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・・・あれから。俺はひとしきり泣いたあと、考えていた言い訳でやり過ごした。


「携帯が壊れてどうしようか考えていた。」


我ながら無茶がある。でも、他に考え付いたものはどれも余計に心配させてしまうものばかりだった。うかつに体の不調を原因にすると更に面倒なことになりそうだ。

聖音もセドリックも疑問に思った、そんな顔をしていた。「え?今?」みたいな。しかも聖音は俺が騒いだから駆けつけたあとだから尚更の事。でも俺は押し通した。嘘に嘘を重ねた。泣いていたのは嘘ではないので、深く追及してこなかった。


そこからというものの、セドリックの提案で部屋にあるゲームで遊んだ。俺はそんな気分じゃなかった。が、迷惑をかけてしまったんだし、そこまで嫌でもなかった。聖音も部屋に戻るかと思いきやノリノリで参戦した。

対戦式のシューティングゲームだった画面が二つに分かれていてお互いを妨害しあって相手のライフを削るといったもの。最初は聖音とセドリックが対戦して、ゲーム慣れしていない聖音は慌てているだけで敗北。仇を討ってとコントローラーを託されセドリックと戦う羽目になり、全勝した。乗り気じゃなかったのに、最終的には三人盛り上がっていた。こうやって誰かとゲームで遊ぶのは久々だ。最近は大勢で外に出て遊ぶことが多かっただけなのだが。予定にはなかったが、結果いい気分転換になった。



気持ちが軽くなったついでに余裕が出てきた。今ならいつも通りの俺で動く事ができる、多分。ならば早速動こう。俺は部屋の棚にしまってあった不思議な栞について聞くためアマリリアを探しに部屋の外へと出た。さっきは脱いでいたコートも、なんとなく身につけて。

廊下には誰もいない。彼女はどこにいるのだろう。まだ屋敷の造りを全て把握していないから少しでも道を間違えたら迷いそうなほど広く、廊下も多く、部屋もたくさんある。まず先に談話室に向かった。

「いないか・・・。」

ロボすらいない。次は晩餐室へ向かう。

曲がった先で一体のロボと鉢合わせる。手には綺麗に折り畳まれたタオルを抱えていた。いかにも軍人の風貌をした男性が雑用をさせられているのは見ていておかしい。せめて執事の一人でも見たいものだ。

「こんにちは、リュドミール様。」

・・・随分な美声で名前を呼ばれた。これが、あの化け物を殺戮しまくっていた兵器なんだよなあ・・・。だから何、て話だけど。

試しに聞いてみよう。

「アマリリア・・・さん、はどこにいるか知っていますか?」

すぐに答えてくれる。

「お嬢様なら、書斎におられます。」

なるほど、この屋敷には書斎もあるのか。あるのはいいが、場所がわからん。

「ご案内致します。私についてきてください。」

こっちから言う前に、ロボは親切にも連れて行ってくれるそうだ。軍服なんかより、燕尾服を着せてやった方がよほど似合うと、気が向いたらアマリリアに提案してみようかな。

廊下を何度か曲がり、たどり着いたのは重厚な扉の前。コンコンとノックをすると奥の方から「なあに?」と明るい声が返ってきた。

「アマリリアさん。リュドミールです。」

なにやら重いものを置いた物音がしたあと、ぱたぱたと駆け寄ってくる。ドアを相手の方から先に開けてくれた。

「まあ、ここにご用が?入っていいわよ!」

わざわざ自分のところへ来てくれただけでとても嬉しそうだ。こっちも悪い気はしない。ロボは用事が終わるとくるりとあっちを向いて、何処かへ行ってしまった。

促されるままに書斎へと足を踏み入れる。綺麗な絨毯の柔らかな感触が、新しくない靴で踏んでいくのを申し訳なくさせる。書斎の中はと言うとこれはもう書斎というレベルではない。大きな図書館に匹敵する・・・いや、それ以上だ、これは。見る限り本棚と本しかない。右を見ても、左を見ても、そして見上げると首が痛くなるほど何段もある高い高い本棚が幾つも幾つも並んでいる。ここには三次元の空間に本棚と本しかないのでは、と思わざるを得ないぐらい。本に圧倒されるなんて経験をするとは思っても見なかった。俺は本を読むのが好きだ。しかしさすがにこの量はノイローゼになりそうだ。くらくらする。

極め付けは、難しそうな本ばかりだ。無機質な背表紙ばかり。絵の描いてあるものなどほとんどない。

「お父様の書斎をそのまま使っているの。本を読んで静かに過ごすのが好きな人でしたから・・・。」

そのお父様の読書好きはまさに本物だろうな。極めるところまで極めている。生半可な趣味程度の本が好きな人間では此処にいられないレベルだ。だからもし本が好きかどうか聞かれたら言葉を濁してしまいそう。

「魔術に関する文献が多いですわね。当然ではありますけども。あなた達はどのような本を読むのかしら・・・ここにないとしたら、是非とも参考までに・・・。」

「いや違う、そうじゃなくって。」

思い込みで話を進めるのをなんとか止めた。

「なら、なにしにここにいらしたの?」

アマリリアはこの場所に目的がると考えているようだ。

「アマリリアさんに聞きたい事があって、探してたんです。」

と聞くと、落ち着いて対応してみせるがまたも嬉しいのか声の弾みが隠せていなかった。

「まあ・・・なんでも聞いてちょうだい。私に教えてあげられる事なら、教えて差し上げますわ!私のお家の事?この世界の事?魔術に関係する事?ああ、でもそれは人間には少し難しいと、お聞きしたような・・・。」

またも一人思い込みで暴走するアマリリアに、例の物を見せた。

「これは・・・。」

一見すると可愛らしい、手作り感のある栞だ。アマリリアがこれを見ると途端に驚いた顔を浮かべる。やはり知っている事があるのか。

「俺の部屋の棚の中にあったんです。誰かの忘れ物でしょうか。」

俺の手からそっと取ると、柔らかい笑顔で見つめた。ただの他人の忘れ物に、こんな愛おしい瞳を向ける物なのだろうか。

「忘れ物ではございませんよ。以前、あの部屋をお借りしていた方が置いていったのです。私と、この部屋に泊まった人におすそ分けですって。だから、あなたはそれを貰っても良いのです。」

「そ、そうなんですか?ありがとうございます。」

俺の掌に優しく乗せる。栞はほのかに温かいのに、アマリリアの手は異様に冷たくて思わず手を引っ込めてしまいそうだった。栞を受け取って、本棚と交互に見遣る。

「えっと、こんなに本があったらこれひとつじゃ足りませんよね。」

ちょっと場の雰囲気を和ませようと冗談を言ってみる。めったにこういうのは言わないから、気恥ずかしさもある。

「本・・・ああ、うふふ。それは栞ではありませんわ。」

驚きと戸惑いを隠せない。では一体これは何なんだ。俺には想像できない使用方法があるのか?

「お守りなのです。あの子のいた世界ではその花は奇跡の花と呼ばれていて、花の枚数だけ奇跡をもたらしてくれるのですって。あの子はそれでお守りを作ったの。作りすぎたからって、くれたのよ。」

俺はそんな気持ちのこもったありがたい物を本に挟む紙切れだと思っていたのだから、知らなかったとはいえ大変申し訳ない。花弁は三枚だから三回奇跡をもたらしてくれる。

ん?待てよ?さりげなく聞き捨ててはいけない言葉を耳にしたんだが。

「あの子のいた世界?」

アマリリアは、遠い日の記憶を懐かしむような穏やかな表情で空の方向に視線を傾けて、呟いた。

「そうね。こんな偶然もあるのだもの。お話ししてあげましょう。・・・昔、この世界に迷い込んだ人間のお話・・・。」

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