第29話 覚悟と申し訳なさと。

 俺は家に戻り、どすんと音をたてて、居間のソファーに座ると、カーミリアさんが音もなく隣に座ってくれた。

 デイジナは先にグラスと酒瓶を持ってきてくれた。

 その瓶は、琥珀色で古めかしい感じのするもの。

 コルクのような栓を抜くと、熟成されたいい匂いがする。

 瓶の色じゃなかったんだな。

 瓶は透明に近い色で、それは酒の色だった。

 ブランデーのような、ウィスキーのようなそんな色の液体。


「お疲れ様、というのもおかしいかもしれないけど」

「はい」


 『チン』……、とグラスが鳴る。

 その酒は今までこちらで飲んだものの中では、一番美味かった。

 胃袋に染みわたる、体中にずーんとくる感じ。

 結構アルコールも高いんだろう。

 美味いわ。

 きっと、特別な日にしか飲まないような、そんな上等なものだったんだろう。


 カーミリアさんもグラスにある、琥珀色の液体をひとくち飲んだ。

 そのあと、俺の目をじっと見て。

 そのまま顔が近づいてくる。

 あ、柔らかい。

 今度はフェイントなかったんだね。

 俺とカーミリアさんの唇が重なった。

 もちろん、俺は生まれて初めてだよっ。

 酒がなかったら、心臓ばっくんばっくんだっただろうよ。


 さておき。


「カーミリアさん、ごめんね。こんなプロポーズになっちまってさ」

「嬉しかったです。あたしね、初めてあなたの血を吸おうとした、あのときから。あなたの妻のつもりだったんですよ。一切悩むことはありませんでした。その、一目惚れでしたから。……でも、あのときは勘違いで終っちゃったんですけどね。あ、あと。あたしのことは、カーミリアって呼んで欲しい、かな」


 俺とカーミリアは笑いあった。

 俺は彼女とのことを曖昧にしたまま、この国を去ることになったとしたら。

 申し訳ないっていうか、寝覚めが悪いっていうか。

 そうなるな、と思ったんだよ。


「カーミリア。すまないけど、俺と一緒に貧乏くじを引いてくれな?」

「貧乏くじ、ですか?」

「あぁ。『損な役回り』のことを、俺のいたところでは『貧乏くじを引く』って言うんだ」

「そうだったんですね。はいっ。あたしなんかでよければ、ですけど」

「大丈夫でス。アルドバッハ家は、その『損な役回り』を何年も引き受けてきた家なんですからネ」


 デイジナが料理を持ってきてくれた。

 そんな彼女を見たカーミリアの瞳がそれを肯定してたね。

 なるほど。

 辺境伯っていうのは、そういう役回りなんだね。


 簡単なものだと思ってたんだけど。

 デイジナが持ってきてくれたそれは。

 とても手が込んだ、煮込み料理と焼き物だった。


「温め直しただけですのデ」

「そっか。うん。美味い」

「ありがとうございまス」

「デイジナも座って。グラス持って」

「はイ」


 俺はデイジナの持つグラスに、とぽとぽと酒を注いだ。

 俺とカーミリアがデイジナの前にグラスを差し出す。

 『チンッ』と甲高い音をたててグラスが鳴った。

 デイジナは眼鏡をとり、糸目のその嬉しそうな表情で。

 グラスにあった酒を一気に飲み干した。


「ごちそうさまでス。旦那様。奥様」


 俺の呼び方は変わってはいない。

 だが、カーミリアの呼び方が、お嬢様から奥様に変わっていた。

 本当にささやかな結婚式だった。

 家人のデイジナひとりに祝福されたそれは、それでも嬉しいものだった。

 彼女の笑顔は俺たちにだけに、向けられたものだっただろう。

 飲み干したグラスの縁を指でそっと拭うと、自分の懐にしまい込んだ。

 デイジナは俺たちに煮込み料理や焼き物を取り分けてくれた。

 あぁ、美味いな。


「俺はな。明日、探検者の筆頭として、こいつに会ってみようと思うんだ」

「はイ、旦那様」

「はい、ソウジロウさん」

「返答次第によってはな、その場で退場してもらうつもりだ。今日はゆっくり休んで、明日。朝からとある準備をしてから、俺は行くつもりだ。カーミリア、ほら。好きなだけ吸ってくれ。これは、お前さんのだから、な?」

「あなた、いいの?」

「あぁ。万全の状態にしておいてくれるか? デイジナも何かあるなら、何でも言ってくれ」

「いエ。もう、胸がいっぱいでス。お料理、足りますカ?」

「うん、美味いし、これだけあればさ。カーミリアの『食べ放題』にも耐えられるだろうから。いいよ。ゆっくり休んでくれて」

「では、失礼します」


 デイジナは、頭をひょいっと持ち上げる。


 『みょぉおおおおおおおん』


 その音はとても耳障りの良い、幸せそうな音にも聞こえた。


 デイジナは揺り椅子に座り、頭を膝の上に乗せて、ゆっくりとしているように見えた。


「あなた、その。いただきます」

「あぁ、遠慮するなよ? 全部お前のもんだ」


 俺は酒を飲み、つまみを食べながら、首筋に顔を寄せるカーミリアの肩を抱く。

 料理は手を伸ばせば全て届く場所に置いてくれたようだ。

 どれを食べても、本当に美味い。


 カーミリアが俺の首筋に歯を当てる。

 わずかなその痛みも心地よく感じるほどに。

 身体からごっそりと持っていかれる喪失感も、カーミリアに流れてると思うと。

 同時に首筋を中心に身体が熱くなってくる。

 常に造血が発生し、空腹と同時に料理(燃料)がくべられる。


 デイジナのこんなにリラックスした姿は見たことがなかった。

 カーミリアがこんなに甘えている姿も見たことはなかった。

 二人とも俺の大事な家族だ。

 フランクさんに預けた、二人も。

 フランクさんと奥さんのエリッサさん。

 レオニール君も俺の家族みたいなものだ。


 俺は毎日を、面白おかしく暮らせたら、それだけでよかったんだ。

 それなのに、俺の不幸のパラメーターはそんなことも許しちゃくれないんだろうな。

 それが今回、こんな形で来るとは。

 元々微妙なバランスが保たれていたあちらさんとの間柄は、俺が傾けてしまったのかもしれないな。


 話し合いで引いてくれたらそれで万々歳。

 もしだめなら……。


「旦那様。この戦の終着はどこに?」

「お願いだから読まないでってば」

「あーっ。デイジナってば、まだ覗いてるのね?」

「いえ。そんなことは……」


 デイジナの脈絡のないセリフでカーミリアにもバレたんだろうね。

 ほんと、緊張感なくて助かるわ。


「あの依頼を誰が出したか。あの神父が国を盾に語ってるだけなら、それでいいんだけど。あれがね、国が正式に認めた依頼だとしたら」

「潰しますカ?」

「そんなストレートに言わないでよ。まぁ、責任者の面子は潰させてもらう。大の大人がおしっこちびっちゃうところまで、ビビってはもらうつもりだよ」

「……あたしの回復力が、あなた並だったら。あたしも噛み砕いてみてほしいと思うわ」

「おっかないこと言わないでってば。知ってたんだね」

「えぇ……。デイジナから聞いたわ」

「そっか。俺が不死だってことも?」

「えぇ。あたしたちヴァンパイアも不死に近いわ。それでもね、塵にされてしまえば、復活までに物凄く時間はかかるの。もちろん、そのためには血をわけてもらわなくてはならないのよ。でもね、あなたはあたしよりも凄い。なんて怖い。なんて恐ろしい。もし自分に向けられたら。逆らう術のない恐怖以外、何物でもないと思うの。あのキングリザードが、ただ死ぬことしかできなかった程の……、ね。あたしだったら、絶対に敵対したいと思わないわ」

「えェ。あの現状を見させていただきましタ。やっと旦那様の本質が理解できましタ」

「「あたし(私)よりも怖い(でス)」」


 強いじゃなく、怖いなのね。

 デイジナとカーミリアは、俺があの男爵の館。

 あそこの座敷牢からどうやって抜け出したかをおそらくは知っているだろう。

 俺、放っておいてくれるならさ、毒にも薬にもならないんだけどね。


「ぷっ……」

「あーっ、また読んでる。嫌らしいわねー」

「ねー」

「そ、そんな……。ごめんなさい」


 俺たちは共に最後だとは思っていないが、最初の家族の団らんのような。

 そんなまったりとした時間を過ごしていたんだ。

 こんな大切な時間を奪おうとする奴らを許さないためにも、ね。


 ▼▼


 んぁ……。

 いや、昨日は飲んだな。

 あれ?

 俺、いつの間にベッドに寝てたんだ?


 うぉっ!

 あ、あぁ。

 俺、結婚したんだっけか。

 横で俺の左腕に頭乗せて、カーミリアさん、いや、カーミリアが気持ちよさそうに寝てる。

 おまけに腕が痺れてる。

 これって『ハネムーンパルシー』ってやつじゃね?

 神経の麻痺みたいなもののはずだからか、やたらと腹が減ってる。

 回復しちゃってるんだろうな……。


 うん、パンツの中みたけど。

 未使用でした。

 何もしてないぜっ。

 してないよな?

 どっちでもいいか。


 彼女はきっと、初めての外泊なんじゃね?

 ごめんな。

 戻ってきて、落ち着いたらさ。

 ご両親にも挨拶にいくからさ。


「カーミリア。起きろって」

「ん……。あ、あなた、おはよ」


 ちゅっ


 く、くちびるにちゅーですかっ!


 くぅっ。

 可愛すぎるだろう。

 半分寝ぼけてる状態で『あなた』とか。

 カーミリアの中でいつから俺がそんなだったんだろうなぁ。

 いや、嬉しいけど、どう対応したらいいのかわかんないんだよ。


「あ、朝風呂入って。飯食ったら戦闘開始だぞ?」

「えぇ。わかってるわ。何年睨み合いしたと思ってるの? それが、あちらからちょっかいかけてきてくれたのよ? この機会をどれだけ待ったと思ってるのよ……」


 昔から腹に据えかねてたんだろう。

 カーミリアのこれが演技だとは、俺には思えないんだよな。


「ただな、約束してくれよ? 俺がいいと言うまで、手を出さないってな」

「わかってるわ。夫をたててこその妻ですもの」

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