジェイドはあきれ気味に言い放つ。しかしそれが、この状況を何とかすることに繋がっているのだから、かえって彼の持つ運命力のようなものを感じてしまう。
「ジェイド、ソフィア、お前たちは交換するパーツを取ってきてよ」
合成人間達が、武器の制御に組み込んでいるはずだ。と言ってセヴェンが二人に頼む。
戦闘能力の高い二人に収奪、もとい調達を任せ、スミレには作業中に無防備になるセヴェンのために周囲の警戒をするよう頼んだ。
…二人を送り出した後、スミレと二人きりになったセヴェンは彼女に向かって問い始める。
「さて…スミレ。あんたに確認したい事がある」
「うん、分かっているよ。いいよ」
そう言って頷き、スミレはどこに携帯していたのか筆記具を取り出してキャップを外した。
「いや…お前、何をやっているんだ?」
予想外の行動に、セヴェンが戸惑って訊ねる。
「え…私のサインが欲しいんでしょ。そのゴーグル?それとも帽子?どっちに書いたらいい?」
「違うっ!!何でそうなるんだよっ!何を分かってたんだ!」
「あれ、違うんだ―じゃあ、何?」
「お前、「自分が何者か」分かっているのか?」
「もちろん分かっているよ。なんてったってIDA発の人気絶頂アイドル―――」
「やっぱり分かってないよっ!そうじゃない!いいか!お前にはな!比類なきシャーマンの素質と、ジェイドのような規格外な魔力が備わっているんだよ!!」
「えっそうなのっ?!」
突然の評価にスミレが戸惑う。彼女にはそんな自覚は全くない。
「やっぱり気づいてなかったか。まず、お前のシャーマンとしての素質、それは俺にも匹敵するほどだぞ」
そうセヴェンが彼女を評価する。プライドの高い彼にしては、相手を自分と並べる程とすることは珍しいことだ。それだけ彼女の素質が本物なのだろう。
「えっと…でも私、別にそういうシャーマンとかの家系じゃないよ?」
「だろうな。そもそも俺以外に、シャーマンの血筋が残っているとか、ハナから思ってないよ。その素質はお前一代で突発的に発現したものだろうよ」
代々の才能と仕事を受け継いできたどんな名家にも、当然第一代目となる人間は存在する。彼らの祖先まで、その一代目と同じ才があったとは限らない。
スミレの素質の発現は、ある意味そういった突然変異的とも言えるものなのだろう。
「そして、お前にある、ジェイドに類する魔力についてだけど…」
「それは多分、リューネとかいう奴に聞いた方がいいだろうね。」
「そう…なんだ」
聞かされたスミレの声が重くなる。
つぶやいて、彼女はリューネに裏切られ続けていたも同然なのだ。
無駄話をしたな、と言ってセヴェンは作業に戻る。
その背中にスミレが話しかけた。
「ところで、壊れていた部品ってどんなものなの?」
少し重くなった空気を変えたいという気持ちと、単純な興味からセヴェンに質問する。
解体する手を休めないまま、セヴェンは話を始める
「まず当然の話だが、この装置は電気信号が回路の中を通って制御や仕事の元にしている。分かるよな?」
うん、と言ってスミレが頷く。
「電気信号だって、「モノ」なんだ。回路の中を通っていくうちに、消耗して、ヘバルんだよ」
「だからちゃんと装置が作動してくれるように、信号を受け取ったらそれを増幅して送りなおす機構になっているんだ。壊されていたのはそのためのパーツだよ」
「…そうなんだ」
理解したのかしてないのか、スミレが呟く。
「なんだか同じかもしれないね。人の想いも」
「…そうだな」
スミレの言葉を肯定し、セヴェンが続ける。
それは彼のシャーマンとしての言葉かもしれない。
「人の意思は、命の灯と共に弱くなる。」
「人は限られた時間と戦い、生きていく」
「だからいつかはバトンを渡して、新しいものに託す」
より強くなるように。いつかの未来へと必ず届けるように。
リレーを、繋いでいく。それが人間の歴史で、そして時を超える力なのだ。
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