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「それにしてもまだ起きないの?これ。」
戻ってきたハーヴェイが突然、セドリックの顔を覗き込んでは頰を指でぐりぐりと押し始めながら続けた。
「気絶ってこんなもんだっけ?」
こっちを向いて聞いてくるから俺に向かって尋ねたのだろう。が、さすがにそれはわからない。
「さあな。気絶したことないしそんな場面に遭遇したことないからな、わからない。」
強いて言うならここに来て何かよく分からない化け物に襲われて急にぶっ倒れたが、感覚的にはあれは気を失ったのではなく感覚的には「強烈な眠気」といえるものだった。夢まで見たのだから。
「静かでいいじゃない・・・て言いたいけど、ちょっと心配よね。」
「うるさい奴がそうじゃないと、心配なのはよくわかる。」
普段ならまず見ない、しかもよく見る顔が全く見せない顔を見せると不安、あるいは余計な詮索をしてしまう。ジェニファーもまたそうなのだろう。今回は後者は無い。詮索も何も、する要素がない。意識がないのだから。それはそれで、ただ事ではないので余計に心配だが。ハーヴェイだって扱いにしろ表情にしろいつもとなんら変わりないが、ジェニファーに同調しているあたりはあいつなりに心配している。そうじゃなければ、彼女の言葉を否定しているかもっと適当に流していた。
・・・聖音は非常にわかりやすく、不安げにこっちを見ているし、オスカーは無表情だった。一方でマシューとアマリリアはいたって落ち着いている。
「食事を用意するまで時間がかかりそうですわ。それまで皆に休んでもらいましょう。」
とだけ言ってアマリリアが先頭を歩き軍服の男達が綺麗に二つの列に並んでずらずらと続いて歩く。俺たちもそれに続いて談話室を後にした。
「そうだね。あ、でも私は寝ちゃうかも。」
聖音はさっきからやたら眠気を主張する。実際、あくびも頻発していた。
「彼女のような持て成したい人物が「食卓」や「晩餐」とは言わず「食事を用意する」と言ったのはきっと「いつでも気軽に食べれる軽食のようなものを用意する」つもりなんだよ。」
つまり、うっかり眠ってしまって起きた後でも食べられる物を用意してくれる。こんな心配り、良い所のお嬢様が出来るものなのか。
「ま、用意するのは僕なんだけどね。」
そう言えばそうだった。既に料理として完成しているものを調達してきてくれるのか、はたまた材料を集めて作るのか、どちらにせよわざわざ申し訳ない気持ちでいっぱいである。彼には助けてもらってばかりだ。
・・・しかし、それをわざわざ笑い飛ばしながら言うのか。別にどうこう言わないが、最初に出会ったままの印象では言いそうになかった。気取った態度も減っていってるし、なんだか、随分と砕けてきたなぁ。
あれ?
この感じ、前にもあったような・・・。
「・・・ん?」
目の前がわずかに霞む。ぼかしが入ったような、視界がいまいちはっきりしない。
俺の目の前を歩いているのはハーヴェイとジェニファーだ。
この視界のせいか、二人との間に距離を感じる。物理的な意味で、だ。実際はそう離れていないはずなのに、どんどん先に進んで置いていかれそうで・・・。
すると、背中からトン、と手を触れる感触。同時にぼやけた視界が徐々に元どおりになった。
「あ、ごめん。背中に虫がついていたから。」
そう言ったのは俺の隣を歩いていた聖音だった。
「あっそう、ありがとう・・・。」
例を無意識に言う。さっきの感覚から急に解き放たれてまだふわふわしている、寝起きに近い状態だ。やはり眠たかったのかもしれない。思っていた以上に疲れがたまっているようだ。
「眠そうだね。リュド君もすぐ寝ちゃうんじゃない?でも部屋までは頑張って歩かないと。」
あとは何にもなかったように前を向いて歩幅を合わせて並んで歩く。そうだな、またあの時みたいに眠気に襲われてぶっ倒れたくはない。
・・・それほど眠いのに、背中を軽く触れられただけでこうもはっきり目がさめるのか。よくわからないものだ。
「お前・・・。」
意外にもメンバーの中で最後尾を歩いていたオスカーが訝しげに睨む。その細い目から光る眼光が向けられたのは俺ではなく聖音にだった。
「な、なに?」
当然、そこまで睨まれる事はしていない聖音が剣幕に怯えて小さい声で返す。
「ずっと隣を歩いてたじゃねーか。お前が背中を叩いた時見てたの、背中じゃなくてコイツの顔だったよな。」
・・・?どういう意味だ?いまいち思考が働かない。頭がボーッとする。
「ほら、眠そうにしてたから・・・あっ、その・・・。」
「なら最初からそう言やあいいじゃねえか。」
目がウロウロしてぎこちない笑みをうかべる聖音にオスカーは容赦がなかった。今回はオスカーの方に一理がある。でも、彼女はなにも俺に対して悪い事はなにもしていない。起こしてくれた事実には変わりないのだ。
「まあいいだろ、そんな、目くじら立てて怒らなくても。」
あ、しまった。そのつもりは無かったが、今のは短気なオスカーを怒らせるには十分すぎるほどの煽りだった。
「・・・・・・フン。」
いつものオスカーなら、どこだろうと喧嘩腰で声を荒げていた。それが今は腕を組んでそっぽを向いて黙っている。
ここに来てから、妙におとなしい。
違和感は半端ない。でも俺たち以上に色々あったあいつはもっと疲れているんだろう。いちいち怒る気力すらないぐらいに。
「あはは・・・。」
苦笑いで聖音は再び前を向く。顔が前を向いた時には表情は戻っていた。
ほんのさりげない気遣いで、まさか空気までぎこちなくなってしまった。
「・・・・・・。」
やや前かがみで歩いているマシューは考え事でもしているとして、何かあればすぐに振り向きそうなハーヴェイ達は知らん顔で歩いている。
違和感が募りに募って、不信感に変わっていくのを感じる。頭の中にモヤモヤとなってとても嫌な気分だ。だからと言ってむやみに疑いたくない。とりあえず、一刻も早く休みたい。少しの間だけでも自然な休養を得れば、疲労もリセットされて回復する、と信じたい。
部屋の前まで戻った俺達は、どこの部屋に誰が泊まるかを決めた。そんな事、この事態においてどうでもよくない?と思っていたら大間違い。むしろこんな時だからこそ必要なわけであってちょっとした遠足に乗るためのバスの席にこだわる時こそどうでもいいのだ。つまり、だ。ゆうなれば有事の際に一番頼れる人物が出口に近いほうが良さそうだ。となると、この中ではオスカーとハーヴェイを選ぶ。きっと選ぶのは俺だけではないはず。子供だけど、それでも体格と運動能力は一二を争う二人だ。二人を向かい合わせの部屋に配置してそれぞれの隣を女性二人、そして残るは俺とセドリック。女性は守るような形で配置したのと、男と向かい合わせはなんとなくやめたほうがいいかなと考えた。
俺の意見を述べるとみんなは特に場所にこだわってなかったのか、反対意見もなく部屋の順番が決まった。・・・いや、もしかするとセドリックが起きていたら何か一言あったかもしれないな。多分、どうでもいい主張しかしないだろうが。
「ま、どうにもならない時は俺にもどうにもならないよ。多分、大丈夫だと思うけどさ。」
ハーヴェイはやれやれと肩をすくめている。
「何が言いたいんだよ。」
「ここで俺たちに危険が迫る事はなさそうじゃないかってこと。強そうなのたくさんいるし。」
軍服を着た男を指している。俺たちなんかに比べたら、そりゃあもう、あんなのを見てしまったからには迂闊に近寄るのも怖いぐらいで・・・。
「だからと言って油断はできないぞ、ハーヴェイ。つーか、とても気が休まらんわ。」
いくら安全をある程度保証された快適な場所を提供されたところで羽を伸ばせと言われても、外の治安が安全でなければ身構えもするわけで。ちなみに聖音はもう部屋に入ってしまった。アイツなら、本当に身も心も今頃ベッドの中で優しく包まれていそうな予感がする。セドリックも、部屋で寝かせてある。起きた後の説明する役割は多分俺ではないかと考えると今から面倒くさくなってきた。
「・・・なんとかなるよ。」
どうにもならないと言ってみたり、どっちなんだ。と、返す気力も湧いてこない。
「ったく、なんで俺がよりにもよってこいつと向かい合わせなんだよ!」
オスカーは一人、反対こそしないが渋々承諾した感じだったのでずっと文句を言っているがこいつ呼ばわりされたハーヴェイは特に気にしていないし、俺もだ。ジェニファーは性格上黙ってはいられない性分だが今回は珍しくしかめっ面しているだけで何も言わなかった。
「どうせ誰と向かい合って誰が隣だろうと文句言うくせに。」
と、みんな思っているんだろう。だから誰がどう言われたところで「アイツだから仕方がない」みたいになっているのだ。
「はいはい、嫌なら他の部屋で寝たら?」
ジェニファーが肩をストンと落とし、強張った顔からも力が抜ける。口うるさい委員長タイプと評される彼女が呆れる始末だ。
「他の部屋は鍵がかかっていますわ。」
さっきから俺たちの会話に口を挟まず黙って聞いていたアマリリアがそう言うと、ハーヴェイが試しに他の部屋のドアノブに手をかける。が、喧しいガチャガチャと言う音がするだけでビクともしない。
「諦めなよ。寝るだけだからいいでしょ。それともなに?誰か隣にいるとまずいことでもあるワケ?」
こちらに戻ってくるハーヴェイの表情はいつもの無表情だったがどこか冷めているようにも見えた。真に受けたアマリリアはハーヴェイが最後に開けようと試みたドアの一点を見つめる。
「まあ、本当?なら、開けさせますが・・・。」
「何にもねぇよ!クソが!!」
そうとだけ吐き捨てるとさっさと切り上げるが如く自分の部屋に入っていってしまった。
「アイツ面倒なやつだから気にしなくていいよ。」
おろおろしているアマリリアにさりげなくフォロー入れるハーヴェイは俺とジェニファーの顔を交互に見て。
「もう決まったんでしょ?できるなら俺も休みたいし、いい?」
アマリリアは微笑みながら頷く。俺もノーと言う理由は何も無い。
「そうだな。今日はとりあえず休もう。」
「私もなんだか、疲れた・・・。」
別れの挨拶を軽くかわしたあと、俺とハーヴェイとジェニファーもそれぞれの部屋に入った。
「・・・・・・。」
こっちをじっと見るアマリリア。俺を最後に見届けてからここを去るつもりだろうか。
「・・・本当に、助かりました。じゃあお言葉に甘えて・・・。」
頭を下げて、自分の泊まる部屋のドアを開ける。もう少し、きちんとお礼と別れを言いたかったのだが、じっと見られてあまりいい気がしなかった。嫌、それは理由にならない。しかし早くあの場から去りたかったのは確かだ。
「ふぅ・・・。」
閉めたドアにもたれ、ため息をつく。足音が遠ざかる。やはり俺たちがみんな部屋に入るのを確認してから去る予定だったのだ。もてなしのひとつだとしても、ひどく神経質になった俺は「見張られている」とかいう被害妄想に捉えてしまう。なんとも息がつまる・・・が、ここからは一人の時間だ。そういや、ひさびさに一人になれた気がする。
コートと帽子、そしてマフラーをベッドに雑に置いて自分も身を投げ出す。洗いたてのふかふかのシーツに包まれる、たったそれだけで日常においてはそこまで意識しなかった安心感をこれ程までに感じている。
天井をぼーっと眺める。静けさが今は心地いい。
「・・・・・・。」
時計の指す時間の法則が無いか考えようとしていた、が。今はただ、こうして限られた時間の中で休めるものなら休みたい。その間だけ、嫌なことは全部忘れて、起きたらまた考えたらいいのだ。
電気を消すのも面倒だ。だが、次第に面倒だとも考えられなくなった。だんだん、俺の意識は眠りの中に吸い込まれていくのを感じてからはどうでもよくなった。
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