第14話 無敵な堂珍
二組と三組の間から全面にかけて、オープンスペースがあり、四学年くらいなら、集まれる広いスペースが設けられている。昼休みなど、クラス関係なく男子が集まり、卓球をしたり、プロレスの技を掛け合ったりし、有意義な昼休みを送っている。
今日は、三年生の登校日の為、出席を取り先生から注意事項があると、一時限目だけ自習となり、後は帰るなりそのまま自習を続けるなりで、三年生は自由となる。
ただ、皆の顔を見ていると、それぞれに疲労が溜まっているのか、緊張感と余裕のなさが伺える。
一時限目が終了するや否や夏目が教壇に立ち、皆を見回しながら、
「諸君、この後、オープンスペースで話がある。これは極めて重要な事であり、今後の人生を左右するぐらい大変な事だ。特に男子、全員参加を望む。」
言い終わらないうちに、
「受験勉強より大事なことがあるのかよ。」
「女子も行かなきゃだめ?。」
「夏目、お前、受験捨てたのか?」
効果音よろしく、机をバンと叩くと、
「諸君、特に男子、最後の最後に残っているイベントは何だ。」
「受験。」
「他にないだろ。」
「なめてんのかよ。」
皆が、死んだような目をしながら夏目を見てくる。
夏目はと言うと、勿体ぶったように、教壇の周りをウロウロしながら、右手を考え深げに額にあて、どこかの探偵よろしく、思案した顔をワザとらしく演出している。
「君たちは、勉強のしすぎで、青春という言葉を忘れてないかい?」
人は、余りに唐突で馬鹿げた言葉を聞くと、脳みそがマヒするらしい。
この受験勉強のさなかに、青春という言葉を聞くとは、未だかつてなかっただろう。
言った本人は大いに真面目に答えている為、気付いてないが、俺と設楽は頭を抱えた。そして、クラスの連中は大いに口をポカーンとさせている。
「あーもう、夏目、さっさと言えよ。バレンタインイベントだよ。とにかく、オープンスペースに出てくれ。自主参加だけどクラス対抗なんだ。堂珍と俺、夏目が説明するから、取り合えず聞いて帰ってくれ。特に男子、最後のモテ企画だぞ。受験前の最後のアゲアゲ企画だ。三年間チョコ一つ貰わずに中学三年生を終わる奴、高校受験で受かったとしても、そこで既にハンデ持って高校デビューになんだぞ。男子諸君、立ち上がろう。」
よくもここまで方便が出るものだ。自分でも驚くほど、すらすらと言葉になって出る。
でもこれが効いたのか、今まで、死んだような目をしていた男子が、身を起こすとキラキラした眼差しを向けてきた。
【モテ企画】
その言葉だけが、どれ程魅力的か。自分も中学三年生、健全、健康男子だからこそ分かる。
こんなアホ企画が、受験という日々の苦しさをどれ程、和らげ、最後の最後にもしかしたら、チョコが女子から貰える、貰えないまま高校生になる苦しさ、諦めていたイベントが目の前にチラついているのだ。
これをやらないという選択肢が果たしてあるのだろうか。
女子は女子で、バレンタインのイベントが今年は受験という高いハードルがある為、今年は無いイベントだと思っていたけれど、もしかしたら、公然と渡せ、最後に彼氏が出来たあげくに高校生デビューが出来るかも、そんな妄想が頭を過るのだ。。
勿論、高校受験は失敗したくない。
だけど女子だって、告白できるチャンスがあるなら、もっと頑張れる。
先程までの、死んだ魚のような目に光が射した。
何も言わずに続々とオープンスペースに流れて行く。
多分、他のクラスでも同じような現象が起こったのだろう。
静かに、粛々と生徒達が集まってきた。
後は、堂珍が上手くのせてくれれば。
「良かったね、みんな少しウキウキしている感じだよ。」
隣に並び、声を掛けてくれたのは、高坂 南だ。
「ありがとう、みんなの気晴らしになってくれるといいけど。」
「頑張ってね。もちろん受験もだけど、須藤君がせっかく立てた企画だもの、応援してる。」
そう笑顔で言うと、自分の友達がいる方へ早足で去って行く。
残された俺としては、きゅんきゅんしてしまう。
何で、女の子って、あんなに可愛いのだろう。
マシュマロみたいで、いい香りがして、あんな笑顔を向けられて、平静でいられる奴がいるのだろうか。俺には無理だ。
壇上には、堂珍がもうスタンバっていた。
俺と目が合うと、少し頷き、早くしろと訴えている。
俺と夏目、堂珍が少し段差のある壇上に上がると、四クラス分の目が俺達に注ぐ。分かっていた事だが、慣れない自分としては心臓がバクバクしてしまう。横の夏目を見ると、同じく目がギョロギョロ泳いでいた。
ただ、さすがは堂珍、後はもう彼の独壇場だった。
俺達が企画したのに、さも自分が考え、これがどれだけ自分達の意気を上げ、学校への不満も含み、教頭、並びに校長への直談判がさも大変だったのかを話すのだ。
俺も夏目もたまに堂珍がこちらを振り向き、了解を得る様子を見せる度に頷くだけだ。
彼はスターなのだ。
各クラスの生徒達も皆、取りつかれたように堂珍の熱弁を聞いている。男子の目は熱を帯びてゆき、女子もスター堂珍に心を鷲掴みにされている。
説明が終わった瞬間、拍手が沸き起こった。
どの顔にも期待感と、ワクワク感、それも学校公認のお遊びなのだ。
勿論、これはあくまで自由参加だ。だがこれ程、学年がまとまった事が、かつてあっただろうか?
俺と夏目は目配せしながら、この結果に大満足だ。
とにかく、皆が乗らなければ成立しないのだから。
最後に堂珍が、
「我々は受験を控え、これに打ち勝たなければならない。よって、結果発表は公立高校の合格発表の日とする。既に私立が受かっている者もこの日には学校に来てくれ。一人でも受からなかったら、結果発表は無しとする。このイベントはあくまでも、受験勉強に対するストレス発散だ。納得のいく結果が得られなければ、このイベントをした意味がない。そして、もし希望した学校に落ちた者がいた場合、企画したこの二人には、一休さんよろしく坊主となってもらい、全員の前で好きな相手に告白をしてもらう。勿論、最下位のチームがやる事になっている罰ゲームもやってもらおう。そのくらいの覚悟で彼らはこの企画を立ち上げたのだ。落ちた者がいたとしても、少しくらい発散になるだろう。では、諸君、特に男子諸君、大いにストレスを発散しようではないか。」
オープンスペースに居並んでいる生徒達は拍手喝采である。
俺と夏目はというと、死ぬほど馬鹿な顔をしていたと思う。
聞いてないぞ、堂珍の方へ目をやると、ニヤリ、こちらを見てニヒルに笑う。
怒りと恥ずかしさで、声が出てこない。
(やりやがったな)
堂珍を睨むも、どこふく風、皆に満足そうな顔をしながら、愛想を振りまいていた。
(あいつ、俺達にプレッシャーをかけるつもりだ。そんでもって、あゆたんを手籠めに。だいたい目的は、受験に向かう為の可愛いイベントのつもりだったのが、真っ向勝負の真剣勝負になってんじゃないか、堂珍め)
怒りで真っ赤になるも、生徒達は大いに盛り上がっている。
隣の夏目はというと、目の焦点は合わず、顔は蒼白、何だか肩が左右に揺れている。
そりゃそうだ、気軽に始めたこの企画が、まさかここまで追いつめらるようなイベントになろうとは、そして俺達は絶対受験に落ちる訳にはいかないのだ。
(堂珍はこの学校で伝説をつくると言っていた。だけど俺達は下手したら不名誉な伝説をつくる羽目になる)
こんな時に浮かんでくるのは、あゆたん、と言いたいところだが、なぜか巨人の自信に満ちあふれた顔が思い浮かんできた。
(くそっ、巨人の顔が浮かんでくるようじゃ、おしまいだ)
堂珍の演説が終わり、すれ違いざまに、
「仲良くやろうぜ、但し、俺が勝つけどね。」
「言ってろ、俺達にも秘策がある。泣きべそかいて、薫子先生に縋りつくんだな。捨てないでって、俺等をあまくみるなよ堂珍。」
「そりゃ、楽しみだ。本気でべそかくはめになっても恨むなよ。薫ちゃんにも俺の存在を存分にアピールさせてもらう。女子全員からチョコをもらい、高校入試もトップで通ってやる。校長や教頭が、俺に感謝するくらいの実績をつくってやるぜ。今ならお慈悲で坊主だけは取り消してやってもいいぜ。」
不敵な笑みを浮かべながら、こちらを見下ろす堂珍は、ヒーローというより俺には悪魔にしか見えない。
「まだ始まってもないのに、余裕かましてんじゃん。言ったはずだ、俺達にも秘策があるって。そっちこそ、足元すくわれないようにするんだな。これはあくまで、クラス対抗だ。俺達だけを敵だと思うなよ。」
「いいぜ、全部返討にしてやる。せいぜい頑張るんだな。どうしても坊主と罰ゲームが嫌な時は俺に頭を下げてみろ。少しは軽くしてやるから。」
そう言うと、皆の方へ向きなおり、最上の笑顔と自信を生徒達に見せつけるのである。
壇上から降りた堂珍は、自分のクラスに戻るのに、人の輪が道を開け、まるでハリウッドのトップスターのように、握手を求められ、堂珍に触れたいのか、肩や腕を軽く触られながらどうどうと歩いて行く。通りすぎた後の生徒達は、堂珍を羨望の眼差しで見ているし、女子など目がハートになっている。
俺も堂珍の後ろ姿を見ながら、既に後悔の念がうずうずと育っていた。
(俺、あいつにケンカ売ったんだよな、どうしよう)
隣の夏目は、既に息をしていない。
多分、目も耳も頬の筋肉も死んでいる。
全体的に虚ろで、この空間にどうにかしがみついているだけだ。
オープンスペースにいる設楽を見てみると、なぜか、あいつ、堂珍の後ろ姿に陶酔した表情で眺めていた。
(ダメかもしれない、だが、俺もただでは死なない)
死んだ夏目と、感動している設楽の腕を掴むと、引きずるようにその場を離れた。
とにかく、どうにかしないと、俺達はただの道化になってしまう。
対策を練るべし。
役に立たない二人を尻目に、頭の回転を上げていく。
やはり、奴に頼むしかない。
巨人の自信に満ち溢れた笑顔を思い出し、帰りにキットカットを忘れずに買おう、そう思ったのだ。
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