第5話 4


「悠人様っ、お昼ごはんどうでしたかっ?」

「うん、美味しかったよ、君の作ったパスタ。……相変わらず3Dプリンタがうるさかったけどね」

「元気な子ですから」

「そうかなあ……?」

 僕はユイリーたち、正確には、ユイリーのシステムの一つである調理用3Dプリンタなどで作った料理に、さっき残ったままだったカステラなどを食べた。

 昼食は、ペペロンチーノにいろいろな乾燥野菜や乾燥肉風のトッピングが載ったパスタに、ソースがかけられたウィンナーに、サラダ、人参やじゃがいも、ベーコンなどがたっぷりはいったコーンスープだった。

 ペペロンチーノは柔らかく茹でたパスタの噛み具合がちょうどよく、ガーリックや唐辛子の辛さと乾燥野菜の甘さがバランス良く味わえて、ウインナーは外はカリカリ、中はホクホクだった。ユイリーによるとまず茹でて、それから焼いたのだという。サラダは人工野菜とは思えないほどみずみずしく、シャキッとしていた。コーンスープの具はたっぷりで、またスープは甘く、とろりとしていた。

 これらのメニューで、僕は腹が満たされ、体が暖かくなった。ふぅ……。気分いい。

 このまま眠ってしまってもいいかなと思ったけど、午後にもリハビリの時間がある。

 退院後にしては豪盛じゃないかな、と問うた僕に対し、ユイリーは、

「ご飯をいっぱい食べるのも、リハビリの一つですからねっ」

 と満面の笑みで応えた。

 そうなのかなあ、と思いつつ、僕はテーブルに載ったカステラに手を伸ばそうとした時。

「えっ!?」

 僕はびっくりした。

 ユイリーの子機、美少女オートマタたちもここに座っていたのだが。

 なんと、僕と同じように彼女らの目の前に置かれているカステラに手を伸ばし、食べているではないか!

 ユイリーも同様である。

 ナンデ食べているの!?

 ぎょっとユイリーを見る。

「ねえユイリー!? このカステラ……」

「ああ、これお父様とお母様がお残しになったもので……」

「そうじゃなくて!?」

「じゃなくて?」

「なんでオートマタが食事取ってんの!?」

「ああ、これはですねぇ」

 ユイリーは平然としながらカステラをひとつまみ食べ、口をモゴモゴさせてから言葉を続けた。

「私達は、先端技術試作実験機だけあって、エネルギー源などを電力でなく、人間の食物から得るようにも設計されてるんです。無論、人間のものより小型化、効率化されていますが」

「へえぇ……」

「私達の試作・実験目的として、オートマタに人間の機能をどれだけ盛り込めるか、もありまして、ボディの一部にナノマテリアルによる擬似生体部品を採用し、このような機能が搭載されているんです。ちなみに、私に搭載されている人間の機能はあといくつかありまして……」

「ん、なんだよユイリー突然黙って」

「ちょっと恥ずかしいんですけれども……」

「何だよ、言えよ」

「……私には、性器と子宮などがナノマシンなどで圧縮されて搭載されていまして、悠人様がお望みであれば、子作りも……」

「え、ええ……!?」

「プランには二通りございまして、まず一つ目は、私の体内で妊娠出産を行う『人間と一緒(ハート)ご一緒に人間の神秘を体験!』コース。二つ目は、人工子宮プラントを外部に設置して体内で受精した卵子を胎児に育てて誕生させる、『ドキッ! 人類の科学はここまで進歩したのか! シノシェア驚異の科学力コース』がございますっ」

「ちょ、ちょっと……!?」

 何がなんだか、ツッコミが追いつかない。

 というか……。

 ユイリーは人の子を生むことができる。

 これ、ユイリーはオートマタ《モノ》じゃなくて、人造人間ニンゲンなのでは?

 ならなぜ、ユイリーはさっき自分のことを『モノ』と自称したんだろう。

 どうして……。

 答えがわからなくて、僕は内心呆然としていた。

 そんな僕の顔を見たのか、ユイリーは安心させるような顔をして、

「まあ、望めばの話ですけれどもっ」

 そう冗談めかして笑った。

「そ、そう……」

 僕はドギマギしてそう応えることしかできなかった。

 でも。

 でも。

 僕が望めば……。

 ええい。

 今はそんなこと言ってられない。

 まずはリハビリだ。

 ということで。

 僕は一回咳払いをすると、ユイリーに向かって告げた。

「ま、まあそんなことはともかく、これ食べたらリハビリの続きしよう」

「ええ、悠人様っ」

 そう言ってユイリーは礼をした。

 その時ユイリーはわずかに横を向いた。

 彼女の顔には、赤みがさしていた。

 どこか僕に誘ってほしいという気分があるようにも思えた。

 彼女は道具だ。彼女自身はそう応えた。

 でも、そんな彼女を僕は最後まで大事に使うと誓った。

 彼女に思いがあるのなら、いつか、その思いを叶えてやらないといけないのかな。

 僕はそう思いながら、手に持っているフォークでカステラの一切れを突き刺し、口へと運んだ。

 カステラは人の心の味がした。


                         *


「ふぅ……」

 午後のリハビリを終えた僕は、自室(とは言っても自分の部屋とはまだ思えないが)の端に鎮座する大きなベッドで横になった。

 ユイリーたちに運んでもらったのだ。

「お昼寝ですねっ。それでは、良いおやすみをっ」

 そう丁寧にお辞儀をして介護用メイドオートマタは部屋を出ていった。

 僕は白く輝くLEDライトの照明が輝く天井を見上げ、もう一度ため息を付いた。

 最初は安堵のため息。二度目は、疑問のため息だ。

 僕が何について疑問に思っていたのかと言うと、それは。

 自分の記憶のこと。

 自分の仕事のこと。

 つまり、自分が一体何者なのか。

 このことだ。

 幸い、調べる手段はある。

「ミネルヴァ」

 僕は脳内に埋め込まれたナノマシンコンピュータのAIOSというものを呼び出した。暇な間に色々調べたのだ。自分の体とかを。

 声に応じて、視界の中にフクロウの姿のヴァーチャルアシスタントの姿が現れた。

 現代の(AI)OSは仮想マシンなどでアプリケーションだけではなく、いくつかのその用途向けの専用OSを同時並行で起動し、それらが連携して動く仕様になっているのだ。

 今呼び出したのは「ミネルヴァ」という検索などを目的としたAIOSだった。

 脳内のナノマシンコンピュータは事故に遭う以前から埋め込まれていたらしい。

 ならば、それに訊けば事故に遭う前の僕のことがなにかわかるかも。

 内心にはそういう一抹の希望があった。

「なんでございましょうか、ご主人さまホー」

 まずは……、この質問からだ。

 僕は咳払いを一つすると、ミネルヴァに問いかけた。

「僕は誰だ?」

「須賀悠人、ですホー」

「まあ、そうだよね。……僕の仕事はなんだ?」

「ご主人さまはシノシェア社で超高性能コンピュータ、オートマタ、人工意識、人工知能などの研究開発に関わっておられますホー」

「だよな」

 そう聞かされていた。しかし、今一飲み込めない。納得できないのだ。

 さて、これからが本題だ。

「僕は事故に遭う前、何を研究していた?」

「ご主人さまの研究は多岐に渡っておられてましたが、その中でも特に熱心に研究しておられたのが、人間とオートマタの互換性でしたホー」

「人間とオートマタの互換性?」

 僕はそこで首をひねった。そんなもの研究してて何になるんだ?

 遠くでブーンという音がわずかに鳴っているような気がした。

「はい。ご主人さまは、オートマタを高性能化していけばしていくほど、より人間に近づき、そして超えるという理論をお持ちでした。その証明のため、人間とオートマタのあらゆるハード、ソフトの互換性を研究していたのですホー」

「あらゆるハードとソフトの互換性……」

 人間とオートマタのハードとソフト? なんだそりゃ?

 人間型ロボットは意識OSやアプリというソフトはあるけど……。

 人間のソフト? 頭の中にあるナノマシンコンピュータのソフトのこと?

 うーん、なんか耳鳴りが大きくなってきたな。

 うるさいなあ。

 頭痛もしてきたし。

 いてっ。

「量子コンピューターの進化から始まる一連の流れから起きたシンギュラリティにより、技術や素材などは大幅に発展しましたホー。人型ロボットは昔よりずっと発達しており、その中身の大部分はナノマシンやマイクロマシン、コンピューターはナノマシン製の光量子コンピューターや生体素子などで構成されており、油圧・水圧シリンダーや電子式コンピューターで構成されていた初期のロボットとは機械と人間ほど違いますホー。ある意味、今の人型マシンは生きた機械と言えますホー」

「ふうん……」

 生きた機械かぁ……。

 そういえば、ユイリーがご飯を食べたり子供を産める機能があるのも……。そういう意味かな?

 さらに耳鳴りがさらに大きくなってきた。

 頭痛もなんかひどくなってきてるし。

 なんでだ?

「AIも大幅に発展し、人工知能だけではなく、人工意識というものも実用化され、その意味でもオートマタは人間と変わりなくなってきているホー」

 人間とオートマタは変わりがない……。

 僕とユイリーは同じようなもの……。

 目の前がひどくぼんやりしてきた。

 頭痛で何も考えられなくなる前に、僕は問いをミネルヴァに投げかけた。重要な問いを。

「で、僕が研究していたハードとソフトの互換性って?」

「ご主人さまは、特にソフトの面に注目しておられました。人間型ロボットのオペレーションシステムである、人工意識を人間の脳、特にナノマシンコンピュータを導入した脳で動かせるよう、人工意識OSを開発していたのですホー」

「人間の脳で……」

 そう僕がつぶやいたときだった。

 !!

 不意に耳鳴りが何も聞こえなくなるほど大きくなり、先程から続いていたものよりさらに激しい頭痛が僕の頭を襲った!

 !”#$%&’(()0=〜|!!!!!!!!!!!

 耐えられないほどの痛みに僕はベッドの上で七転八倒し、

 so



 ……。

 ……。

 …………。

 …………。

 ここは……。

「僕」の部屋か……。

 ……何してたんだっけ?

 たしか、僕はリハビリのあと休んで、そして、何かをしようとして……。

 何?

 何をしようとしたんだっけ?

 覚えてない。

 何だっけ?

 そう思ったとき。

「悠人様っ」

 突然不意に呼ばれてドキッとした。

 声のした方を向く。そこには、僕を世話しているメイドロイドの姿があった。

 心配そうに僕を見つめている。

 安心した。ユイリーがいて。

「ユイリー……」

「部屋で寝ておられた悠人様が突然暴れだしたので、抑え込んだら気絶なされて……。起きるまで今までこうしてお側におりました」

「突然、暴れてって……。僕、暴れたの?」

「はい。それはもう、怪獣のように」

「覚えて、ないなぁ……」

「もしかしたら外部から電子ウィルス侵入とかがあったのかもしれません。念の為悠人様の脳内の微小機械計算機をウィルスチェックいたしましたが、異常はないようですっ」

「そう……」

 ウィルスって……。

 なんで僕に……。

 記憶を失う前の僕になにか重要な秘密でもあったのか?

 あれ……?

 そう思いながら僕は起き上がった。

 白色LEDの照明は相変わらず僕らと部屋中を照らしてた。

 操作卓にもなる机と椅子、ホログラフィックディスプレイと本棚やクローゼットなどが、取り囲むベッドに僕はいて、その側にユイリーがひざまずいていた。

「その分だと大丈夫なようですねっ。安心しましたっ」

「……今の時間は」

「十六時前です。もうそろそろ夕飯の支度をしようかとかと思いましたが……」

「が?」

「なにかスッキリしておられないようなので、スッキリさせましょうか」

 そう言ってユイリーはスリッパを脱ぎ、僕のベッドに乗った。

 そして膝立ちで歩き、僕の側に寄る。

 どこからか、菫の臭いがした。

 ユイリーは僕の肩に手を乗せて、こう告げた。

「私が昼食時に、子作り機能のことを言ったの、覚えておられますか?」

「え、うん」

 僕は首を縦に振った。

 それはさすがに覚えていた。

 でもなんでそれは忘れなかったのか、今一理解できない。

 不思議な思いが、僕を取り巻いていた。

 そんな僕をよそに、ユイリーは僕の側に体をさらに寄せて、誘うように告げる。

「その前提条件と言うか、介護機能を持つ女性型オートマタの機能として、性介護機能も持っているんです。障害者や後期高齢者などの介護においては、要介護者の性欲処理も、介護問題の一つとして挙げられておりまして、その解決のため、性器を含む性行為機能が搭載されているんです」

 そう言って彼女は首筋に吐息を吐き、片手を僕の股間へとやった。

 ユイリーは色っぽいと言うよりも、不気味な顔をしていた。

「夕食まで時間がありますし、夕食の調理は他の子機たちに任せて、私でスッキリいたしませんか?」

 彼女はそう言って更に迫ってきた。

 股間の一物を触られ、僕は一瞬どきっとした。

 僕は彼女としても良いのだろうか。

 彼女を抱いてもよいのだろうか。

 ……。

 いや。

 僕は彼女を大事にすると思った。欲望の思うままに抱くことは必ずしも大切にすることじゃない。

 だから、今はいいと、僕は判断した。

 それに、僕はまだ迷っていた。

 僕はまだ納得できないのだ。

 ユイリーが一体何者であるのか。

 そして、自分が何者であるのか。

 そのことがわからない今のままで、彼女を愛しても良いのか。

 それらがわからないうちは、そうするべきではないのかもしれない。

 だから。

 僕はユイリーの手を優しく握り、股間から離した。

「いや、今はいいよユイリー。それより、リビングでゲームをして、すっきりしたいな」

 そう僕が笑って告げると、

「えっ……」

 ユイリーは一瞬驚きを見せ、それから笑顔を見せて、

「わかりましたっ、悠人様っ。では、リビングへ一緒に行きましょう。夕ご飯まで、楽しくゲームをいたしましょうねっ」

 いつもの天真爛漫な口調でそう告げると、立ち上がろうとする僕を助け起こした。

 僕は立ち上がりながら、これでいい。これでいいんだ。と内心つぶやいた。

 でも。

 これで、良いのだろうか……。

 僕は迷いながらベッドを降りてスリッパを履き、ユイリーに助けられながら部屋の出口へと向かった。


 ……お前に後悔はないのか?


 心の奥底で。

 誰かが、そう問いかけたような気がした。


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