七、一人で

 「このカセットは……必然的に見つかったものだ」


 凝然と言い張る奏多に、中々理解が及ばない二人。

 事実、聞き返すことなく話は進められていく。隙を縫うように。


 「昨日の夜に俺は、理科準備室に行ってナイフを取り出してきたんだ。その時に、ナイフと一緒にカセットが入ってあった。詰まるところ、意図的に置いてあったとしか思いつかねぇ」


 寒風吹き付ける窓際で、意図的と発した奏多に他の三人は訝しげに首を傾げるだけ。


 「つまり、誰かが予想していたゾンビ化が発症したのか。それとも、誰かの陰謀に引っ掛かったのか。明らかにおかしいことだらけだろ」


 「でも、それと水ちゃんとなんの関係があるの?」


 「もしかしたら、ゾンビ化を治す薬があるかも知れない」


 「……っ!それってつまり、他の人も元に戻せるってことっすか⁉︎」


 「いや、違う。他のやつのゾンビ化は進みすぎて多分元に戻せねぇと思う。それに対して水坂のゾンビ化は中途半端なところで終わっている。だから、多分水城だけは取り戻せると信じてる。いや、信じたいんだ」


 他の三人を諭すように言う。

 伝わるか伝わらないかは別として、柚月を救う手段が見つかったと、そう解釈してくれたら良い。


 「どこにあると思いますか。その薬とやらは」


 「多分、三階の何処かだ。理由はきちんとある。理科室にカセットがあったとすると、その三階には後は無いと思う真理の人間トリックだろう。俺だったらそうするけど、一応二階か一階も探しておいた方が良い」


 「……三階だけを探しましょう。その方が利にかなっている気がします。それに、奏多の言い分を信じるのも、時には功を奏すこともあるのではないかと」


 「一気に信用勝ち取ったわね奏多」


 「俺は一生ついていくつもりっすけどね!」


 「気持ち悪いこと言うな!俺と水城が結婚してもお前だけは家に入れてやんねーからな!」


 「結婚とは、随分と未来のことまで見据えているのですね」


 「やべ、しまった……」


 口を抑え、無かったことにしようかと目で尋ねるも三人とも静かな笑みを称えるだけ。


 「や、やめろお前ら!その目で俺を見るな!と、とにかく三階を散策するにあたっての作戦を立てるぞ!」


 「早く助けてあげなきゃだね。水ちゃん、いや、杉坂柚月の為に!」


 「蒸し返すな!」


 「まぁまぁ、良いではありませんか。一種のお返しだと思ってくだされば」


 「だけどなぁ……!もう良い。話を続けるぞ。……俺からも一つ、聞かせて欲しいことがあるんだが」


 「何でしょうか?」


 「何故、そこまでして俺たちにゾンビを殺した罪を擦りつけたかったんだ?」


 目を瞑り、少し考えた後、意を決した表情で口を開く。


 「また、今度です」


 微笑みながら言われ、奏多も流石に追求は難しくなる。

 保留にされた無念さを頭に貯め込み、髪を掻いて一旦リセット。わしゃわしゃと掻いて、そのまま机に広げられた模造紙を視界に映す。


 「性格悪いねぇ部長」


 「そんなことはないですよ。ただ、準備が整っていませんので」


 二人の会話は極小の声で、奏多の耳に届くことはない。

 視界に映る模造紙を見ながら、何やら考え出す。


 「この校舎の三階は理科室と放送室が、端に位置してある。今いるのが放送室で、理科室までにある教室は、三年教室が六室。多目的教室が三室で、被服室と家庭科室があるから計八箇所を見て回る必要がある。理科室と理科準備室は見たから八な」


 「よく覚えてるっすね……」


 「俺はもちろん朝向かう途中に確認しといた。ベランダに入ったのは、放送室の横にある被服室からだからな。全部確認できるんだよ」


 「それでもすごいですよ。で、割り振りはどうしますか?」


 「この三階を散策するのは二人だけだ」


 「なんで?全員で探したら良いんじゃないの?」


 「残りの二人は、第二校舎の三階を見てこようと思う」


 「……っ!待ってください。第二校舎に向かうには一旦ここの校舎を出て角を回る必要があります。それは、自殺行為に等しい」


 三人が奏多に判断を任せる。

 静かな時間が肌を掠めーーー


 「俺、だけで行く。ついてくる一人は密閉された玄関で待ってくれたら良い」


 「それじゃあ危険すぎないっすか⁉︎放送棟は第二校舎の前にもあるんすよ⁉︎」


 校舎の玄関にゾンビが集まるから、それを危惧してでの忠告だろう。だが、


 「俺は大丈夫だ。それより、俺についてきてくれるやつを決めよう。作戦はきちんと立ててある。水城を助けるためだからな」


 「ちょっと落ち着いてください。一人で行くのは危険すぎます」


 凪が静止の言葉をかけるが、耳を貸す気がないのか鋭い形相で睨む。

 後退り、その迫力に恐れ慄く。だが、ここで下がっては後輩を危険な目に晒してしまう。先輩として、意地でも止めなくてはならない。


 「そうですか。なら、私は奏多を行かせる事は出来ませんね」


 「大丈夫。お前ら二人には予め借りを作っておいたんだ。ここで行かせてくれねーんだったら、俺は―――」



 “過ちを繰り返してはならない”

 


 そんな言葉が奏多の脳裏に過ぎる。

 どこか聞き覚えのある声で、どこか懐かしいような。


 「……ごめん。柚月で頭が一杯になってたのかもしれねぇ。ちょっと頭を冷やしてくるわ」


 最後まで見据えるような三人の目が、刺される痛みより、痛かった。



**********



 一人で解決する問題ではないのは、自明の理だ。だったら、頼って―――


 「あー……ダメだぁ。俺どうにかもしてんのかもしんねぇ……」


 三階の真ん中にある水道に頭をかぶって濡れた髪を垂らしながら、唸っていた。

 柚月の件と、柚月を利用された件。騙されかけた件と、このバイオ状態。奏多はだいぶやられているのかもしれない。精神に。


 「辛い。叫びたい。泣きたい。喚きたい。嘆きたい。苦しい。悲しい。今の奏多はどれがお好みか?」


 突如として、電気の消えた日しか当たらない薄暗い廊下で、花井が姿を現す。

 奏多には意味の理解できない質問で、質問に答えるなら全部だ、と答えるだろう。しかし、ふざけた様子もなく、普段の花井なら考えられない程の据えた瞳で見つめていた。


 「どれもこれもピンとこねぇよ。強いて言ったら全部って答えるが……そうは問屋が卸さねぇよな。―――分かってた。分かってたつもりでいたんだ。あの時」


 廊下で柚月に噛まれかけた時、あいつらのように感染している可能性があった。だが、柚月を見捨てることなど出来ない。それが命を危険に晒すことに繋がったのだ。

 本当は、見捨てた方が賢明だったのかもしれない。他の三人だって、きっと、そう思っているに違いないのだ。


 「その顔どうにか出来んもんかねぇ……。今の奏多を水ちゃんが見たら、軽蔑の眼差しで竜禅寺んとこに行くかもね」


 「怖いこと言うなよ!そうなった場合、あいつを殺す!」


 「まぁまぁ、それは冗談としてだよ。まだ焦らなくても良いんじゃない?あの子、本当は―――















 感染してないんじゃない?」

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