第18話

「本日の晩餐会は、これにてお開きと致します」

「おい、補佐官。私はまだまだ平気だぞ」

 補佐官の言葉に抗議する皇帝を、師団長がなだめながら侍女を呼ぶ。侍女はすぐにやって来ると、頬を膨らませる皇帝を半ば無理矢理に連れ出した。

 回廊を夜風が抜ける。雲と雲との合間から、星々が輝き煌いて、夜の空に光をもたらす。侍女に導かれるままに、自室に戻ると柔らかな椅子に座り込んだ。

「災難でございましたね。さぁ、お水をお飲みになってください」

 差し出されたグラスを受け取る。透明で、どこまでも澄んだ水に、星の光が映り込む。しばらく揺らして眺めていたが、皇帝は手の中の星を飲み込んだ。

「それでは陛下、私は後片付けをして参ります。落ち着きましたら、早めにご入浴をなさって下さいね。お化粧は落としておきませぬと」

 空になったグラスを取って、侍女は水を注ぎ足す。すぐ脇のテーブルに、水差しと共にグラスを置くと失礼します、と部屋を出た。

 一人残された皇帝は、灯りの一つも点けることなく、静かに椅子へ沈み込む。転生者から買った本に気が付くと、手を伸ばし、星明りの下で本を開く。

 どこかで鳴いている虫の声や、時折駆ける風の音も撥ね退けて、ひたすらページを捲る。今いる自分の世界を忘れて、日本語が織り成す文字の海に、心と体、共に沈み込んでいく。深く、より深くと渇望するも、不意に明かりが失せ我に返った。

 見れば、雲が星空を覆っていた。蝋燭に火を灯して続きをと、思いもしたが、長い時間が過ぎていたようで酔いもかなり覚めていた。

 皇帝は本を置き、立ち上がって身体を解す。そして大きな欠伸をすると、部屋を出て、近衛兵に風呂だ、と告げた。

 回廊を抜け、浴場に至る。近衛兵は扉の前で待機して、皇帝は一人で扉を開ける。衣服を脱いで中に入ると、既に多くの先客が居た。

「そうなのよ。そしたら師団長ったらね。皇帝陛下の御前であるぞ、身の程をわきまえろ。ですって。素適よねぇ。私もあんな風に守ってくださる殿方に巡り合いたいわぁ」

 口々に同意の声が上がる。湯煙の中、よく目を凝らして見てみると、侍女たちが夢見心地で話していた。 

「何を話しておるかお前たち」

 素気ない調子で言いながら、皇帝は軽く体を流す。侍女たちは声に振り向くと、目を丸くした。

「あら、皇帝陛下。申し訳ございません。お迎えすべきものを気づかずに」

「良い。服を脱ぐくらい自分でできる。無駄な人員を割く必要はない」

 侍女たちが場所を空ける。皇帝は身長に温度を見ながら湯船に浸かる。すっかり胸まで湯に浸かると、大きく息を吐き出した。

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