意地っ張りな探偵

 ――いいかジョーンズ。この町でただ生きたいのか。それとも、この町で己に依って生きたいのか。その選択が重要なんだ。


 ――己に、依る。


 ――そうだ。己の、自分自身の選んだモノを、自分自身が最期まで信じる。やり遂げる。それが……



「己に依るということだ、か」


「ウホァアアア!!!」


 目の前には二頭のゴリラ。親玉に切り捨てられてなお、俺を殺そうとドラミングを重ねている。こっちを見ろとでも言いたげだ。だが、俺に従う義理はなかった。そもそもこれから重い荷物を背負うのに、真っ向から勝負するバカがどこにいる?


「そぉら!」


 手近な床のかけらを、ゴリラに向けて蹴り上げる。数発蹴って、背を向ける。東で言うには、コレが三十六計に勝るらしい。卑怯? 知るか。広いところでの勝負は、とうに見切った。


 床を蹴り、最大速度で来た道を戻る。すると前方に、先ほど最後におねんねさせた男がいた。来た道の最後で、親玉の居所を聞き出した相手だ。床にうつ伏せているので、起こして引っ叩く。


「ほぐぁ!」


「起きたな?」


 幸いにして、ヤツは一発で起きた。すかさず首根っこを掴む。後ろを気にしつつ、ギリギリの早口で現実を告げた。


「貴様のボスは逃げた。ここは爆破される。この先にいる仲間を起こして逃げろ。俺のことは気にするな」


「ふぐっ、ぁ」


 首を縦にブンブンと振って、男は俺に恭順を訴えた。同時に、ゴリラの足音も近づいて来た。もはや猶予はない。男の首を解放し、転がす。半泣きの男に、とどめを刺した。こっちの都合で、とは思うが、謝罪はしない。状況が変わった。それだけだ。


「行け。貴様の顔は覚えた。一人でも置いて逃げたら、地の果てまで追う」


「ふぁいいい!」


 いよいよ進退窮まった男が、ほうほうの体で駆けていく。しかし俺は、足音でしかそれを測れなかった。なぜなら――


「っと!?」


 ゴリラの投げてきた礫を、ギリギリで迎撃せざるを得なかったからだ。振り向きざまに両腕で受け止め、背後への被害を防ぐ。さして広くはない通路で、二頭のゴリラが並んでいた。直列の状態から、一頭がナックルウォークで前進し……


「死ね!」


 すぐに突進へと変わった。俺は腰を落とし、装甲で受け止める。鈍い音、床が軋み、ひび割れる音。押し込む圧力がエグい。エグいが、避ければ逃げた連中も共倒れだ。


「ぬうううっっっ!」


「死ねえええ! 圧死しろお!」


 従来であれば不利極まりない力比べ。しかし俺は腰を落とし、低みから押し上げるようにして抵抗する。ミシミシと、床がきしむ。俺は奥歯を噛み、一気に突き上げた。


「おおおっ!」


 四肢の関節から蒸気じみてガスが噴き出す。一時的なドーピング。【キマイラ・ビースト】の力を、装甲の動力に応用しているのだ。力任せに、俺はゴリラを押し込んだ。


「ふんぬうううっ!」


「ゴアアアッ!」


「このっ!」


 もう一頭が、援護に入る。俺の目が、確かに捉えた。二対一では、流石に不利だ。だから、先手を打つ。


「おらよっ!」


「~~~っ!?」


 一瞬の隙を突いた、強引な金的。潰れるような感触が、装甲越しに伝わってきた。ゴリラからの圧が、明白に緩む。俺は素早く飛び退き、構えを取った。目の前のゴリラが崩折れ、もう一頭がそれを乗り越えていた。


「はあっ!」


 故に、俺の選択は投石だった。やられたことをやり返すだけだが、さっきの石蹴りと一緒で、目くらましにはなる。ゴリラの顔面を狙った石は、予想通りに防御を生んだ。ゴリラの視界が塞がる。俺は距離を詰め、跳躍する。


「お前らは連れて行かん。ここで眠ってもらう」


 側頭部への蹴り。ゴリラが揺らぐ。壁にぶつかり、横倒しになる。着地。だが気は抜かない。股間を押さえて震えるゴリラに、止めの一撃。踵落とし。頭をやられて、すぐに平衡を取り戻せる生物は少ない。勝負ありだ。


「ア、ア」


「ウ、グ」


 ゴリラ二頭のうめき声を背にして、俺はひた走る。タイムリミットは近い。二人を脳内で悼みながら、俺はひたすらに出口を目指した。


 ***


 結論から言うと、あのかわいそうな男はそれなりに働いてくれていた。俺が脱出するまでの間、誰一人として取りこぼしなく逃していた。全員逃走済みなのは致し方ないし、俺にもそこまでの余裕はなかった。


「いくらハリボテとはいえ、ポリの厄介になるのはゴメンだぜ」


 爆発現場と十分に距離を取り、先日に引き続いて地元集団への根回しを行う。当然差し当たってのものでしかないから、後日なんらかの行動が必要になるだろう。これもまた、気苦労だった。


 ともあれ、今日もまたどうにかなった。あの青年の憂いは晴れるだろう。女ボスやら強盗集団やらの処理には手間がかかるだろうが、それは俺だけの仕事じゃない。俺の責任でもあるが、俺だけの責任ではない。


「ま、上出来じゃねえが、よくやったほうだな」


 半分言い聞かせるように言葉を放ち、事務所のドアノブに手をかける。とうに日付も変わってしまった。サワラビはともかく、サーニャ嬢は寝ているだろう。そう考え、ドアノブを捻ったのだが。


「おかえりなさい」


「え!?」


 思わず声が出た。出てしまった。事務所にいたのは、そばかす娘の方だった。目でサワラビを探す。見当たるところにはいない。平静を装い、ドアを閉める。


「どうしてサーニャ嬢が」


「サワラビさんなら、酔っ払って私の部屋で寝ていますよ? 『キミでもできるから』って、託されました」


 俺は軽く歯を鳴らし、頭をかいた。なにを思いつきやがった、あの女。


「先週の件は、私の誤解なんですよね?」


「そうだ」


 着替える俺に向け、サーニャ嬢からの言葉が飛んで来る。そこについては、疑いようもなく誤解でしかない。いや、絵面はあまりにもアレだったのだが。


「サワラビさんから、あらかた聞きました。一度装甲をまとうと、夜は怖くて寝づらいのだと」


「あ、アイツ!」


 俺の声が荒くなる。秘密を勝手に明かされて、声を荒らげないほうがおかしいだろう。だが、嬢の声は冷静そのものだった。


「サワラビさんは言ってました。『どうせ半分は共同生活なんだ。早めに知っておいて損はないだろう?』と。私としても同意ですね。正直、建前ではと勘繰ってましたので」


 やはりか。やはりなのか。もはや俺に立つ瀬はなかった。最後に一つだけ、そばかす娘に問う。


「徹夜になるぞ。俺は寝ないぞ。話に付き合わせるかもしれんぞ。それでもいいのか?」


「どうぞ」


 最初の日に見た、決意の目が、俺をしっかりと捉えていた。その眼差しのまま、彼女は口を開く。


「掃除の件も、今回のことも、私がやりたくてやっていますので。ご心配なく」


 真っ直ぐだった。あまりにも真意だった。俺は背を向け、悟られないように息を吐く。せめてもの意地で、一言だけ吐き捨てた。


「好きにしろ」


 第二話・完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る