第18話 扇動

 私こと榊原裕太は木星寮の寮生である。谷影大学大学院1年で寮内では古参の1人であり、寮内では非常設の委員会である裁判委員会の委員長をしている。


 権力を嫌う寮の気風に則り、裁判委員会は寮内で個人的問題を超えた寮内のパブリックな問題が起きた時にだけ招集される。

 寮則と慣例と判例に照らし合わせて裁定を行う組織であり、ここで最終的な解決を見られない場合は大学学務部への働きかけや、場合によっては警察や弁護士へと解決を依頼する事になる。


 今私は大部分が寮生で構成された群衆の最前線に立って、ガラにもなくアムリタ教団なる新宗教施設へ向かって叫んでいる。


「教団は拉致行為をやめろー!」


「教団は暴力行為をやめろー!」


「教団はこの街から出て行けー!」


 等など、様々な教団へのネガティブキャンペーンを多分に含んだシュプレヒコールの数々を主導的に叫んでいる。それはなぜか。


 第1にこれは寮生が現実に拉致監禁されているからである。


 第2に寮生が被害に遭っていると言う事は寮内問題である。


 第3にこの問題は個人間で解決すべきタイプの問題では無い。故に裁判委員が臨時招集され協議を行い、結果、非常に緊急性の高い事案と結論づけた。


 そして、第4に木星寮寮則第60条第3項の発動、通称「スーパー603」の発令によって緊急招集された暇人かつ善意の寮生を扇動、もとい支持誘導し問題解決にあてている。


 そういうわけで、私達がここで教団施設の出入口付近を40人以上で取り囲んで叫んでいるのだ。


 実は私と木星寮運営委員会委員長の小早川君の2人だけは、斎藤くんから今回の教団潜入に関して相談を受けていた。

 内容は「ヤバい教団に潜入して内情を暴くつもりでいるが、危険な状況になったら連絡するからスーパー603を発令して助けに来て欲しい」というものだった。


 まず私達は全力で彼を引き止めた。危ない状況に陥る可能性のある宗教団体に潜入するなどもってのほかだからだ。

 違う方法で探りを入れるべきだろう。それに私達が他の人間にこの事を話したらどうするつもりだったのか。自業自得と切り捨てられて、自己責任論のもと破滅に追い込まれる可能性もある。そういう懸念もあり2人がかりで説き伏せようとした。


 しかし斎藤君の意思は固く、そもそも入信届けも出し、もう後戻りのできない所まで来ているという話だった為、渋々折れた。

 これは斎藤君による寮則の私的な法規利用にあたるのではと思ったが、結局は斉藤君の個人的な復讐に力を貸してやることにした。


 先程の裁判委員会の臨時招集時の論法はあくまでスーパー603を発令させる為の結論ありきの論法であり、通常の手続きを踏みつつもスーパー603が通常想定している使用では無い。

 つまりこのスーパー603は予定調和だったわけである。何かが起きてから熟慮の末に出した結論としてのスーパー603では無く、スーパー603を出す為に事前に取り決められた手順を踏んだのだ。


 私の隣りにいる運営委員会委員長の小早川君はやけに楽しそうに叫んでいるが、私は斉藤君にしてやられた感が心の隅にあるせいでいまいち声に張りがない。


 だが、群衆扇動の中心的人物の一人である私がやる気を出さなければアジテーションなどというものは上手くいかないだろう。

 それに40人近い寮生の他にも近隣住民や通りがかりの人と思われる野次馬が何人も来ているし、教団敷地内には回転灯を激しく回している警察車両と救急車両が数台停まっている。

 その上どこから聞きつけて来たのか、報道関係者と思われるカメラクルーとレポーターらしき姿も見える。


 警察が既に介入しているのであれば私達は必要ないのではないかという考えが頭をよぎるが、もう既に後の祭りである。

 ここに来るまで警察や救急や報道が来ていることなんてわからなかったのだし、施設内に乗り込むか警察を呼ぶかの判断は現場を見てからにしようと思っていたからだ。


 ともあれ私達が教団施設を取り囲んで声を上げている事自体はそう悪い事では無い。

 教団の信者連中への示威行為になるし、教団内部にいる信心の薄い信者にとっては教団への疑念を抱かせる一つの機会になるだろう。

 また、警察へは教団は不法行為を働く存在であり、教団をよく思っていない人間たちがこれだけいるのだと印象づける事が出来るはずだ。その効果は警察だけでは無く、近隣住民や今来ている報道関係者のもつカメラにもバッチリ映っていることと思われる。


 さて、ここで騒ぎ続けるのは良いとしてもいつ引くかの問題がある。私は救急車が出発すれば、監禁されていた寮生が教団施設外に出たと考えてよいと思う。

 この意図して作られた群衆の目的は「ヤバい状況に陥っている寮生達の救出」であり、「引き渡しに応じなかった場合に数の圧力をかけて引き渡しに応じさせる事」であると思っている。

 なので救急車が出るまではここで騒ぎ続けた方が良いだろう。

 私は隣ではしゃぐように叫んでいる小早川君にその事を伝えた。


「裁判委員長のお考えに異議はありません。それが最適なタイミングでしょう。……それにしても正義感を満たしながら相手を糾弾するのってめちゃくちゃ楽しいですね!」


「……君はもっと理性的な人間だと思っていたよ。ちなみに君の言っていることについては、否定はしないがね」


「そんな!自分はいつだって理性的ですよ!だからこうして自己の感情を分析出来ているんじゃないてすか!どうせやるなら裁判委員長ももっと叫びましょう。……実のところ裁判委員長が乗り気じゃないのはわかってますが、いや、自分もここに来るまでは乗り気じゃなかったですけど、思いっきりやってみると案外楽しいですよ!ほら!」


 19歳の運営委員長に心を見透かせれているとは年長者として情けない気がする。

 よし、ならば私も本腰を入れてみるか。踊りゃな損損というやつだ。

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教団から奪い返せ!~木星寮活動記~ 荷川 らい @NkwRai

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