第30話 子作り以外の価値
「いかがでしたか? マリアライト領が誇る『祝歌』は」
「今のが、祝歌……」
まだ心に余韻が残る中、呆然と呟くとフレデリック公子は胸に手をあてて自信満々に言葉を続けた。
「はい。音楽は頭と心に染み入るもの……特に心に傷を負い、不安定になっている時ほど、深く染み入るものです。祝歌は音楽に奏者の魔力と願いを乗せて、聞き入る者の心に一層寄り添い、慰め、癒すもの……音と相性の良い紫の魔力を持つものだからこそ奏でる事が出来る、我が祖先が生み出した奇跡の一つです」
「で、でも……今の曲って、地球の……」
「ええ。今のは地球の曲……タキ・レンタロウの『花』です。アスカ様の心に寄り添うなら地球の曲がいいだろうと思って選んだのですが……ご存じの曲でしたか?」
「そう、それ……! 春のうららの隅田川……! 何でその曲知ってるの……!?」
中学の音楽の授業で歌った懐かしい曲が、何でこの世界に――敬語を使うのも忘れて問いかけると、フレデリック公子は楽譜集を確認した。
「……この曲は祖父が40年ほど前に、アシヅキ・ユミというツヴェルフから教えてもらったものみたいですね」
アシヅキ・ユミ――優里のおばあちゃんの名前だ。
日本の曲だし、40年前に召喚された日本人はユミさんだけ――教えてもらった、と言われて納得しかけたところで、新たな疑問が浮かぶ。
「あれ、でも……その人って今の皇帝を産んだ後、地球に帰ったって聞いたけど……いつ教えてもらったの?」
「私はその辺の事情は詳しく知らないのですが……母から聞いた話ですと祖父はツヴェルフと契る気はなく、挨拶回りとツヴェルフから異世界の音楽を教えてもらう為に四十年前のツヴェルフ歓迎パーティーに参加したそうです」
「え……そういうの、有りなの?」
アクアオーラ領も水稲とか海鮮丼とか、日本の食文化を取り入れてた。
だから異世界の文化を取り入れる事自体に驚きはない。
ただ、これまで散々『ツヴェルフは子作りの為に召喚するもの』と聞かされただけに彼の発言に唖然とする。
そんな私に一切動じる事無く、フレデリック公子は堂々とした顔で頷く。
「ええ、有りです。異世界の音楽文化は曲も楽器もそれぞれ独特の進化を遂げていて素晴らしいものが多いので、マリアライト家の者は子作りの必要がなくとも必ずツヴェルフ歓迎パーティーに参加して、ツヴェルフに音楽を教えてもらいに行くんです。この領の者達は皆、音楽を愛しておりますので」
子作りはしないけど、文化だけは取り入れたい――子作りを前提にしない交流は健全ではあるけど、何かスッキリしない。
結局、自分達の都合いいように異世界人を利用する、という点は同じだからだろうか?
「特に地球の曲や楽器は種類も豊富で、質がいい……私もツヴェルフと契る気はあまりなかったのですが、地球の音楽文化に興味がありましたし、周囲の圧もあって半年前の歓迎パーティーに参加させて頂きました」
地球の曲や楽器を褒められるのは悪い気はしないし、さっきの祝歌も聞けて良かったと思うけど――やっぱりスッキリしない。
そんな私の表情をどう読み取ったのか、
「……その節はアスカ様に挨拶一つせず、申し訳ありませんでした」
フレデリック公子が深々と頭を下げる。
そう言えば私、歓迎パーティーの時、セリアとダグラスさん以外の人に完全スルーされてたっけ。
「ツヴェルフの中にとても声が美しく、音楽に通じている方がいらしたのでその方とお話しているうちに、アシュレー公子の騒ぎがおきまして……その後セレンディバイト公の宣言があって以降、貴方に声をかけるタイミングを失ってしまったのです」
とても声が美しく、音楽に通じている方――ソフィアの事かな? というのは置いといて、この人、私に対して一応、失礼な事をしたとは思ってるらしい。
言い訳が本当言い訳臭いけど、自分の非をちゃんと謝ってくれるあたり、真面目な人なのかもしれない。
「パーティーの事は気にしてないわよ。私の事スルーしたのは貴方だけじゃないし」
「ありがとうございます、アスカ様……ところで、ここにはいつまで滞在される予定ですか?」
「一応、祝歌祭までは宿を取って滞在するつもりだけど……」
私の返答にフレデリック公子は何か言いかけては、やめる――そんな仕草と二度ほど繰り返した後、意を決したように真っ直ぐに私を見据えてきた。
「……あの、もしよろしければ、滞在中、貴女の知っている地球の曲を教えて頂きたいのですが……いかがでしょうか?」
なるほど。私に曲を教えてもらいたいから、歓迎パーティーでスルーした事をわざわざ謝ったのか――何で今更パーティーの事を、と思ったけどこれでストンと納得できた。
「もちろんその間、この離れを好きに使っていただいて構いません……! 教えて頂いた分だけ、謝礼もお渡しします……!」
フレデリック公子の熱のある説得に、ちょっと心が揺らぐ。
(謝礼……一方的に利用されるのは嫌だけど、謝礼を貰えるならいいかな……?)
ダグラスさんやクラウスが出してくれるお金じゃなくて、自分が気兼ねなく使えるお金がもらえる貴重な機会だ。
それに明日には私がマリーとこの人の子作り話を潰した事が知られる。
ここは気前よく了承して、できるだけ印象を良くしておいた方がいい気がする。
嫌われたとしても、教えた曲の分だけ謝礼は貰えるだろうし。
「……私が知ってる曲、かなりあるけど?」
「百曲でも二百曲でも、いくらでも書き綴ります。人工ツヴェルフが実用化に至れば今後、異世界からツヴェルフが召喚されなくなるかもしれない……これが最後の機会かもしれませんから」
そうか――ツヴェルフが召喚されなくなるって事は、異世界の文化を取り入れる機会もなくなるかもしれないって事か。
謝礼の誘惑、祝歌の恩、異世界文化断絶の罪悪感がズシッと心にのしかかる。
これはもう、全力で引き受けるしかない。
「……じゃあ、一曲につき銀貨一枚貰ってもいい?」
「ぎ……銀貨一枚!? それは流石に安すぎる……! 別に、金貨でも」
「自分で作った曲ならともかく、人が作った曲を教えるだけでそんなにお金貰うのはちょっとね……あ、教えた曲って、その楽譜集みたいにちゃんと歌を作った人の名前とか記録してくれるのよね?」
「も、もちろん……! 素晴らしい歌や曲を生み出した芸術家の名を書き記し後世に伝えるのは当然の事だ! 様々な呪術、解呪術および魔歌、祝歌を生み出した気高く偉大なマリアライト家の名にかけて、この僕が教えられた地球の曲を正しく広める事を約束しよう……!!」
フレデリック公子の力強い宣言にホッとする。
もし教えた曲が私やこの世界の誰かが作った形で広まっちゃったら、今後もし地球人がこの世界に召喚された時、絶対によく思われない気がする。
ソフィアだって十数年後に戻ってくるかもしれないし、地球の曲はちゃんと地球の曲として、作った人の名前も含めて正しく広めてもらわないと。
アーティストの人には『異世界で勝手に自分の曲を広めるな』って怒られるかもしれないけど――少なくとも、自分の曲を他人が作ったが如く広められるよりはマシなはずだ。
「さて、どうしようか……歌に自信があるなら歌ってくれてもいいし、曲ならここの楽器を自由に使ってくれて構わない。自信が無いなら音楽を想像して念話を飛ばしてくれれば……」
「あ、ちょっと待って。今パソコン出すから」
黒の魔力で亜空間からパソコンを取り出して、テーブルに置く。
こっちの世界に戻ってきた時に公爵達に説明する位にしか使ってないから、パソコンの充電量はまだまだある。
パソコンが起動するのを待っていると、驚愕の表情を浮かべているフレデリック公子と目が合った。
「そ……その箱? 板? は、一体……?」
「パソコンよ。この中に音楽データがいっぱい入ってるの。えーっと、例えば……」
起動したパソコンを操作してミュージックソフトを開き、試しに流行りの曲を流してみると更に公子は驚いたようで、
「た……大変申し訳ないが、そのパソコンとやらはしまってくれないか?」
「え?」
意外な言葉に一旦音楽を止めると、フレデリック公子は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「……それが複雑な音楽を奏でる物だというのは分かったが、地球の物だろう? ウェスト地方ではラリマー公爵家が認めている道具や魔道具以外の使用は禁じられているんだ」
「ああ、それなら大丈夫よ。これヴィクトール卿も知ってるから」
「「……えっ?」」
フレデリック公子とセリアが同時に声をあげる。
「アスカ様……これ、あの方にお見せしたのですか?」
「ええ。公爵達の前で使って見せた時に、『未知の文明に抵抗を覚える人達は多いので、くれぐれも扱いは慎重にお願いしますね』って言われたけど、使うなとは言われなかったわ」
どちらかと言えば、ロベルト卿の方が渋い顔していた気がする。
あの人は『私的使用でのみ利用可』って言ってたけど――異世界の音楽を取り入れてる家に異世界の曲を教えるのは問題ないわよね? 植物みたいに生態系を壊すものでもないし。
「まあ……私の言う事が信用できないなら無理には使わないけど……私、歌も演奏もあんまり自信ないわよ?」
「……す、少し待っててくれ……! 念の為、母上に確認してくる……!」
明らかに動揺したフレデリック公子がバタバタと駆け出していく中、セリアと二人、広い食堂に残された。
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