十三・復活 その2
「八月末までは結構繁盛していたんだがねえ。現在はご覧の通り、閑古鳥が鳴いてるよ。こうしてログハウスの一つを自分用に使えるほどだ。今の季節、平日に来るのは生島さん、あんたぐらいのものだね」
「生島さんと梨本さんが知り合ったいきさつ、聞かせてもらえませんかな」
軽口を叩き合う二人へ、堀がのんびりと割って入った。
「いきさつも何も、簡単なんだよ。堀さんには話してなかったかな。ここ紫鏡湖をロケ地に選んで、ドラマを撮ったんだ。十年ぐらい前になる」
「あのときは、テレビの仕事をしている連中は何て無礼なんだろうと思ったもんですよ」
肩を揺らして梨本が笑う。
「ほう。そんなのでどうやって親しくなれたんです?」
「生島さんだけが腰が低かったんで、いい感じを持ったんでしょうかねえ」
今度は苦笑を浮かべた梨本。冗談めいた口調で続ける。
「腰の低さは、単に地位が低かっただけだと知るのに、二年を要しました」
「ひどいなあ」
「事実だから、仕方あるまい。――お、できたようです」
台所らしき方へ向かう梨本。呼応するように、皿を満載したトレイを両手に、大柄な男が出て来た。二メートルはありそうだ。
「おお、
「これぐらいなら平気です」
抑揚に乏しい声で答えると、大柄な男はしっかりした足取りで生島達のいるテーブルに近付き、今度は慎重な手つきでトレイを降ろした。
「すみませんが、奥へと回していただけますか」
「ああ、いいとも」
引き受けてから、皿を受け取る梨本と堀。フライの盛り合わせとライスの二皿が六人の前に並んだ。
「飲み物は何にしましょうか。アルコール類もあります」
「いいね。いきなりダウンする訳にはいかないから、軽く、ビールの小瓶」
生島が言うのに続いて、皆、めいめいに注文する。それらを聞いて奥に引っ込んだ大柄な男に代わり、今度は小柄な女性が卵スープと野菜サラダをそれぞれ六皿、運んできた。
「どうぞ。あ、召し上がってください」
食事にまだ手を着けていないのを気にしてか、焦った風に付け加えた。
「ああ、千春ちゃん。天気予報はどうなってるかな」
なれなれしい調子で生島が言った。
「今日明日とも、快晴ですって」
セミロングの髪を三角巾でまとめた千春は、空になった盆を小脇に抱えた。
「そりゃ結構。みんなに紹介しておきたいから、ちょっと待ってよ。さっきの青年も呼んでくれないか」
「はい。吉河原さーん」
よく通る声で名前を呼ぶと、先ほどの大男が存外きびきびとした動作で現れた。その背中に隠れる形で、梨本が飲み物を運んでくる。
「どうかしましたか」
梨本が生島にと言うよりも、全員に聞く。
「食事をもらう前に、互いの顔と名前を知ってもらいたくてね」
「なるほど。千春は、生島さんはご存知だね」
「ああ。みんな。この子は
「よろしくお願いします」
お辞儀する千春。
「この時季、ここでアルバイトをしています。二日間、楽しんでってください」
「学生さんですか」
若さが羨ましいのか、塚が目を細めながら言った。
「はい。S大の一回生です」
「塚さん、質問はあとで個人的にやってくれよ。さて、そちらの立派な体格の彼は、初めて会うと思うんだが」
生島が手を向けると、吉河原は、今度はのっそりとうなずいた。前髪が目の辺りまで垂れて表情を隠しており、年齢を掴みにくい容貌をしている。
「吉河原……
何故か、名前を区切って返事した。
「君も学生かね」
江藤が尋ねた。
「ええ、まあ。アルバイトしています」
「二人の他に、もう一人、いるんですよ」
吉河原の台詞に被せるように、梨本が早口で言った。おもむろに千春へと振り向き、話しかける。
「千春、
「ボート小屋の方よ。言ったじゃない」
「そうか。――いっぺんにご挨拶できないとは、何とも間が抜けていますな。まあ、あとでいいでしょう。ささ、どうぞ、召し上がってください。遅い昼食に、さぞかしお腹も空いていることでしょう」
梨本は生島達をそう促すと、バイト二人の背を押し加減に、厨房の方へと消えていった。
「何だか忙しないわね」
堀田はすでに食べ始めていたが、長い髪が邪魔になっているようだ。
「愛想がいいんだか悪いんだか、分かりゃしない。……ん、味はまあまあ、いける」
「生島さんが梨本さんと知り合ったきっかけについてですけれどぉ」
機械的に食べ物を口に運びながら、レンズ越しの眠たそうな目をよこす久山。
「ここを舞台にしたドラマって、どんなのですか? 私の記憶にないんですよねぇ」
「ドラママニアの久山さんが?」
峰川が意外そうに声を上げた。
生島は口の中をすっきりさせるためか、ビールを呷ってから苦笑混じりに答える。
「そりゃ当然だよ。ドラマじゃないんだ。その頃の僕は、ドラマ畑じゃなかったんでね」
「え? 生島さん、ドラマの他に何か手がけてましたっけ」
「だから、その当時、僕は下っ端だったの。番組はいわゆる旅物でね、取り上げたおかげで一時はかなりの人がここへ押し掛けたそうなんだが、作る身からすればつまらなかったな、ここだけの話」
「確かに、生島カラーじゃありませんね。似合いません」
堀田が断定調で言った。
「番組作りで思い出したんだが」
手に持ったスプーンを宙に浮かせ、記憶をたぐるように上目遣いで始めたのは、江藤。
「あれは……東洋テレビだったか。ドキュメントか何かを撮りに山へ行って、全員死んじまったのがあった」
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