4



ーーー・・・。

オスカー、聖音、戦闘式α型自動機械人形2号・・・彼女曰く、略してアルツー。

そして、俺。

まさかこのメンツで行動する日が来るとは・・・。しかも、俺としてはこの二人と行動すると罪の意識を若干感じさえする。だって、オスカーと聖音は何も知らずに巻き込まれた被害者であって俺は巻き込んだ側の人間なのだ。乗り気じゃなかった、なんて言ったって結果的にこんな事態を引き起こしてしまった、その元凶の中にいたんだから。

セドリックが言うつもりが仮になかったとしても、俺はいずれ暴露するつもりでいる。関係ない人を危険にまで晒しているんだから。

問題はタイミングだ。いくらあいつらがいないからといってもまだ早い。

「おい!!」

びっくりした。いきなり大きな声が俺に向けられる。割と遠く前方から。

「なにボーッと突っ立ってんだよ!置いてくぞ!!」

オスカーと聖音がこっちを振り向いて立ち止まっている。アルツーは一番後ろをついてくるよう命令されているので、背後にぴったりくっついて停止している。どうやら、考え事にふけて行動が止まっていたようだ。

「ごめん!」

・・・でも、一度はちゃんと声をかけて待ってくれるんだな。

なんて余計な事まで考えながら駆け足で追いかけた。

こっちが追いついたら再び前を向いて歩き始める。何も聞かないあたりもこいつらしいと言うか、嫌味の一つもないのが妙な違和感だけど。

「どうしたの?」

代わりに聞いたのは聖音。

「ちょっと考え事をしてた。」

「ふぅん。」

短い会話を終え、暗い森の中のトンネルの中へと入る。薄暗く、照明もなく、車も通らないトンネルがここまで薄気味悪いものだなんて。まるでホラー映画の舞台にでもいるみたいだ。足音だけがただただ響く。

「うわ、なんか出そうだな・・・。」

小声で呟いたのに、はっきりと聞こえてしまう。下手すれば、息遣いでさえ聞こえる。そう、聖音がやたらくっつくんだ。怖いからなのか、背中を丸め、両手を肩に置いて寄り添ってくる。動きにくいし、それに、何より・・・。

「ぎぃやあぁっ!!」

耳元で突然、恐怖でいっぱいの悲鳴を叫ばれた。

「わあーっ!何、なに!?」

「なんだよもう!!」

心停止する所だった。足先から肩にかけて震えが止まらない。オスカーも同時に驚いて振り向くが、血の気がひいていた。

「なななななんか踏んだ踏んだ!もおお、なんかこう、ブヨってしたあああ気持ち悪い気持ち悪いよおお!!」

涙目で更に密着してくる。女の子に、上目遣いで、そんな風にしがみつかれたら俺だって悪い気はしない・・・どころじゃない!状況が状況だ、これはもう最悪だ!二度強調されて、擬音表現も聞くだけでゾッとするし、なにより聖音の浮かべる表情は明らかな怯え。つられてこっちもパニックに陥る。

「ご、ゴミ、ゴミだゴミ!!い、行くぞ!」

聖音をくっつけさせたまま、おそるおそるその場を離れた。こんなに静かだと、速まった心臓の音も聞こえそうでなおさら落ち着かない。

「・・・・・・ピー。」

機械じみた音が聞こえた。アルツーが物体を分析していた。俺たちはあまりに気色悪いそれを認識したくなかったのでちゃんと見なかったが。

「・・・知らなくて良い事もございます。行きましょう。」

ロボットが気を遣った。

しかし、余計に俺たちはゾッとした。

そんなの聞くと、余計に不快な気持ちになる・・・。

「し、死ぬかと思ったよぉ。」

それはこっちのセリフだ。

「何か出るって言った後に悲鳴あげられたらビビるだろ。」

「言った後じゃなくてもビビるから!」

うん、そりゃそうなんだけど。

いるかもしれないぜ、もしかすっと・・・。」

「ひゃあああ!?出た!?出た!?」

まだオスカーが何か言っている途中でまた聖音が素っ頓狂な悲鳴をあげる。

「うぇっ!?」

さっきほどではないが、びっくりして悲鳴にもならない変な声が出た。

「うっせえなバカかお前!!出たら出たって言うわボケ!!」

これにはオスカーも素で腹を立てた。みんなそれぞれ神経質になっていた。

「ったく、落ち落ち話もできねえな。」

今の騒ぎでそれどころじゃなかったが、奴の言葉で思い出した。それは大事な事だ。

「なあ、オスカー。今思うとやっぱり一体だけでよかったのだろうか。ほら、あの時だって数はたくさん、結局逃げるしかなかったじゃないか。」

「え・・・?えっ?」

あの時とは聖音が合流する前だ。当然、話がわからないだけならまだしも、物騒な話だけに聖音は落ち着いていられなかった。

「お前はこいつを信じてるんじゃなかったのか?」

それを言われたら辛い。あの時起こったことを忘れていた、と心の中で言い訳をした。

「まあいいけど、逃げるしかないならしょうがねえじゃねえか。むしろ、そのためにコイツの存在は好都合だ。」

オスカーは俺たちの先頭を歩いているため振り返らない。だが、嫌でもコイツが考えそうな事が俺の頭にも浮かんでしまう。

「どういう事だ?」

試しに聴いてみると、まるで「お前ならわかっていた」と言いたそうな、不満げな声色で返ってきた。

「はぁ?コイツを囮にして逃げんだよ。」

知ってた。知ってた上でお前と同じ考え方と思われたくないからあえて聞いたんだよ。まあ合理的というか、いい作戦ではある。これが機械以外なら俺も黙っちゃいないが・・・。

「・・・・・・。」

振り向くとアルツーと目が合う。いや、やっぱり、心が痛むな・・・。

「ひどい!」

聖音が悲痛な声を上げる。言うと思った。

「へえへえ、好きにいいな。」

想定内だったのか、普通にこたえていないのか、開き直った。

「にしても逃げるなんて、お前らしくないな。」

聖音がまた何か言い出す前に冗談を投げかける。そこに嫌悪感はなかった。

「お前に俺の何がわかんだよ。いいか?これは「戦略的逃走」だ、頭によくブチ込んどけよ。」

と、返ってきた言葉に「なるほど」と納得してしまった。同時にオスカーの低く重い声には俺に対する嫌悪感を微妙に感じた。どうやら思っていた以上に余計な一言だったようだ。

「わかったよ・・・。」

差し支えなさそうな返事で、その場をやんわりとおさえた。

そんなこんなでトンネルを抜ける。トンネルの幅よりも間隔を開けてとてつもなく高いコンクリートの壁が道を挟んでいた。日当たりは悪そうだが、壁には照明が取り付けてある。道だってきれいに舗装されていた、躓いて転ぶといった事はなさそうだ。アスファルトみたいな材質なので滑ることもそうそうない。

「ぎゃん!!」

例外として、違う方向を見ていて、道にゴミが放置してあればこうやって漫画みたいに転ぶこともある。

「あいたたた・・・。ありがとう・・・。」

カラン、という音がなったから振り向いた直後に聖音が尻餅をついた。音の正体は空き缶。色々とつっこみたいけどオスカーはこちらを見向きもせず先々行くし、手を差し出して起こしてあげる。道はこんなに綺麗なのに、惜しいもんだ。

そして、幸いにも魔物とは出会す羽目にはならなかった。

「なんも出なかったな。つまんねーの。」

逃げればいいだの、出なかったら不満だの、一体どっちなんだろう。

「出てこないにこしたことはないじゃないか。油断はできないぞ。」

「そうだな、武器を手に入れるまでは都合よく大人しくしていて欲しいもんだ。」

ほぼコンクリートでできた空間を歩き続ける。向こう側もコンクリートの壁がある。行き止まり、ではなく分かれ道になっている。ただ、そこまでが遠い。さすがに視界が明らかなので先ほどのように異様に怯えることもない。が、逆にいうと精神が極限状態でいっぱいいっぱいだったのであって、こうやって心に余裕ができて普通の状態でいると、会話がないだけで居づらい感じがする。なんというか、いつもいるあのメンバーなら特に会話がなくても落ち着いていられるんだけど。


・・・・・・。

あのメンバーで会話がないなんて、あんまりなかった。

セドリックみたいに冗談をすぐ言える性格なら、沈黙を破るなんてたやすいだろうに。

「・・・。」

同じくうるさいところしか見たことない奴が黙って歩く背中をじっと見る。ここ最近、いや、異世界という非現実な状況で行動を共にしてから随分とコイツへの見方が変わった。内心怖いんだろう。もっとこう、非現実を楽しむ方だとばかり思っていた。化物相手だと存分に暴力を振るえると、やる気に満ち溢れるものなんだと。相手の強さを考えず暴れ回るより、考えた上で勝つために冷静になれる、その方が頼りになるに決まっている。そんな一面が、コイツにあったなんて・・・。

「オスカー、お前・・・。」

しまった。つい考え事が口から出そうになった。

「なんだよ、殺すぞ。」

まだ何も言ってないのに・・・。

しかし、特に話しかけるつもりでもなかったから、どう続けよう。仕方ない、考えていたのを話そう。

「本当にオスカーなのか?」

「何が言いたいんだこの野郎!」

長いから短くまとめたんだけど、なんだろう、こんなはずではなかった。

「いや、その・・・お前・・・バカな奴とは思っちゃいなかったが、意外というか、冷静なんだな。」

誤解を解きたかったが、言葉選びが悪く、拗らせるに拗らせまくる。立ち止まり、振り返り、こっちに大股で歩み寄る。俺は一歩後退りした。すごい剣幕だ。こっちのが見慣れた顔とはいえ、至近距離で迫られると気圧される。

「ほう?勉強嫌いの素行不良で遊んでばっかで怒るか笑うかしかしてねぇクソガキが実はビビリでここぞという時に大人しくなるクソガキだと?」

勘弁してくれ。誰もそんな事一言も言っていないぞ!

「そこまで言ってないだろ!俺は褒めてんだぞ!」

褒めてもないけど・・・。前に進みたいんだ。俺が言い出した事でご立腹なところ大変申し訳ないが、怒りを収めてくれ。

「へぇそうかい!」

すると案外すぐに話が終わった。向こうが勝手に切り上げた。掘り返すつもりは更々ない。沈黙が怒りをそのうち沈めてくれる。


「・・・リュドミール。お前は俺を褒めたつったよな?」

珍しくオスカーから話しかけられた。しかも掘り返された。褒めたわけではないが、嘘ではない。

「あ、あぁ・・・そうだな。」

どうしたものかと次の言葉を探していた。

「これだけははっきり言うぞ?俺はお前が嫌いだ。いいな?でもな、俺を讃え、俺に素直に従うなら今だけ子分にしてやってもいいぜ。」

声色は至って普通だった。前を向いて歩いたままなので表情も確かめられない。なんか、脳の処理が一瞬落ち着かなかった。だって、嫌いと言われ、次に褒めたら、しかも子分にすると続け様に言われたんだから。少し間をおいて理解する。コイツ、調子に乗りやがった。そういや、オスカーにも友達がいる理由として「自分に従順で気が合う人」にはこうなるからだ。ただの捻くれ者ではない。おだてると喜ぶ。ただ、褒めるだけでは疑って素直に受け取らない場合もある。今回は信じてくれた。まさか俺が褒めるとは思ってもなかったからだろうか?真意は不明だ。だからといってなんで同じ立場の人間にこっちから媚へつらわなくてはならないのか。普通に嫌だ。

「それとこれとは別だから。」

悪気はない。冗談でもない。何か面白い切り返しでもできたらよかったんだが素直な気持ちが息をするように出てしまった。

「ケッ、言うと思った。」

だがオスカーも俺をよくわかっていたみたいだった。突如、聖音が右腕をあげるのでびっくりした。真面目な顔だ。

「親分!!」

聖音は本気なのか冗談なのかわからない時が本当にある。今がそうだ。普通なら流れに便乗した冗談だと思いたいんだけど。

「女はいらん!!」

断られた。悪いが聖音、男の子にはいろいろあるんだ。

そのあとは会話が途切れては始まりを繰り返しながら、コンクリートで挟まれた空間を歩き回った。案内はアルツーの言われた通りの方向を進むだけで、どこへ向かっているかはわからない。まるで迷路だ。

「街の中心に行ってみたいなぁ。」

聖音が呟く。

「興味はあるが、やめといたほうが無難だな。」

「うぅ。」

あくまで個人的な意見だ。目立つのは避けたい。興味は全くないわけではないが。そんなところで大騒ぎになると面倒だ。俺たちの味方があまりにも少なく、不確定すぎる。

「・・・・・・。」

またも沈黙が続く。別に今更なのだから苦ではなかったが、聖音はもたなかった。ちなみに言うとここに来るまでの会話はほぼ聖音が始めていた。

「ねえ、この世界にはいつから私たちみたいな姿をしたその・・・生き物がいたの?」

今度はこの世界について訊ねる。答えられるのはもちろん、アルツーしかいない。

「遥か昔、3500年前と言われております。」

「長っ!」

想像以上に壮大ですごい歴史だ。

「しかしそれが「人間」と呼ばれる事はなく、ただこのような姿形をした、奴らと同じ魔物の扱いでありました。あなた方の様な知性は多少あったものの、やはり人間と比べると言語を話せるだけの魔物とほぼ同じ・・・。」

俺たちと同じ姿をした魔物と呼ばれる何か・・・。いや、フィクションに限らず人の姿をしても人ではないものは存在する。でもよく考えたらそれらもその姿でいる時は「人間」と認識されている。アルツーの言うには、それすら無い。人間の姿をしていて人間では無いとのこと。それが妙な違和感だ。

「言語はどうやって覚えたの?」

「ぐいぐいくるな、聖音。」

一度興味を持ったら止まらない。気持ちはわかるけど。

「わかりません。生まれた瞬間、成長と共に徐々に言葉を覚えていったとの事。このあたりはまだ謎が多く、未だ研究中でございます。」

なるほど。まあ、人間に対しもっと観察や研究が進んでいれば俺たちもにはあっていないはずだ。

「今いる魔女のほとんども、人間の姿を取り入れた方がほとんどなのですわ~。私は違いますけど☆」

すると突然、アルツーの方から明るい女の声がした。少しノイズのかかった、アマリリアの声だ。アルツーが話しているのではない、顔は真顔だもの。びっくりして顔が固まる俺たちを置き去りに続けた。

「どうも、アマリリアです。聞こえていますか?あー、テステス。確か人間は通信の確認にこう言うんでしたっけ?」

音声がクリアになった。それは確か、マイクテストの時じゃなかったっけ?いや、今のアマリリアの状況はどうなっているんだ?音声だけで把握できない。

「な、なんだ?何がどうなって・・・。」

「通信機能です!」

うろたえるオスカーに自信満々な声が返ってきた。すごい、電話みたいなこともできるのか、コイツ・・・。

「なんで俺たちの会話を知って、ちょうどのタイミングでかけてきた?」

だが、オスカーは細かい所に気がついてしまった。確かに。でないと俺たちの会話に入れるわけがない。

「・・・魔女はもともと知能も高く、この世界のどの生き物より人間に大変近い存在でした。しかし、やはり足りないものがまだあったみたいですね。だからこそ、人間という自分に近くて遠い存在にさぞかし興味を持ったのですね~。」

話は一方通行。ありがたい、この世界の歴史について丁寧に教えてくれたのはいいが、今求めているのは違う。聖音は真剣に聞いていた。

「俺の問いに答えてねえぞ。」

するとしばらく間を置いてから。

「ではまた~。」

「アマリリア?誰と話してるの?あっ、リュドミールだ!えっ?なんっ。」

都合が悪いところを突かれたんだろう。理不尽にも無理矢理通話を終わらせようとした。すかさずオスカーが反論する態勢に出たら、セドリックの声がした。そして、本当に無理矢理終わった。

何だったんだ、一体。

「そういや、そうだったな。」

思い出した。アルツーには監視機能が備わっていたんだった。数だなんて関係なかった。コイツがそばにいる限り俺たちの行動、会話すらも筒抜けだ。

「・・・・・・行くぞ。」

「あれ?オスカー?・・・待って!」

意外にも文句ひとつなく、何事もなかったみたいに前に進むオスカーに置いていかれそうになった。


しばらく歩き続けると、今度はコンクリートがフェンスになった。フェンスの向こうは、一言で表すなら荒地だ。ようやく森、あるいは茂み以外のひらけた景色を見れたと思ったらこれだ。歩き続けると、人の頭蓋骨が落ちているのを見てしまい、俺はそっと向こうから目を逸らした。

「なあ、俺たち、どこへ向かって歩いてるんだ?」

そうだ。せめて目的地ぐらいはっきりしたかった。

「少し見て回りたいところもあるが、まずは公園だ。」

首を傾げる聖音をよそに、提案したのはオスカー。そして、手招きして俺たちを隣に寄せた。

「置いてきた武器を取りに戻るんだよ。さすがに手ぶらじゃ心許ないだろ?」

ヒソヒソ声で話す。アルツーに聞こえないためにだろうか。

「置いてきたの?なんで?」

聖音が質問する。聖音の持っていた武器は包丁。隠そうと思えば隠せる大きさのものだ。

「まあ、いろいろな。」

歩きながら説明するのが面倒になったので適当にはぐらかした。

「忘れたんじゃねえぞ。忘れるわけねえよ。いずれ取りに行こうと考えてたんだ。」

オスカーが付け加える。それを言うと聖音がまた質問する要素を増やしたようなものだが、「ふぅん。」と短い返事で終わった。


だんだん外の景色も荒地から、整った地面に、民間らしき建物も見えてきた。そしてフェンスが途端に人並みの高さになって、歩き続けていると、鬱蒼とした茂みがお出迎えしてくれた。

「公園の裏口です。ここを抜ける必要があります。」

「もっと他に道はなかったのか?」

わざわざ裏口を回る必要はあったのだろうか?しかもこの茂み、通れるのか?

「先程は魔物の出現率が極めて低い安全ルートでございます。守る対象を連れて案内する場合は優先して通るルートです。」

どおりで出会さなかったわけだ。アマリリアが仕組んだのだろう。さっきはひやっとしたが、とても助かった。それにしても、色々な道があって繋がっているんだな。不思議だ。

「よいしょ・・・。」

茂みを自力で掻き分ける。この茂み、やっぱり葉と枝や何もかもが密集して一つの壁みたいになっているので割と力も必要とした。皮膚にあたる部分がチクチクして痛い。といっても顔だけだが、露出の低い服を着ていて良かった。

「いてて。」

自然にまた縦の列に並んでいた。今度はあるツーが先頭を歩く。その次をオスカーで後ろを俺、聖音だ。前の人が草を掻き分けた後その草が反動で戻ってくる。下手すればそれがぶつかってくるから痛いんだ。別にオスカーのせいにするつもりじゎないし、後ろの聖音は俺の無造作に押しのけた草の被害に遭っているんだから。

「わっ!?」

後ろからそんな声が聞こえると、気をつかうぞ。もし顔に傷がついていたら、あとでごめんと言おう・・・。

茂みを抜けるとまたフェンス。でもフェンスの一枚は扉のように開閉ができる仕組みだ。

そこは公園。遊具が並ぶ、ごくごく普通の公園。俺たちが遊んだことのある公園と全く同じ。ここで俺ら一行は捕まったわけだ、ろくな思い出じゃない。嫌な思い出ができた。

さて、どこに隠した、もとい、どこに置いてきたっけ?確か、あの象のオブジェクトらしき物の中の空洞に身を潜めてから・・・。あんな大きな物さえなくすとは。滅多に物をなくしたことなんかないのに。

「あれ?なんでだよ、ねえぞ?この付近に置いたはずだ、ないはずがないんだが。」

オスカーは大きい象の周りをやや前かがみでグルグル歩いている。次に、あっちこっちと探し回る。俺も、オスカーと離れた場所を物色する。だいぶ目立つ代物だ、落ちてればすぐに見つけられる。しかし、どこにもなんにもない。ゴミすら落ちていない。

「俺のバットがねぇ!!」

苛立ちのあまりにオスカーは叫ぶ。

「元は俺のだけどな。んで、俺のもないな。というか、何にもないな・・・。」

肩ががっくりと下がった。深いため息も出る。途方に暮れたというか、そんな感じ。

「私のもない。」

「聖音も置いてきたのか?」

意外だった。隠していたのかと思っていた。

「ううん、忘れただけ。」

あっ、そう。忘れただけか・・・。でも、聖音の持っていた包丁はみんなが持っている武器の中ではハーヴェイの銃に次いで小さい。探すのはちょっと手間がかかる。

「クソ・・・なんてこった、どこいっちまったんだ?これじゃあ俺の作戦が・・・。」

オスカーがぶつぶつと独り言を呟きながら、まだうろついていた。その時だった。足音が聞こえてきた。警戒する。足音自体は、靴が地面を踏む、乾いた音だった。こちらに近づいてくる。茂みに隠れていた姿が、露わになった。

「やっほー。元気にしてる~?」

少しハスキーな声が陽気に話しかけてくる。知ってる、この声も。誰かも。

「スージー!!」

ブロンドの独特な髪型、今回は少し俺たちの世界でも通じるようなカジュアルな服だったが、相変わらずの露出の多さ。そして、くわえたタバコと右手には銃。

「げっ、あの時のビッチじゃねえか!」

人が少ないからといって出会って早々彼女(しかし男である)をそう呼ぶんだのはオスカーだった。しかも「げっ」て。まあ、散々な目にも遭ったから気持ちはわかるが。一方スージーは、表情をぴくりとも変えない。

「あらぁ可愛いおデブちゃん、ちょっとやつれた?」

「女子の「前髪切った?」みたいなノリで聞くな!」

今日のオスカーはツッコミも冴えていた。スージーに至ってはとうとうビッチについて否定もしなかった。

「わっ、わっ!あの時の!えっと。」

聖音が口をぱくぱくさせている。緊張でぎこちなくなっているせいだ。

「あぁー、アンタは・・・。」

視線が顔からだんだん下へ。そしてまた上へ。そこの厚いブーツで近づくと、真顔で聖音の胸を銃口で下から持ち上げた。

「ひゃあ!?」

それも執拗に何回もだ。聖音の方は抵抗しようも何もあまりにも突然の奇行に完全にフリーズしている。顔は真っ赤だが。俺も目の前の光景に混乱さえした。いろんな意味で。

「・・・大きいけど大きすぎず。そんでこのリアクション。久々に二百満点の女を見つけたわ。やっぱこれぐらいは欲しいわね・・・。」

「おほんッ!!」

わざとらしく大きな咳払いをした。さっきは面食らったが、目の前のセクハラ現場を放置するわけにはいかない。

「そのへんにしてやってくれ・・・。」

頭を抑える。聖音の顔を直視できない。忘れろ、今のは忘れろ。

「リュドミール。男の子も大変よねぇ?」

「ここに何しにきた?」

話を変えるに限る!ニヤニヤとこちらを見るスージーの笑みの種類が変わった。

「何って、アンタたちの声がしたから寄ってみただけよ。」

質問がよくなかった。

「でもそれは、たまたま近くにいたからだろ?」

タバコの燃えた部分を地面に落とす。

「マシューの用事に付き合ってたのよ。暇だったからね。」

ということはマシューも近くにいるのだろうか。待っていたら出会えるかな?

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