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相変わらず森の中、ではなく。見渡しのいい、とても広い道だ。所々空き家と思われる古い建物があるがそれ以外はせいぜい街灯があるぐらい。向こうのほうには相変わらず森が見えるが、できたらあそこには入りたくないものだ。しかし、これだけ何もなければ万が一、敵が出てきてもすぐにわかる。まあ、敵からしても丸わかりなわけだが。
「広いね。ここはどんな場所なの?」
聖音がヴェーチにたずねると、ヴェーチは口をぽかんと開けたまま小首を傾げた。
「大丈夫なのかよ、コイツ・・・。」
「迷いなく歩いてるから、案内はちゃんとしてくれるみたいだけどね。」
頼まれたことをとりあえずこなせばいいし、気になったことはあとでリコリスに聞けばいい。足を真っ直ぐ垂直にあげてきびきびと歩くヴェーチの後をただただついていった。
「ねえその紙見せて。」
隣を歩く聖音が話しかける。トムとジョージから貰った本を広げた。オスカーが横から割り込んでくるし、きっとハーヴェイは後ろからのぞき込んでいる。一応、印のあるページを中心に見ていった。
「確かに見た目強そうなのばっかだな。」
「ゲームでいうエリアボスって感じかな?」
聖音、そう言う言葉が出るってことは意外とゲームが好きだったりするのかな?で
「全部ラスボスだろ。」
オスカー曰く。まあ、言われてみればどれも見た目がゴツいかとてつもなく不気味かの両極端だ。こんなの、危険って言われなくても危険ってわかるだろ、と言う見た目をしていた。
「あ、サモンズドッグがある。」
ページをめくっていくとパンドラと瓜二つをした魔物の写真があった。二枚載っていて、ひとつは全身を真正面から写した物。もうひとつはこっそり撮ったのだろう、頭に葉を乗せて川辺で釣りをしている様子だった・・・。
文を読み上げる。書き方が完全に個人の感じ方によるので、ところどころが本当に心からそう思ったのだとわかるほどありのままに書かれていた。
「強さ、ヤバイ。賢さ、ヤバイ。滅多に襲ってこないだけマシだが、縄張りを荒らしたらキレる。寒期の始めは発情期でイライラしている場合が多いので近寄るべからず。ん・・・なんだこれ。」
細かい文をこれでも省いて読んでいたが、どうにも気になるところがあった。
「この魔物のみ、ヒューマノイド特有の力「能力」を持つ個体がまれに存在する。しかし、どういうわけかみんな同じ能力で、それも「捕食した相手の能力を奪う」能力だという。学習能力とも呼ばれている。」
ヒューマノイド。初めて聞いた言葉だったが、能力という言葉をスージーが使っていたのを思い出すと、おそらくヒューマノイドは人間そっくりの魔物の名称なのかも知れない。同時に、魔物には能力を持たないことも判明した。サモンズドッグは強いだけではなく、かなり特殊な魔物だということも。小さな文字で「人から奪っておいて何が学習能力だか。」と小さな文字で書かれているがそこは見てみぬふりをした。
「あ、ねえ。パンドラの持つ能力もそれなんだよね。記憶をなんとかって言ってたけど、それはこの魔物が持つ能力じゃないってことは・・・。」
「元はアイツの力じゃねえってことか。」
そうなるだろうな。そこでもうひとつ気付いたことがある。
「辻褄が合う。スージーは「リセから力を奪った」って言ってた。元はリセの力で、アイツは奴から能力を奪ったんだ!」
「つまようじ・・・?」
聖音の呟きは総スルーした。
「リセってあの不気味な奴だよね。捕食って食べられるってことでしょ?生きてたよね。」
ハーヴェイが会話に加わる。
「まさかアイツもなんとかコピー?」
ヘルベチカが言っていた、ドッペルゴーストとかいう魔物。パンドラはそいつを利用するつもりだったが、考えれば考えるほどいろんな要素が加わって混乱する。
「あ、リセだ。」
「マジかよ!!」
しれっとリセの情報も載っていた。しるしもちゃんとついている。
「リセット。とにかく恐ろしい力を持つ。強いとか弱いとかそういうのじゃない。コイツはこの世界のシステムそのものだ、殺すこともできない。温厚で臆病で優しい奴だったけど突然キチガイみたいになりやがった。」
リセット。略称でリセと呼んでいるのか。いや、そんな事より。強さに関係ない恐ろしい力を持っている、世界のシステム、殺すことができない。解説してくれているはずなのに、余計に謎が深まる。
「昔はまともだったのかな?なにがあって、ああなったんだろ・・・。」
「それより、その恐ろしい力をあいつに奪われたって事だよな・・・?」
パンドラがただ強いだけの魔物ではないのも同時に明らかになった。俺たちはかなり厄介な奴に狙われている。リセットは会話が成り立たないが、パンドラは話を聞いてくれない、ときた。袋の中のネズミみたいな気分だ。
「殺せないなら、あれは本物だよね。」
「んー・・・実は双子だったりして!食われた方は死んでて、片方は生きてるみたいな。」
「書いてねーだろうがそんなこと。いや、瓜二つだとしたら、わからないだけで・・・。」
みんなが紙の本を見てあれやこれやと話し合っているから歩く速度も落ちている。ヴェーチもみんなに合わせてゆっくり歩いてくれていた。そう、ヴェーチはともかく俺たちは前方不注意。本ばかり見ていて目の前を見ていなかった。なんとなく感覚だけで真っ直ぐ歩いていた距離がどれほど長かったんだろう。エンジンの音が聞こえてようやく立ち止まった。少し変わった形の大きなバイクがこっちに向かってくる。そこに乗っていたのは・・・。
「アイツ・・・!」
パンドラだった。ヘルメットもしっかりかぶって、前からでも見てもはみ出る荷物を後ろに乗せていた。通り過ぎるかと思いきや、案の定俺たちの目の前でブレーキをかける。
「あれ?こんなところで会うなんて・・・。」
そこにいたのは初めて会った時のアイツだった。以前見たような威圧感や殺気を露わにしたのと同一人物とはとても思えない。そして偶然の再会に驚いているのは向こうもだった。
「やあ、久しぶり。元気にしてたみたいだね。」
しかしまあ、随分調子が狂う。まるで長らく疎遠だった仲の良い友人と待ち合わせの末に会ったみたいな言い方、態度。元気にしてたとはどの口が言っている?その呑気な笑顔は本心なのか?
「見ての通り、仕事中でさ。君たちも運がいいね。」
いや・・・最後の最後に本性を垣間見せた。仕事じゃなかったら襲う気だったのかもしれない。どうする?何もしてこないならこのまま通り過ぎるか?
「きっとそれ、私宛の荷物ね~。ちょうどいいわ、受け取っておいてちょうだい。」
突然、ロボからリコリスの声がした。
「びっくりしただろうが!なんだよ!ここの奴らはみんな見張ってないと気がすまねぇのか!?」
オスカーが驚きついでに文句を叫ぶ。確かに、アマリリアといい俺たちはずっと誰かに見られている気がする。
「荷物と配達員の特徴をこの子に教えてあるの、見つけたら通信ボタン押してって。すごいのよ~この子の視界がそのまま私。」
「一応本人の証明となるものが必要なんだけど・・・。」
リコリスの明らかに長くなりそうな無駄話を遮った。
「私が後でライナスに連絡入れるから大丈夫よ。」
それでいいのか?普通、本人のサインをもらうものだけど。
「・・・・・・ま、いいか。仕事が早く終わるに越したことはないや。はい、どーぞ。」
いいんだ・・・。ここの運送屋は適当なんだな。いや、目の前にいるのがただの例外なだけなのか。余計なことを考えながら渡された荷物を両手で抱える。
「じゃあね。」
「待って!」
短い方の腕でハンドルを握り、再び出発しようとした時、とっさに奴を止めてしまった。
「例の媒体をこっちに譲ってほしい。」
今頃なんで思い出して、こんなことを言ったんだろう。きっとリコリスの声を聞いてなんとなく思い出したに違いない。加えてアイツとまともに話せる機会はそうそうないかもしれない。今がチャンスだ。見下ろす顔はどこか不満げだったけど。
「・・・こっちのいうことには聞いてくれないくせに、そっちのいうことには従えって?」
それを言われたら返す言葉がない。しかし、仲間の命がかかった選択で、従えばみんながいなくなる選択肢を選べるわけがない。
「だって、それは・・・!」
お前は理不尽を強いているとわかってほしいのに、言い訳すらまともにできない。
「・・・別にいいよ。いらないし。」
「えっ?」
拍子抜けである。もう少し粘りそうなものだと想像していたから。パンドラは無防備にも服のポケットから例のものを取り出し、足元に放り捨てた。いらないとはいえ、人の記憶をなんともいえない扱いだ。
「ねえ、リュドミール。」
話しかけた声は明るさも威圧となく、淡々と落ち着いていた。
「殺すとか物騒なこと言ったけどさ。君が僕のいう通りにしてくれるなら、殺さないであげる。面倒まで見れるかどうかわからないけど、この世界でもう少し自由に動けるようにもしてあげる。僕は約束は守るんだ。」
「・・・・・・。」
でも、もうお前を信じることはできない。善意だから揺るがない、俺たちの敵だ。
「ジェニファーのことも気になってるんだろ?生きてるよ。」
「なんだって・・・!」
あまりに唐突だった。あの状況からして、ジェニファーには申し訳ないが完全に諦めていた。俺以外は殺す気でしかないのに、まして自分の邪魔さえした奴は今後を考えても最優先で、更に俺たちを逃して、一人きりだ。もう俺の中ではジェニファーに望みはなかった。命をかけて、逃してくれたあの表情は、そんな予感をさせた。
「ただ、君次第でもあるよ。」
なるほど。人質にとったわけか?だけど。
「・・・断るって言ったら?」
言い切ってはない。聞いてみただけだ。相手の出方をうかがった。パンドラに変化はない。
「嫌でも帰りたくなるよ。」
とだけ答えて。はっきりしない答えだ、もやもやする。
「僕は忙しんだってば。話はまた会った時にね。今度こそバイバイ。」
止める理由はない。・・・いや、たくさんある。だからこそどれから聞いていいかわからず、止めるまでもいかず。パンドラはよほど忙しいのかさっさと会話を切り上げてバイクを走らせて行ってしまった。
「・・・・・・。」
手がふさがった俺の代わりにそばにいた聖音が媒体を拾う。
「これに、あの時なにが起こったか・・・見れるんだよね。」
手のひらに収まる小さな物体。でもその物体には人ひとり、俺の親友の見てきたものが全てが収められている。とても重いものだ。聖音もそっとポケットにしまったが、あまり浮かない顔だった。
あれ?なんだか違和感がする。
「・・・妙だな。」
「なにが?」
「この媒体にはその時の記憶だけじゃない。セドリックの記憶が全部あるんじゃないか?それを俺たちが見たらあの例の儀式の詳細だって見れるわけだ。全員が帰れる方法だってわかるはず。パンドラは全員を帰すのを邪魔しようとしてるのに、目的と矛盾してないか?」
パンドラがいない今は緊張が解けて流暢に言葉が口から出た。
「アイツはセドリックがその元凶だって知らねえんだろ。多分そこまでは見てないと思うぜ。」
「あーそっか・・・。」
オスカーの言い分もごもっともだ。さすがにセドリックが元凶だとわからないし、マシュー達もそんな事まであいつには言ってないはず。パンドラは要するに、アマリリアを不審に思ったからその時の一部始終だけ見れたら良かったのだ。あっ、でも。セドリックの記憶がこれだとしたら・・・。
「・・・そうだ、これさえあれば帰れるかもしれないんだ!」
さっき言ったのに忘れてた。元凶が引き起こした当時の状況を至近距離で確認できる。俺たちはとんでもないものを軽々しく手に入れてしまった。
「魔法のことはよくわからないけど、リコリスさんに聞いたら何かわかるかも!」
「あとはジェニファーを助け出さないとな・・・アイツは、生きてるって言ってたが・・・。」
みんなで帰らないと意味がないんだ。セドリック本人はいないけど、これ以上いなくなってほしくもない。今いるみんなだけでも・・・。
「じゃあおつかいをさっさと終わらせて、リコリスさんのところに戻ろう。」
俺たちはまだ頼まれていたお使いの途中だった。そうと決まれば早く用事を済ませよう。再び前へと進んだ。たわいもない会話なんかもしながら。
「なにしてんだよハーヴェイ、置いてくぞ・・・。」
オスカーの声が後ろから聞こえる。俺も立ち止まって振り返った。ハーヴェイは考え事はしてもそれで動きが止まるなんてあまりないけど・・・。
「・・・・・・。」
アイツは、目と口を丸く開いて立ち止まっている。胸を長い棒が貫いていた。赤い服が、更に濃くなる。現実を受け入れられないまま立ち尽くす俺を置いて、立つ力を失ったハーヴェイはその場に横を向いて倒れた。背中には更に、鋭利な先端が刺さっていてそれが貫通しているのがわかった。
「ハーヴェイ・・・?」
そばに寄ろうとした時、ヴェーチから人の関節が外れるような嫌な音がした。そして手首を外して腕を伸ばすと中から鉄の棒が段階を踏んで伸びていき、俺たちの顔ぐらいのあたりで一番上が風車のように展開して勢いよく回り出す。
「な、なんだ?」
あまりにも急な、ロボットみたいな展開にもついていけない。ヴェーチの高速回転するそれにあたった瞬間姿を表して弾け飛んだ。落ちたそれはハーヴェイを刺したのと全く同じ物だった。何かに衝突するまでは視認できないのか?だとしたら目の前から飛んできてもわかるわけがない。
「逃げたほうがいいんじゃねえのかよ!」
「こんなだだっ広いところ、どこへ逃げても・・・。」
オスカーと聖音が言い争っている最中、一旦動きを止めたヴェーチはもう片方の手を前に伸ばした。手首が勝手に開いて、そこから出てきたのはなんとミサイルだった。そいつを遠慮なく、何度も何度も前方にぶっ放す。轟音と衝撃、そして炎。一瞬にして地獄絵図と化した。
ただのミサイルではないのだろう、ここにまで熱が伝わってくる。火傷するほどではないが、顔が熱い。荷物を持っているので顔を覆うことはできない。というか荷物も守らなくてはいけない。抱えたまま前方に背中を向けて荷物と顔だけは何とか守った。ヴェーチは出した物全てをしまって元の状態に戻ると胸の真ん中を押す。
「やっほー。・・・ん?何があったの!?」
現状を今認識したリコリスの慌てる声がヴェーチから聞こえる。そりゃそうだ、久々に見たら炎が広がり一人が血を流して倒れているのだから。
「ハーヴェイが・・・!!血・・・矢が・・・。」
状況を説明しなきゃ。でも、状況自体をまだ理解できていない脳みそでは支離滅裂な言葉しか出てこない。
「落ち着いてちょうだい。ただごとじゃないのは見てわかるわ。」
「病院・・・!」
この世界に病院はあるのか?いや、きっとあるだろう。こんなところで時間をただ消費していては助かる命も助からない。なんとかしないと、気持ちばかりが焦り出す。
「ダメよ!街に出ることになるし、そもそもここには人間を治療できる施設なんてなものはないわ。」
そんな・・・。街に出ることを咎めるだけならまだしも、病院がないだなんて。人間以外でも病院は必要とする物じゃないのか?
「近くに建物はある?あるなら中に入るか、入れないならなるべく壁に沿って・・・。」
「んなこといちいち言われなくてもわかってんだよ!」
気持ちが追い詰められているのはみんな同じだ。コンクリートの建物があるので俺たちはその中に入って身を隠した。
「今増援を送ったわ。止血できるものある?」
「止血・・・止血なんて・・・。」
強いショックを受けている最中、更に絶望に突き落とされる。腕や足などの四肢ならできるかも知れないが、胸からの出血を止めるだなんてどうしたらいいかわからない。するとヴェーチがハーヴェイの体を起こすと刺さっていたそれを後ろから引っこ抜いた。突起がつっかえる形状じゃないからとはいえ、すごい荒業だ。刺さった物を投げ捨て、あとは無駄のない動きで服を脱がし、再び寝かせると、自分のエプロンの大きなポケットから一つの瓶を取り出した。中身は白い軟膏のようだった。そいつを遠慮なく、まるで使い切るかの如くの量を塗り込んでいく。
「これは薬かなんかなのか?」
こんなもので良くなるとは思えないが、これが何かもわからないので淡い期待をしてしまう。悲しいことにヴェーチには会話機能がないので、聞いた俺の顔を見上げて数秒経ったのちにまた作業を繰り返した。
ああ、なんでこんなことに。
一人、また一人消えていってしまう。
ジェニファーはまだ生きているらしいし、ハーヴェイも死んだと決まったわけではない。俺はただ、みんなと何事もなかったかのように元の世界に帰りたいだけ。ここでなし得たいことなんてなにひとつないのに。ただ帰りたいだけなのに。原因は自分達にあるけど。・・・だから、これは自業自得なのか?勝手にきたから勝手に不幸な目にあっても仕方のないことなのか?自問自答するたびに胸が苦しくなる。辛く悲しみに侵されてるのをさらに自分で責めるのは。
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