5


リコリスとの連絡があってからそれほど時間は経ってないと思う。建物のドアが開いて、七人の同じ姿が戸惑う俺をよそにハーヴェイを持ち上げてせっせと外へ運び出した。1人余ったヴェーチはきょろきょろしたあと、俺の荷物を奪い取って遅れて出て行く。建物を出るとそこには更に四人のヴェーチがいた。ハーヴェイを運んで行った方はおかしな走り方のくせに異様に速く、すでに俺たちの全速力でも追いつくには難しい距離にいた。

「・・・。」

四人のヴェーチに囲まれている。右前方にいるヴェーチがメモ書きを見せた。

「至急帰宅。走らず急いで行け。」

と大きな文字で書いてある。おつかいどころでは無いのは明らか。燃える森に背を向け、メモの通りに足音はなるべく立てず遅くないテンポでリコリスの家へと戻った。


「おかえりなサイ!!」

いち早く出迎えてくれたのはフラワー。しかしその賑やかさは性格の明るさからくりものではなく、心配のあまり落ち着かない様子なんだと顔にある液晶画面の泣き顔を表す記号から察した。

「今ご主人サマは緊急手術室で治療を行なっているワ!!」

「自室で魔法での治癒をやってんだよ、下手にジョークまじえなくてええわ。」

椅子にちょこんと座っているトムとジョージ(ツッコミを入れたのは上の方から聞こえたのでおそらくトムである)が二つの大きな瞳をこっちに向ける。

「よくわからんが災難だったな。」

「まあ休みな。焦ってるだろうがここにいるメンツじゃ何にも力になれねえ。じっとしてるのが一番だ。」

二人(?)の言うことは正しい。俺たち、特に人間はあまりにも無力だ。もどかしい気持ちはある。アイツは大丈夫なのか。容態が気になるあまりじっと出来ない。でも、ぐっと堪えて、じっと耐えて、ただただ祈るのが無力な俺にできることなんだ。

「私がいればこんなことにならなかったワ!」

「はいはいここにいて落ち着かないなら上に戻るか?」

ジョージの問いに俺は黙って首を横に振った。みんなと一緒にいた方がまだ落ち着く。こうやって慰めてくれる人もいるし、今部屋に戻ったらそれこそ焦りと自責にさいなまれて正気を保ってられそうにない。

「・・・フン。」

オスカーは椅子に座り足と腕を組む。俺の想像だが、疲れていて階段をのぼるのも億劫なんだと思う。よく見せる膨れっ面だがその表情に活気はなかった。聖音は壁にもたれかかりそのまま背中を引きずって床に力なくへたり込んだ。ひどく憔悴しきっている。

「大丈夫!?」

「お前はいちいち声がでかい!おいおいお前さん大丈夫かよ。」

騒がしいフラワーを咎める声も負けじとデカかったが、聖音に話しかける声はゆっくりでとても穏やかだった。

「うん、平気・・・足の力が入らなくって、ちょっとここで休ませて・・・。」

下手な作り笑い、笑顔になっていない笑顔は見ているこっちまで辛かった。でも聖音は本当にそっとしておいてほしそうだ。

「そうかい。」

「っは~~~!!!」

止めていた息を一気に吐き出すみたいな大袈裟なため息と共にリコリスが現れた。いつもの服に白衣をまとい、その白衣には血がべったりとついている。色々な意味でびっくりした。

「なんとかなった~~!!」

空いている椅子に見た目に合わずドカッと座って足をなんとテーブルの上にのせて力一杯伸びをした。よほどお疲れなんだろう。眉はずっと八の字に曲がって口だってひんまがっている。それより、だ。なんとかなったということはその通りの意味で捉えていいんだよな!?運ばれてからそこまでの時間はたってないように感じるが?

「無事なのか!?」

焦りと驚き、少しの疑心や不安が湧き上がってくる。嬉しい気持ちは、まだそこまでいかないだけ。きっと無事なのをこの目で確認したら俺はようやくそこで安心するはず。

「あの子に持たせておいた傷薬のおかげね。あれがなかったらちょっとヤバかったかも・・・。」

塗り込んでいた、あの白い何か・・・。ある意味、ヴェーチを選んで正解だったのかもしれない。

「でも出血も多かったし、少しの間は安静にしないとね~。お見舞いしたいのは山々なんでしょうけど、今はそっとしといてあげて。・・・私の、ことも・・・。」

椅子の背もたれに首を乗せて、頭が後ろへと項垂れる。閉じた瞳にぽかんと開けた口。だらしなくぶらさがる両腕。なんだか魂でも抜けてしまいそうだった。

「・・・。」

ここには三人のそっとしておいた方がいい人たちがいる。一人は主に精神的疲労、もう一人は怪我からの安静、三人目はおそらく身体的疲労。オスカーには振る話題もないのにあまり話したくないし・・・。

「よっと。」

トム&ジョージが自分には背の高い椅子から飛び降り、これまた背丈以上のある古い棚に踏み台を使って棚の上に置いてある四角く黒い物体を抱えてきた。形は少し古めのラジオだった。ボタンを押すと、ザーッというテレビの砂嵐のような音がしたあと、ジャズ風の音楽と落ち着いた優しい男性の声が流れた。

「あら、アナタ、ラジオなんか聴くタイプだっタ?」

「結構聴くぜ。えっと、六時になると俺の好きなコーナーが始まるんだ、ちょうどいいな。」

ふとジョージの方と目が合う。

「いいか?俺たちが聞きたいだけだからな、お前。」

「つーかお前も座ったら?」

視界に飛び込んだ空いている椅子に座る。向かいの席には誰もいない、目と鼻の先にはリコリスの足。色が白くて細く、軽く挫いただけでも折れてしまいそう。

「・・・・・・。」

丈が長いドレスでよかった。さすがに俺も足首で興奮を覚えたりはしない。

六時。時間なんて概念はここではあまり当てにならないので、いつしか気にしなくなった。童謡にでも出てきそうな立派な木製の古時計は確かに六時を指している。

「えーつづいてのお便りはー・・・。」.

ラジオから流れ続ける音声が多少なりとも気を紛らわしてくれた。流石にそんな頻繁に眠れるわけでもなく、ラジオをBGMにトム達の用意してくれた例の資料をもう一度、じっくりと読んで時間を潰した。オスカーは途中で上に戻り、聖音も立てるほど回復した後は地下室に移動した。トム達は寝ている。リコリスはというと、ずっと同じ姿勢だった。声をかけるかなんなりしてたまにでも生存確認をしないと不安になる。一応呼吸は目で確かめられるけど。

「・・・いや、やめとこう。」


なんとなく察していた。リコリスは俺たちに頼んだのはおつかいだけではない。むしろ、本命は「セドリックの記憶」。配達員まで指定して、俺たちを向かわせて取りにいかせる。それなら別に荷物を受け取る時にどうにかすれば良いかと思うけど、パンドラにとってはきっと知らない人に対してさすがに渡したりはしないだろうという判断。しかし、仮にあの時俺が媒体のことを忘れているかパンドラが応じなかったらどうしていたのかまではわからない。アレについては俺も欲しかった。得られたものはあったが、危うくとんでもないものを失うところでもあった。俺たちは、ただ帰れたらいいんじゃない。腕がなくなれば戻らない、足がなくなっても戻れない。ここで取り返しのつかないことになったら帰っても意味がないんだ。

「・・・・・・。」

今は彼女を責めるのはやめにした。起きたとしても。実際に何かが起こってそれに尽力してくれたのも彼女だ。もう少し、様子を見よう。彼女を、俺は信じたかった。

待てよ?今、あの媒体とやらがあると言うことは・・・。

「あのー・・・。」

声をかけてもリコリスは返事をしない。

「あ、あの!!」

さらに声を大きくしてもびくともしない。

「爆睡してるわネ。」

寝てるの!?目開いてるけど!だとしたら、起こさないほうが良いのかも?急を要するわけではないし・・・。

「起きテ起きテ起きなサーい!!」

「わわわわっ!!」

あろうことかフラワーはリコリスの腹に細い腕を何度も叩き込んだ。咄嗟に止めに入る。寝てようが起きてようが普通に暴力なのでこれは良くない。

「う?うーん・・・わかったわかった。」

大きなあくびの後、椅子を引いて足を下ろす。

「で?一体なあに?」

「あの子がご主人サマに何かご用よ?」

丸い先端が俺を指す。

「あの・・・俺、見たかったんです。その、セドリックが殺された時、一体何があったのか。」

気になっていたんだ。セドリックがなぜアマリリアにそんな目に合わされたのか、純粋に気になっていた。

「友達が死ぬところを見たいの?見たところであなたが元の世界に戻れるヒントもなにもないのに?悪趣味ねえ。」

なんだか、同じようなことを他の誰かにも言われた気がする。正直なところ、見る意味はない。逆に、見てどうするんだ。俺がもしも逆の立場なら、どんな言葉をかけただろう。でもいま思うと、きっと友達の死に様を見たいわけではない。アイツがそうまでされた理由を知りたい。それがきっとあの日になにが起こったかを知ることでわかるんだと思う。・・・と、誤解している彼女に今一度ちゃんと言った方がいいのだろうか。

「・・・見たいわけないだろ。確かめたいことがあるんだ。」

違う!圧倒的言葉が足りない!なんでだ、畜生!

「・・・・・・。」

でも、悪趣味な奴の印象は無くなったはず・・・。

「はぁ~。わかってるわよ、あなたクソ真面目そうだもの。ただ、こうでも言ったら考え直してくれるかなって思ったんだけど。」

案外すぐに折れた。ていうか、試していた。悪趣味の言葉だけで俺が見るのを思いとどまると考えていたが、それでやめるぐらいなら最初から言わない。しかし、クソ真面目そうって・・・。

「見て悪いものでも?」

ついたずねてしまった。なんとなくためらう理由はわかる。

「悪いものだらけでしょ。うーんでも、そこまでいうなら仕方ないわねぇ。」

そこまで言ってないぞ。

「ヴェーチ、個室の机の上にあるもの持ってきて。」

どのヴェーチに命令したかはわからないが、一人がそこそこ大きい透明の立方体を抱えてやってきて、受け取ったそれをリコリスがテーブルの上に置く。向こうの景色がそのまんま鮮明に見えるほどきれいに磨かれていて透き通っていた。リコリスはその上に媒体を縦にして立てると、中に吸い込まれ中央で静止した。

「これは・・・。」

「中のデータを見たり色々できる道具。なに?パソコンみたいなの想像した?」

手をかざすと正面に綺麗に並んだ幾何学的な記号が浮かび、手慣れた速さでその記号に指を触れる。

「似たようなものなんだけどねぇ。」

実際、パソコンのキーボードを打つような動きだった。眺めていると、突然立方体に映像が映りだす。更に親指と人差し指で画面を移動、拡大までさせた。すごい!これも魔法なのかなんなのか、目に映る光景がどちらかというと近未来的だから一瞬混乱するが、とにかく俺はすごいものを目の当たりにしている。しばらくは砂嵐だった。ザーッという音がやたらうるさい。

「あまり大きい音だと・・・。」

「心配ご無用♩私たち以外には聞こえていないから。」

どういう仕組みなんだ?魔法なのか?とにかく、すごいとしか言葉に表せない。終始驚いていると砂嵐から映像が変わった。

赤い空、鬱蒼とした草、大きな壁。そして、そこにいたのはセドリックとアマリリアの二人。

「・・・!」

一気に溜まった唾を呑み込んだ。中途半端な覚悟しかできていない。でも、見ると決めたからには、ちゃんと見るんだ。


セドリックは困り顔であたりを見渡している。今か悲劇が起こるなんて考えもしない、こんなところになんで呼び出されたのだろう、そんな感じだ。

「ねえ・・・こんなところに呼び出して、いったいなんなのさ。・・・あっ、まさかこの流れ・・・告白!?」

「相変わらずだな・・・。」

と、呟いてしまった。いつものアイツがそこにいた。でも、注意深く耳をすませばわかる。声が震えていた。きっと冗談でも言って気を紛らわしている。まあ、暗い森の中にいるようなもんだし。

「単刀直入に聞きます。あなた、何年か前一匹の猫を殺したでしょう?」

いきなり話の流れが変わった。疑問がいっぱい浮かぶが、いずれわかると信じて映像を見続ける。

「えっ、なに、それ・・・知らない。」

戸惑うセドリックに構わず問い詰めるアマリリアは、あくまで話しやすいように優しい穏やかな笑顔だった。

「話して?大丈夫よ。ここでは誰も怒る人はいないから・・・。」

「・・・・・・。」

沈黙。俯くセドリックがしばらくして再びあげた顔は・・・。#俺の知らない顔だった。__・__#

「一匹だけじゃないよ。」

ほの暗い影を落とし、伏せ気味の半目で、冷たい無表情で、なにより声だ。あんな無機質で淡々と抑揚のない声をアイツから聞いたことなんかない。まるで、アイツそっくりの違う誰かじゃないかと思いたくなるほど、いつものセドリックとはまるで別人だった。

「他にも鳥とかね。それが何?君に何か関係あるの?」

言葉が出ない。

アマリリアは構わず続けた。

「なぜ、そのようなことを?」

雰囲気だけならまるで尋問だ。

「・・・ただの八つ当たりだよ。」

俺の知らない・・・。

「みんな僕が気がついてないと思ってるんだろうけど、そりゃそうだよね。そう思われないようにニコニコやってたけど限界だよ。そうしたって何にも変わらない・・・。」

俺も知らない。

「僕が病弱だからってみんなみんな僕に気をつかって・・・それもフリだよ!僕の親はうるさい事もみんな知っている。みんな面倒事を避けたいから気を使うフリをして本当は厄介払いをしてるのバレバレなんだよ!!」

誰も知らないアイツがいた。大袈裟に手振りをして、怒りまじりに喚く。そんな、なりふり構わず誰かに遠慮さえせず感情を爆発させる。でも、聞いているとやっぱアイツなんだとも思う。何かを堪えているようにも聞こえる。


言いたいことだけ言い散らして、息を切らす。乱れた呼吸が整うまでもアマリリアはただただじっと待っていた。

「・・・でも、誰も悪くない。ママだって、僕のことを考えてくれているからなんだって、我慢しなきゃって、我慢してた・・・。でも、抑えるたびに苦しかった。」

今のセドリックにさっきの勢いはすっかり消え失せた。だが、見ている方はやっぱり辛かった。俺も所詮、アイツの外っ面しか見てやれてなかった事実。あれだけ我慢していたと訴えておきながら、自分も気を使ってさらに耐えようとしていた。無理だろうに、我慢して、続けているうちに限界を超えてしまったけどそれを周りにぶつける事もできなかった。それほど優しい奴なんだ。でも・・・。

「ある日さ、目の前にいたんだ。」

またも声と表情が暗く翳る。

「僕のことを可哀想なやつだと思って見ているような気がして、腹が立って仕方なかったんだ。僕より弱いくせに・・・。」

本当に耐えられなくなりそうな時に、ふとした偶然が自分の中にかけていたブレーキを外してしまった。

「あら、そう・・・。」

アマリリアが口を開く。

「そんなことが言えないから八つ当たりしていたのに、まあ随分あっさりと言えたじゃないですか。」

放たれた言葉は辛辣だった。

「だって・・・君、あかの他人だし。僕が元の世界に戻ったら関係なくなるからね。・・・っていうかさ、こんなこと聞いてなんなのさ。」

それについてはセドリックの言う通りだ。セドリックが向こうの世界でどうしようとアマリリアには関係ないはず。・・・セドリックがした行為が本当だとしたら、#なぜアマリリアはそれを知っている?__・__#

「話してくれてありがとうございます。もう一度お尋ねしますわ。あ、その殺したという生き物の中に真っ白で首に赤いリボンをつけた猫がいましたか?」

「あー・・・うん、いたいた。首輪じゃなくてリボンだったから覚えてるよ。」

赤いリボンをつけた真っ白な猫がアマリリアにどう関係があるんだ?

「あなたの口から直接聞けてよかった。」

アマリリアは微笑む。そして下を向く。重みのある長い髪がふわりと浮いたと思えば、彼女の頭に何かが生えた。白い獣の耳だ。あれは、白い猫の耳だった。

「久々に見た気がするわね。」

俺の隣で黙って見ていたリコリスが呟く。

「使い魔に体を乗っ取らせて攻撃する。彼女の物理攻撃手段。リセの魔力を感知したのでしょう。外に音が漏れないよう結界を張ってるけど魔力だけは防げないから物理攻撃に出るしかなかったのかしら?」

二人のやりとりよりも同じ魔女だからか冷静にリコリスは分析を始める。俺はそんなのどうでも良かった。流し聞く。

「でもこれをすると確か・・・。」

「では死ね。」

低く、かつ力がこもった声がリコリスの声を遮る。アマリリアからだった。猫目気味だった瞳が金色に光る。後ろに回していた手には、セドリックが俺の家から拝借したチェーンソー。

「えっ、何・・・なに!?」

変わり様を一番近くで目の当たりにしたのはセドリックだ。目で見える光景以上に他のものもその場にいたら感じているはずだ。

「はっ、え!?なに、なになに!?なんで!?意味わかんない、なにが起こってるの!?」

後退りしてうろたえる。だけど構わない。一歩、また一歩と詰め寄る。

「わからなくて結構!どうせテメェははここで死ぬ!!」

吠えるアマリリアは逃げ惑うセドリックをただ執拗に追いかけ回す。時にはチェーンソーを片手で振りながら。叫んで逃げるセドリックの動きも時々妙だ。見えない壁にぶつかっているような。リコリスが「結界を張っている」と説明したとおり、外へはそいつがあるから逃げられないんだ。ああ、この状況を袋の中のネズミというのだろう。アマリリアは右往左往するセドリックを、むしろわざとそうさせているみたいにも見える。一体なにが彼女をそうまでさせたのか。わからない。わからないことが多すぎる。

「これはテメェのだよなァ?自分の身を守るはずのもので今から殺されるとは滑稽極まりない!!」

人とは思えない俊敏さは、もはや人の姿をしただけの野生の獣だった。向かいの木を足場にして蹴った勢いで、その速さについていけず固まったセドリックを刃の動かぬチェーンソーで軽々と振り払う。華奢な体からは想像できないほどの力だ。いくら身軽とはいえ人間一人を片手だけで吹っ飛ばしてしまったのだから。一際太い木に全身を打ちつけて崩れ落ちる小さな体。同じぐらい小柄な少女はチェーンソーを片手に、ゆっくりゆっくり距離を詰める。ちょうど目と鼻の先まで来た。しばらく立ち上がれそうにはないセドリックを見下ろす。

「・・・まさか今ので死んだんじゃねえよな?別に死んでくれてもいいけどよ。」

そう言って足を上げ、投げ出された足首の上を力一杯踏みつけた。衰弱している状態から絞り出される絶叫。俺は思わず耳を塞ぎ、目を逸らした。うるさいからではなかった。

「ほう?生きてたか。せっかくのとこ折っちまって悪いな。」

見ていられない。

聞いていられない。

まだ続くのか?

いつまで続くんだ?

「・・・おかげでお前は完全に逃げられない。#妹も__・__#そろそろ限界のようだ。もういい、殺すだけよ。」

妹・・・?

そんなの気にしている暇はない。ようやく刃が稼働したチェーンソーを持ち上げて、ためらいなくそれ振り下ろされた。

俺は思わず声を出した。なんの意味がないとしても、つい出てしまった。意味がない、無意味なんだ。目の前には。

音、悲鳴、血と、それから・・・。


「はあ・・・はぁ・・・。」


セドリックはすでにことが切れていた。アマリリアは・・・ひどく疲れていた様子だった。白い獣の耳は消えて、目も元に戻っていた。しかし、変だ。チェーンソーはまだ動いている。死体処理をするのが目的ならわかるが、セドリックの死体は今と同じ状態だった。

「・・・嗚呼、私・・・でて・・・た、この手・・・。お兄様、もうあなたの役目は終わったはずです。」

呟いている言葉はあまりにも小声でうまく聞き取れなかった。最後だけは声を強めてはっきりと言っていた、彼女は誰と話している?何にも考えさせる暇もなく、アマリリアはチェーンソーを掲げて、さも嬉しそうに微笑んだ。

「死んだのでしょう?なら、腕一本頂戴しても問題ありませんわよね?」

唸るチェーンソー。疲労の色が顔に滲み出ていながらもよろめく足を踏ん張らせて、肩を目掛けて刃を下ろす。おろしていく、下に、下に。いくらもう反応を示さないとはいえまたも途中で視線を逸らした。チェーンソーの音が鳴り止むのを確認して再び画面を見ると、片手に静かになった血塗れのチェーンソーと反対の手には切り取られたアイツの腕を。無表情で屋敷の中へと消えていくアマリリアの姿。そしてその後にはー・・・。

「・・・・・・。」

リコリスが画面の中央に指を触れると映像が途中で止まった。

「このあとは、もう見なくてもわかるでしょう?」

無言でうなずいた。そう、その後は言わずもがな。あぁ、残酷だ。こんなのろくな死に方じゃない。こんな死に様を迎えるとは思わなかった。アイツが。当人もそうだろうが。

「アマリリアとあの子がどんな関係か知らないけど、これ自体は元の世界に戻る直接的な手掛かりにはならなさそうね。」

頬杖をついて隣で浅いため息をつく。俺は・・・。

俺はもちろん、この映像がとてもショッキングだったことに随分精神的な部分でダメージがあった。でも、それと・・・。俺たちが知っていたセドリックはうわべだけの外っ面だったんだと、こんな形で知ってしまったこと。元気でお調子者で、空気が読めないこともあったけど誰かのために道化になろうとする。アイツはそんな奴だった。だから、なんだろうな。誰も見ていないところでしか吐き出さない。吐き出せないんじゃない。そうしようとしないんだ。いつもいつも見せる顔が偽の顔だとは思わない。しかしセドリックがそんな本音を口に出したり素振りを見せたことは今まで一度たりともなかった。俺には割と、愚痴とか誰にもいえない悩みとか腹を割って話してくれていた。後者は大抵ろくでもないオチがついてきたが。

初めてできた親友だと言った。

そんな俺にさえ見せてくれなかった。

きっとアイツは自分の抱えている悩みを打ち明けたことによってかえって心配されたり、離れてほしくなかった。

じゃあ俺はなんだったんだろう。

お前にとって親友は周りのみんなみたいにすぐに離れていったりやたら気をつかう、そんなものと同じなのか?


あれ?

これじゃあまるでアイツを責めてばかりじゃないか。違う。責めるとしたら・・・。

「リュドミールくーん?」

「はっ・・・。」

リコリスの呼びかけで我にかえる。考え事の域を超えたレベルで考え事をしていた。内容はそんな難しいことでもないのに。

「・・・大丈夫?」

「まあ、意外にも。」

考えているうちに平静を取り戻していった。衝撃が抜けきったわけじゃないけど。なんてものを見てしまったんだ、という気持ちが湧いてくる。壮絶だ・・・。現実味がいまいちないのにリアルだ。どう言っていいのかわからない。

「うーん、ならいいんだけどぉ・・・ついでだから話しとこうかと思ったり思わなかったりぃ?」

液晶を二回タップすると映像は消えた。

「な、なんですか?」

多分、並大抵のことでは驚かないと思う。そんな心境だ。

「・・・セドリックの記憶を辿れば元の世界に戻る方法もわかる!って思ってたけどそう簡単にはいかないみたいね。」

「・・・なんだって?」

これは驚いた。と、同時にひどく落胆した。

「外部から見れないように仕掛けがかけられているの。パスワードっていえば、わかりやすいかしら?」

今度はパスワードときた。人の記憶をなんだと思ってるんだ?魔物なのに、なんだかどんどん機械じみているが、もはやそういうものなのか?リコリスが強く拳を握り、わなわなと震えているのが見えた。

「・・・ん、んんん・・・んーッ!腹立つ小細工しやがって!ムキーッ!あんの犬畜生のくせにーッ!!」

子供のように文句を言って手足をばたつかせ始めた。よほどご立腹に違いないが、なんとも見た目や普段の雰囲気とのギャップが激しすぎて頭が追いつかない。フラワーは放置を決めているから、今に始まった態度ではないみたい。

「なるほどな。どうりであっさりとこっちに渡したわけだ。」

妙に納得がいった。パンドラがああも納得してこちらに渡したわけだ。抜けてるところがあると思いきや、油断ならない。突然、ダンッと拳でテーブルを叩くからびっくりした。

「今度は私が直接出迎えないといけないわねぇ、さすがにぃ~・・・。」

感情のこもったドスのきいた声は、元が綺麗な女声であってもそれなりの圧があるわけで。俯いているからよく見えないが、きっとすごい不穏な表情を浮かべていそうである。

「ご主人サマ。ご主人サマ・・・。」

フラワーがちょんちょんとまるまったリコリスの背中をつつくとこれまた勢いよく頭を上げる。目と口を見開いた驚きをあらわにした表情だ。

「引いてるんジャない?」

次に俺の方を差す。こっちも顔に出ていたらしい。慌てて首を横に振るが手遅れだろう。引いている、というか。なんというか・・・。

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