第23話 異文化交流はまだまだ続く

 後日談。

 堂珍は、宣言通り、中学の伝説になった。

 カードの内容も、ほぼ堂珍に対する内容が多く、一位になった為、女子から大量のチョコレートが渡された。三年生だけでなく、一、二年生まで、一位になった三年三組の男子にチョコレートのプレゼントが渡され、近隣のスーパーからチョコが品切れになったという噂さえ流れた。


 そして、二位に甘んじた俺はというと、巨人と共にハートブレイク中である。

 あんなに大盛り上がりで、終わった今回のバレンタインイベントだったが、今、俺は部屋に引きこもり、夏目や設楽の誘いも断り、ただひたすら春休みが明けるのを待っている。


 春は、新しい門出だと、誰が言ったのか。

死んだように、俺の携帯でユーチューブを見ながら、空笑いをしている巨人と、抜け殻のように、空を見上げている俺。


 なぜこうなったのか。

 話せば、涙が、零れそうになる。

 まずは、巨人から話そうではないか。

 聞くも者などいないのだが、一人こんな風に空を見上げていると、ここ最近のいろいろな事が蘇ってくるのだ。


 そう、巨人がバレンタインカードの入っている箱に入った時からだ。

 ノッポが、何かいると言っていたあの箱には、実は『アグリ星』から来た、巨人の幼馴染、エロ・ティック・カモミール、通称モンロー(俺が勝手に付けた)が入っていたのだ。


 モンローは、あゆたんの家に居候していて、俺達のクラスに偽カードを入れていたのはモンローだった事が判明した。

 そこに、巨人と格闘していたノッポが逃げこんできたものだから、慌てまくり、ノッポの事を脅そうとしたら、反対にノッポの逆襲にあい、箱の中で伸びていたみたいなのだ。


 朝まで失神していたモンローは、ようやくここから出ようとした時、早く来ていた俺達と遭遇し、出るに出れず、箱の中で様子を見ていたら、今度は巨人が箱の中に入ってきたものだから、昨日の奴かと思い、一発かましズタボロにしたのだそうだ。


 巨人はと言うと、モンローとはアグリ星で幼馴染だったにも関わらず、モンローに対しては恐怖しかなかったらしく、超苦手なモンローが箱の中にいた事で、戦意を喪失し、なすがままに殴られ、恐怖に慄いていたらしい。モンロー曰く、戦闘本能で戦ったはいいが、幼馴染の巨人だと気付き、介抱しようと自分のマフラーを血止めに使い、過呼吸気味の巨人にマウストゥーマウスをして、介抱していたそうだ。


 異様に口が真っ赤になっていたのは、そのせいだった。

 モンローにしてみれば、幼馴染でどうやら巨人の事が好きらしい彼女は、必死に巨人を助けようと箱の中で頑張っていたらしいのだが、巨人にしてみれば、モンローは強女子で、小さい頃から頭が上がらず、男らしくない時には、彼女がいつも携帯している武器で殴られていたらしい。


 ただ、彼女にしてみれば、巨人が強い男子になれば、お嫁に行けると思っていたみたいだけど、現実的には、赤い髪をなびかせ、燃えるような目をしたモンローは、俺からみても強くて怖そうだ。残念ながら、巨人の趣味とは相反する。


 巨人はというと、モンローを見た瞬間に硬直し、怯え、また日常的に殴られる生活になるのかと、日々日々、戦々恐々としている。

とにかく、地球に来る前に実技試験で三十五点をたたき出した巨人は、ひたすらモンローになじられ、無能と言われ、泣く日々だったという。

 但し、モンローだけが地球に来たのではない。


 後二人、ジュン・ジョウ・スカラ(通称ジュンコ)は、ノッポの妹でなぜか堂珍の家に居候している。

 モンローは巨人が心配で地球行きに志願したらしいが、ジュンコは親に兄の動向を探るように言われて、仕方なく来たみたいだ。ノッポも、ああは言っても一人息子の長男で、親としてもしっかりした嫁にきてもらえるように、地球行きに志願させたのだ。


 もう一人、クレム・クレーム・ビジョン(通称クレ子)は、なんと設楽の家にいた。

黙っていた事を謝ってはくれたが、許したわけではない。


 途中から、やけに設楽が積極的に参加し、意見を述べるようになったのかと思えば、クレ子の助言もあったからみたいだ。クレ子から、女子が来ている事は、巨人達に絶対バレないようにときつく言われていた手前、どうしても言い出せなかったらしい。


 よって、堂珍にしても設楽にしても、情報源は俺達以外にもあったわけだ。

 それも、設楽には、なぜか設楽を溺愛しているクレ子女子がいて、やたらと今までの俺達の不甲斐無さをなじるのだ。


 俺も、巨人も現実逃避をするしかない。

 そう、触れなかった箇所がある。

 あゆたんだ。

 あゆたん、あゆたん、あゆたん、このフレーズだけで、今も目に涙が滲む。

 モンローは、あゆたんの指示で、俺達の動向を探っていた。

 一組のバレンタインカードが入っていた箱に潜んでいたのも、その為だ。

 そして、偽カードを作っていたのも、あゆたんだった。


 二年のパソコン部、野上や、伊藤が、あゆたんから組紐のキーホルダーを貰ったのを聞いた時は、さすがあゆたん、優しいと思っていたが、ただただ、カードの情報がほしかったみたいだ。


 野上や伊藤からカードのデータを貰えなかったあゆたんは、野上に姉がいて、自分も家で作成していたのは聞いたらしい。野上の姉は、四組のイケメン、三橋の兄と高校の同級生で家にも遊びに行く仲だ。


 そこで、三橋の家に出入りするあゆたんは、たまに遊びに来ている野上の姉とは面識があり、野上のお姉さんにお願いし、野上個人のパソコンからカードのデータを抜いてもらい、家でせっせと印刷していたらしいのだ。


 そして、ジュンコが居候している堂珍は、それに気づいた。

 多分、後で、設楽も気付いていたかもしれない。

 そう、そうなのだよ。

 なぜ、俺がこんなに凹んでいるのか。

 あゆたんは、あゆたんは、三橋の彼女だったのだ。


 三橋も彼女がいる事は、俺達にも言っていた。

 しかし、誰があゆたんだと思うのか。

 要するに、あゆたんは三橋の為に、偽カードを作成し、予想では、一組有利とも言われていた俺達のクラスに、偽カードを入れれば、卑怯者の烙印を押され、四組に女子のカードが流れるのではと考えたのだ。本来は最終日に、偽カードが箱の上に広げられている状態で見つかるように考えていたのだが、ある意味、ノッポと巨人によって阻止されたのだ。


 三橋のいる四組を勝たせてあげたかったのだ。なんて健気な、とは思わないぞ。

 あゆたん、君はそんな女性だったか?

 俺は、一度だって君に甘やかされた事なんて、ないぞ。


 そんな、女子女子していたか?

 どうして、三橋なんだ。いい奴だったけど。

 俺達は、あゆたんのお陰で、偽カード分、二位という結果になった。

 あれが無ければ、もしかしたら四組と競っていたかもしれない。


 あゆたんも、三橋に謝ったらしいけど、そこは出来ている男、三橋 勇人。

 彼女を許し、二人で罰ゲームを引き受け、毛の少なくなった鬼塚の頭の毛を見事頼みこんでゲットしたのだ。


 そのお陰で、二人の関係がもっと深まり、あゆたん家に何度も足しげく通う三橋を見たことか。しくしく。そして、二人がいちゃいちゃする度に、モンローがお邪魔だろうからと言って、俺ん家に遊びにくるのだ。


 モンローから聞く二人の様子で、俺がまた凹み、モンローが来る度に、がくがく震える巨人は、もはや威張り散らしていた頃の面影がない。


「和樹、遊びにきてやったぞ。お前、そんな死んだ魚のような目を俺に向けるな。気分が萎えるだろ。」

「和樹、僕もそろそろ仲直りしたいんだけど。クレ子も連れてきたよ。巨人やノッポとアグリ星の話ができるでしょう。ほら、チョコも大福も持ってきたからね。」

「智君、私は洋菓子が好きなのよ。あの二人に合わす事なんてないわ。」


 まあまあ、そう言いながら、クレ子をなだめすかしているが、基本、巨人にもノッポにも興味がないのは明らかだ。


 モンローでないだけマシなのか、巨人がクレ子を見て舌打ちするも、それ以上の眼力で睨まれ、俺の手を握ってくる。


「クレ子、巨人も俺も傷心中なんだ。もう少し優しくできない。」

「あら、智君以外には興味ないですわ。」

 小生意気な事をぬかす。

「和樹、もう諦めろよ。高校行ったら、もっといい女がいるって。何せ、マンモス高だからな。女子だって、すんげーいるだろ。」

「ですから、夏目様、いるからといって、選ばれるとは限りませんよ。僕も夏目様も見た目がいいとは言えないのですから。」


 ノッポが一番酷い事を言っている。ノッポが一人、大福にかぶりついていたが、それをそのまま夏目に取られ、一口で食われた。まあ、自業自得ではある。


「和樹、また高校に入ったら三人で遊ぼうよ。今度は違う企画とか面白しろそうだし。僕も全面協力するからさ。」

 設楽は、最近、下手に出て俺の機嫌をとろうとする。

「まぁ、確かに、高校でも遊べるけどな。」

「そうだよ。」

「楽しい事、しようぜ。」


 そうなのだ。

 せっかく、あゆたんと同じ公立高校に受かったけれど、俺はそれに耐えられなかった。

 何せ、三橋も同じところを受けていたのだ。これ以上のいちゃいちゃを、俺には見る自信がない。


 行き帰り一緒の通学、もしかしたら、分からないところを教えあう。同じ話題が出来、同じ日常を過ごせるかもしれない。

 そんな淡い期待は、見事に吹っ飛んだ。


 俺は、私立に行く事にした。

 勿論、そこだって、公立のシミュレーションで受けた高校だ。

 偏差値も変わらないし、頑張んないと受からないところだった。

 今は、受けていて良かったと心から思う。

 俺は私立に行く、それを設楽と夏目に話たら、俺達も行くと言い出した。


 まあ、設楽もそこを受験し、合格していたのは知っていた。ただ、夏目はスポーツ推薦で、そこを受験し、受かっていたらしい事はその時初めて知っだのだ。


 ただ、俺達に悪いと思って、公立を受けるふりをずっと続けていたらしい。

 よって、三人仲良く、同じ高校へ通う事になった。


「とにかく、せっかくの春休みだぜ、和樹、いつまでも凹んでないで遊びに行こうぜ。」

「そうだね、やっと受験勉強から解放されたんだよ。外にでも行こうよ。クレ子達だって地球の習慣や建物、食事に興味津々なんだよ。ほら、和樹、家にばっかりいないでさ。」

「巨人さんも、いつもの調子に戻って下さい。張り合いが無くて仕方ありません。なんなら、技能テスト用の画像をチョイス致しました。お見せ致しましょうか?」

ノッポが夏目の携帯を動かしながら、怪しい画像を見せてくる。

「そんなの、私が体験させてあげる。和樹様、ビッグと私用に部屋を作って下さらない。」


 いつの間に来たのか、モンローが巨人に抱きつきながら、巨人の顔に胸を押し付けている。巨人はというと、窒息寸前のようで、何だか体がひくひく痙攣していた。


「モンロー、あんまりぎゅっとすると、巨人が苦しそうだよ。もっと優しくしないと。」

「あら、男性は女性の胸が好きではないのですか?あの変態のハイ・トールでさえ、エッチな画像で興奮しているじゃない。ビッグは、私が直に教えてあげると言っているの。ほら、触ってもいいのよ。」


 巨人はイヤイヤするように、激しく首を振り、俺を涙目で見つめてくる。

 すでに、巨人の頬は、赤くうっ血しているように見えた。


(巨人も大変な女性に惚れられたものだ)


「モンローが来たって事は、三橋がいるのか?」

「そうよ。お部屋でいちゃついてますわ、お邪魔でしょう。私、気が利かな女性にはなりたくないの。ビッグだって、そういう女性の方がいいでしょう。」


 モンローに背を向けていた巨人は、無理やり、ごりっ、音がしそうな勢いで、顔ごとモンローの方に向けさせられたせいで、痛みのせいなのか、ただただ嫌なのか、涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔をしている。


 そして、俺もまた、死んだ魚のような目になるのだ。

「ほら、和樹、いい加減、立ち直りなよ。とにかく、部屋から出よう。外は気持ちいいからさ。」

 ここにいても、あゆたんと三橋の事が気になるだけだ。


(今頃、キスとかしてんのかなあ。まさか、それ以上とか・・・。ああ駄目だ、俺は気が狂う)


 悶々とした感情が、ぐるぐる俺を苛立たせるのだ。

「あら、お揃いですね。残念な事に、お兄様までおられるのね。」

 これまた、いつの間に来たのか、ノッポの妹であるジュンコが窓際にちょこんと座っている。


(俺の部屋は、宇宙人の集会所じゃねえぞ)


 軽くため息をつくと、ジュンコも小さくため息をついている。

「和樹様は、モテないからいいわよね。」

 死ぬほど失礼なことを言うのだ。


「私の卓様(堂珍の事)は、あのゲームの開票以来、常に女性とデートをしていらっしゃるの。そのお陰で、私、なかなか独占出来ませんのよ。そりゃ、勿論、お風呂とかは一緒に入らせていただきますけど、何だか女性としてはちょっと、嫉妬いたしますわ。私の兄もですけど、モテない方には関係ないから分からないでしょうね、あの方は勤勉ですし、能力もおありですし、だからと言って、自慢する事はございませんの。はあ、大きささえ合えば、すぐにでも旦那様にいたしたいです。それか、小さくなる薬を開発する方が、早いかしら。とにかく、卓様は最高よ。アグリ星にも、なかなかいらっしゃらないわ。」

 陶酔しているのか、目がハートに見える気がする。


(堂珍の奴、異性人にまでモテるとは、宇宙規模だな)


 心の中で嫉妬しながらも、俺には地球人でさえ、無理なのにと思ってしまう。

「そう言えば、卓様がいつも薫ちゃんと言っておられる方、和樹様達の先生でいらっしゃいますでしょう?何やら電話でお話してらしたのですけど、どこか、ご旅行に二人で行かれるとか。最後の思い出と卒業旅行を兼ねてと言ってらしたけど、先生とお二人でいいのかしら。私も連れて行って下さるのでしょうか、と聞くと、兄のところに行くか、クレムのところに行っていてくれないか、と言われました。お土産はちゃんと買ってくるからねと。仕方ないですわね、私、卓様に頼まれると嫌とは言えませんの。兄のところは絶対嫌ですので、クレム、設楽様、宜しくお願い致します。」

 丁寧に頭を下げているが、言っている事は案外酷い。


 すでに設楽宅に行く前提だ。

 設楽も苦笑いしながら、いいよ、仕方なく言っている。

「いったいいつの間に、二人の仲が復活したんだよ。これって、お泊りデートだろ。薫子先生結婚するじゃん。まあ、堂珍が勝ったから、仕方なくしたがっているのかもしれないけど。」


「あら、先生は、卓様にお賭けになったのよ。ですから、負けてはいらっしゃらないと思いますけど。」

 ジュンコがしれっと言う。


 俺達には驚愕だ。


 あんなに最後、盛り上がったのに。

 薫子先生、涙流しながら、がんばったねって、言ってたじゃん。

 一組に賭けてなかったのかよ。


「女って、こえー。」

 夏目が本当に恐ろしそうに顔をゆがめている。

「僕は、当分彼女いらないから。」

「俺も、信じらんねー。あー、もう、モテ企画でがんばったの何だったんだよ。あゆたんには、振られ(告白してないけど)、高坂はいつの間にか委員長の木本とくっつき、薫子先生も堂珍と復活って、俺達は恋の仲介をしただけじゃん。あー、もう信じらんねー。夏目、設楽、カラオケにでも行こうぜ。パーっと遊んでやる。」


「そうだな、悩んでも仕方ない、遊ぼうぜ。」

「今日は、付き合ってあげるよ。ほらクレ子達もおいで。」

「俺は、家がいい。」

「何ほざいてるの、行くわよビッグ。」

 モンローに首根っこを押さえつけられ、引きずるように連行される。


(こいつも、当分、女子はいらないだろうな)


「僕は、最近アニソンを覚えましたので、歌ってもいいでしょうか?」

「私、カラオケは始めてですわ。」

「智君、一緒に歌いましょう。」


 地球人三人、宇宙人五人、本当に、こんな異文化交流なんてないだろうけど、今は楽しむ。なんたって、また一緒の高校に行くのだ。


「うる星やつらの曲、練習したるー。」

 叫びながら、笑いあいながら、まだまだ終わったわけじゃない。

 明日にはきっといいことがある。

と、信じている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

小さい巨人 オレンジ @nakasublue

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ