十三・復活 その1

 峰川美沙みねかわみさが、音を上げたようなくたびれた調子で言った。今やタレントとして鳴らす彼女だが、元は局属のアナウンサーとして人気を博しただけに、いかに疲れようとも美声の下限ラインは保っている。

「あれね? あの小屋」

 助手席の彼女が顎で示す先には、ブロック建築の小さな小屋と、その横にやや大きめのペンション風建物。湖畔に建つバンガローと言ったところか。

「ああ。そうですよ」

 運転席の生島勝いくしままさるは柔らかな物腰で、年下の峰川に応じた。

「行ける景色でしょう?」

「まあね。でこぼこ道をずーっと来た甲斐があったってところかしら」

 腰の辺りをさすりながら、峰川は横手にあるウィンドウを下げた。

「空気もいいようだし」

「それはいいけど、肌寒いわ」

 二列ある後部座席の中程に座る堀田真奈美ほったまなみが、ロングヘアを風に乱され、鬱陶しそうに捌いている。

「ふん。エアコン人間なんだから」

「繊細と言ってもらいたいわね」

「まあまあ、よしましょうや」

 女性二人の言い争いが本格化する前に、のんびり口調で割って入ったのは塚俊太郎つかしゅんたろう。丸っこい鼻に大きな伊達眼鏡を掛けて、その奥で目玉をきょときょとさせている。

「折角の休暇に、一泊二日とは言え旅行と洒落込んだんですから、存分に味わわなければ損。そういうもんではないかな、ご婦人方」

 気勢をそがれたのか、峰川と堀田は静かになった。

「そう、仲よくやりましょう。今後もうまく番組が回転するように」

 場を取りなすように言ってから、ハンドルを右に切る生島。六人乗りのワゴンは、湖の沿道へと入って行った。

「他に旅行客はいないようだな」

 道中、窓ガラス越しにじっと景色を眺めていた風だった江藤博彦えとうひろひこが、不意につぶやいた。低い声だったが、車内の全員に聞こえただろう。

「それはまあ、季節外れと言えば季節外れだからね」

 幾分、砕けた口調になる生島。

「夏は終わったし、秋の行楽シーズンにしては早すぎる」

「生島さんたら去年か一昨年なんて、お正月に夏休みを使ったんですってえ?」

 六人目の人物――久山理恵子くやまりえこが運転席の背もたれを引っ張りながら、気怠く問いかける。車の振動のためか、丸眼鏡が若干、ずれていた。

「夏休みなんて、小学生じみた言い方は勘弁してもらいたいなあ。暑中休暇とかサマーバケーションとか」

「一緒でしょお?」

「そりゃまあ意味は同じ。でも、本当に夏に休めることなんて、ここ数年、ないんだよなあ」

「そういう意味じゃ、人気放送作家四人と売れっ子タレント、そして敏腕プロデューサーが揃って休みを取れるとは、奇跡に近い」

 塚が臆面もなく放言したところで、ワゴン車は砂利の敷き詰められた駐車スペースに乗り入れた。

「『ワイド・サスペンス』御一行様、ご到着ーっ」

 生島がふざけ口調で言った。

 その声が聞こえた訳ではないだろうが、管理人用のバンガローから男が姿を現した。袖を肘までまくり上げ、何か水仕事をやっていたらしい。

「ようこそ、生島さん! ご無沙汰ですなあ」

「よう! 梨本なしもとさんも元気そうだ。相変わらず、そのスタイル。安心するなあ」

 生島に指差され、梨本は人懐っこい笑顔を見せた。

 梨本の格好は、白のテンガロンハットに赤いスカーフ、ジーンズの上下、黒のブーツ。これでチョッキでも引っかけ、馬に跨れば、まるっきりカウボーイである。ただし、白髪混じりの中年カウボーイだ。

千春ちはる達は今、食事の準備をやってるんだが、呼んで来た方がいいかな?」

「いや、いいよ。また機会はあるだろ。とりあえず、みんなに」

 生島が梨本の背に手を当て、五人の前に押し出す。

紫鏡しきょう湖キャンプ場へようこそ。ここでお世話させてもらってます、梨本光治みつじというもんです」

 帽子を取り、深々と頭を下げる管理人。白髪の多さが明白になった。

「どうぞ、楽しんで行ってください」

 次に生島が連れて来た仲間を一人ずつ、梨本へ紹介した。

「放送作家さんのお名前はとんと分かりませんが、峰川さんのお顔はテレビで拝見した記憶がありますよ」

「それはどうも」

 特に嬉しがる様子もなく、峰川はうなずいた。

 梨本はにこやかなまま、帽子をいくらか阿弥陀に被り直しながら言った。

「まあ、私はお客様の顔と名前は一度覚えたら忘れませんから、次からは放送作家さんのお名前もしっかりチェックさせていただきます」


             *           *


 予め設営済みだった大型テント二つに分かれて、荷物を置く。

「広さは充分。緑色の空間だ」

 口髭を指でこすりながら、江藤は見上げた。テントの色はダークグリーンで、そこを通ってくる太陽光のため、内部は全体的に緑がかっている。

「男と女を分けられたら、何にもできません」

 堀が言った。本気とも冗談ともつかぬ、曖昧な笑みを浮かべている。

「もっとも、こんなテントでは、筒抜けもいいところですねえ」

「あんたには妻ってもんがあるでしょうが」

 苦笑を混じえて生島が言ったのを機に、外に出る。

「今日の昼飯は、用意してもらってるんだったね」

「もちろん、言われた通りに。入って、待っててもらえますか」

 生島に対して梨本はうなずくと、そのまま六人を案内する。

 管理人小屋よりは立派なログハウスが食堂代わりだ。

「利用客はどうだい?」

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