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扉が大きいからなんとなく見えたけど、中に入ってみたら意外と明るい雰囲気というか。床は少し古いものの壁と同じ艶のある木の板を繋げてある。壁の方は半分以上を白い壁紙が貼られていた。ある程度の感覚を保って扉が立て続けに並んでいるが、その他に枠に写真や絵画がはめられたもの、小さな台に花瓶が置いてバラが飾ってあったりと、抜かりがなかった。
高い天井には、見たことないほど豪華なシャンデリアがある。
まさに「お金持ち」の家には相応しい佇まいだ。
「見てリュドミール。あんなシャングリラは初めて見た。」
「シャンデリア、じゃないのか?」
「そう、それだった。」
ハーヴェイが指をさしもう片方の手で俺の方を叩く。
シャングリラがそもそもなんなのだろうか・・・。
他にも感嘆の声が漏れてるのが聞こえるのがわかる。こんな建物、俺には多分縁がないだろうから、なんだか工場見学以上にわくわくするものがあった。
状況がこの状況でなければ、もっと喜べたのに。
「地味で狭くてごめんなさいね。元々古い家を少し綺麗にしただけですの。」
お金持ちの感覚と明らかに俺たち庶民の感覚が違うんだと、気遣うつもりのアマリリアの言葉でわかった。
個人的に狭いって、人が一人通れるかぐらいの幅だと思うんだけど。今、俺たちは横に三列ぐらいになって歩いているのに十分な幅がある広さを狭いとはとても言えない。
地味というよりは、洗練されたシンプルで落ち着いたデザイン・・・といっていいんだろうか。
「こ、こんなので地味とか狭いとか言っちゃったら私の家なんか馬小屋ですよ!」
大袈裟すぎるほど聖音が自分の家を引き合いに出した卑下するが
「まあ!貴方の家、馬小屋なんですの?」
例えが悪かった。じゃなくて、純粋なお嬢様は聖音の言葉を間に受けてしまった。
「ははは、まあ・・・うぅ、涙が・・・いななきそう・・・。」
「そこは普通に泣きそうって言ってくれ。」
誰が「嘶く」と「泣く」をかけた高度な洒落をぶちかませと言ったんだ。
「ヒヒン・・・。」
まだ聖音がなにか言っていたが空気を読んで無視を決め込んだ。
「毎日、お手伝いの方々・・・このロボット達が掃除しているので綺麗だとは思います。私もたまにはするのですが、ロボットに比べたら上手ではなくて・・・。」
意外だった。こんな広い家を自分で掃除するんだ。でも、そりゃあロボットと比べるものではない。
「えー!偉い!自分の部屋ですら掃除。」
「馬小屋の掃除はさぞかし大変だろうな。」
聖音の会話をわざと途中で絶った。今は寒いギャグを聞いて返す気分ではない。
「これだけ広かったら掃除も大変よ。たくさんのロボットにさせたほうが効率的だわ。あ、嫌味じゃないのよ!?」
さっきから感心の声をずっとあげていたジェニファーがまともなフォローを入れる。歯に衣着せぬ言い方で反感を買う事が多いのは一応自覚しているみたいだ。
それにしても、そうだよなぁ。本当になんなんだかの広さ。突き当たりのドアがまだまだ小さく見えるところにある。
・・・あれ?この屋敷、外から見たらここまで奥行きがあったようには見えなかったが・・・。
まあ、正面からちょっと他の角度を見ただけだから一概に言えないけど体感的に違和感がある・・・。
「大は小を兼ねるとは言うけれど、必要以上に大きくても良いことばかりとは限らないですわね。それでは皆さん。」
アマリリアがある扉の前で立ち止まる。そこには他の扉よりかすかに大きく、窓までついていた。
「客室です。各部屋、一人ずつの個室になります。」
側に立つロボットがゆっくりと扉を開けると、また廊下が現れた。しかし今度は今まで歩いていたのよりは幅が狭い。といってもこれでも十分広いのだが。奥行きもそれほどなく、扉が向かい側と合わせて十個。相変わらずここにも絵画や花が入れてある花瓶、更には古き良き黒電話なんかもあった。
「屋敷に客室とかあるの!?」
聖音は家の概念を疑い始める。普通、家に客室たるものはない。ないはずだ。俺もそう思う。
「あるのよ。・・・なんて、家族それぞれの部屋を改造しただけなの。取り壊す方が面倒だっただけで、正直需要は感じなかったけれど・・・。」
一つの扉の前で立ち止まり、今度はアマリリア自身がドアノブを回した。
「まさか、必要になる時があっただなんて・・・!」
嬉々として扉を開いた、一つ目の個室。
「うわ・・・。」
「何これ・・・。」
一同が呆気にとられる。俺も、それ以上の言葉を失った。
まず驚いたのは圧倒的な広さ。個室といえばその言葉の響き的にもっとビジネスホテルみたいなものを想像していた。それか、この屋敷の規模で考えるとマンションの一人部屋ぐらいか。
いや、そんなことあるもんか。こんなの、台所もあって、くつろぐスペースもあって、そんな広いリビングがまるまる一人部屋に割り当てられたといったらいいのだろうか。台所は、無いけど・・・。二人で寝ても余裕のあるベッド、ソファーにテーブル、机にクローゼットにテレビ。更に冷蔵庫まで。
「どうでしょうか。他の部屋もこういった感じですけれど。」
アマリリアの言葉の途中でハーヴェイとオスカーが早速中に入る。
「ちょっとあんた達・・・。」
さすがに遠慮がないのをジェニファーはいつもの癖で注意しようとしたが、申し訳なさそうにアマリリアの方を向くと彼女はにっこりと右手の平を広げ部屋の方を指したので、ため息と一緒に個室の中へ入っていった。後ろを俺と聖音が続く。
「すごい、リュドミール!」
ハーヴェイが必死に手招きするから近寄ってみる。半透明のガラスが張られたドアの前にハーヴェイは立っていた。
ガラス越しに見えるのは、見慣れた気がする白いシルエット・・・?ドアを開けると、シルエットの正体が洋式のトイレだと判明した。
「トイレがある!」
「そりゃトイレぐらいあるだ・・・え?確か、ここって。」
一瞬、家にトイレがあるのは当然だろうと思ったけど、アマリリアはさっき「家族それぞれの部屋」と説明したのを聞いたばかりじゃないか。てことは、ここに住んでいた一家はみんな自分の部屋にトイレが備え付けてあったのか?
いや、改造したとも言っていた。つまり、客室に改造するにあたってわざわざ設置したのかもしれない。
しかし俺は、トイレとはまた別のある物に驚愕した。
「お風呂がある!」
「洗濯機もある!」
そう。これまた広いお風呂と、シャワー。少し奥には二層式の洗濯機。服を洗う習慣はこの世界にもあったのか。いや、あるんだろうな・・・。そこじゃなくて、洗濯機があったのか・・・。
「・・・?」
洗濯機の上、何かに白い布が被せてあった。思いきってめくってみると乾燥機が出てきた。
「至れり尽くせりだ!」
ハーヴェイとハモってしまった。
いやいや、だってありえない。客室じゃなくて、これだけで立派な家そのものに値するじゃないか。あとは台所があれば完璧だが、あくまで客室にそこまで求めてはいない。
それとよく見ると、カーテンに隠れていたが液体の満ちたボトルが並んでいた。シャンプーとか、ラベルが貼ってある。歯ブラシとかもある。すごい。
「こういうのも一応たくさん買っておきますのよ。」
俺たちの後ろで、説明してくれる。
「普段もこの部屋を使う人ってそんなにいるの?」
「備えあれば憂いなし、ですわ。」
ハーヴェイの質問にも答えてくれたが、求めていた解ではなくなんだかはぐらかされた感じがした。感心したとはいえ風呂場ばかり見ても仕方ないので、ハーヴェイと一緒に別の場所に移動した。
「ベッドフカフカキモチイイ・・・。」
白い綺麗なシーツに、両手を伸ばし、上半身をベッドに、顔を埋めてうわごとをつぶやく聖音はスルーして、ジェニファーが冷蔵庫の中をじっと見つめているのが気になったので後ろから覗き込む。
「水・・・?」
透明な液体で満たされたペットボトルが冷蔵庫いっぱいに綺麗に並べられている。
「この水って、大丈夫なのかしら?」
と言って一つを冷蔵庫から取り出す。目に見える不純物は一切ない、綺麗で澄んだ水だ。
「国によっても、水道水が飲める所と駄目なところがあるし、どうだかな・・・。」
ぱっと見、衛生上の問題はなさそうだが、こればかりはなんともいえない。
「大体よぉ、俺らが食えるようなもんがあんのか?」
俺とジェニファーの会話を聞いていたオスカーが間に入る。手にはなぜか、トランプの束やルービックキューブを持っていたが「こいつは机の中に入ってたやつだ。」とこちらが聞く前に教えてくれた。
「信用ならねぇよ。化け物が食うもんなんかよ。」
確かに奴の言いたいこともわかる。
それにお前にとっちゃあ一刻も争う死活問題じゃないか?
・・・なんて嫌味は今はぐっと押さえ込んで、状況分析に徹する。オスカーが珍しく真剣になってるみたいだし。
「それもそうだけど・・・。」
「困りましたわね・・・。」
いつの間にか背後には困った様子のアマリリアが立っていた。全く足音どころか気配すら感じなかったので声が聞こえてやっと存在に気づいたところだ。
「私も、私達の食べる物が人間の方々のお口や体に合うかどうかまでは知りようが御座いませんの。ですから、ご馳走を振る舞いたくても、何もご用意できなくて・・・。」
するとマシューがアマリリアの隣に並ぶ。冷蔵庫を凝視する表情は、真顔と言っていいのだろうか・・・。
「君達、魔女がどんなものを食べるか知ってる?こんな見た目だからって騙されちゃあダメだよ。」
そんな事を言われても、俺はその類についての知識は無いので想像が全くつかなかった。見た目に惑わされてはダメなのなら、頭の中には童話の悪役に出てきそうな年老いた魔女を浮かべ、そいつが好んで食べそうな物はなにかと思考を巡らせる。
・・・だめだ。さっぱりわからない。
一方でアマリリアはしかめっ面で頬を膨らませてそっぽを向いた。こんな仕草を見ると俺の頭の中のしわくちゃの老婆は一瞬で消えてしまった。
「何よ、あなた。私がトカゲとか蜘蛛とか足の爪とか食べてるとでも言いたいの?」
出来るだけ丁寧口調で接していたがそれも崩れるほど、機嫌を損ねたみたいだ。マシューも全く動じないのでそこだけ少し険悪な雰囲気だ。というか、魔女って、そんなものを食べるのか?
「それらは全部薬の材料に回して私は人間が食べるものを好んで食べてます。まあ、見よう見まねですけど。」
「見よう見まねなら信用できないな。」
二人向き合って睨み合いをしている間に、居ても立っても居られないジェニファーが割り込む。
「お、落ち着いてよ・・・。」
いつもならこの立ち位置はセドリックで、一触即発を取り持つのはあまり慣れていないジェニファーの話し方にも威勢がない。俺も立ち上がるが、きっとジェニファーと同じような言葉しか出ないだろう。
「結局俺たちの食えるモンはねぇてわけか。しょうがねえな。」
さっきから一連のやり取りを傍観していたオスカーは、冷蔵庫からペットボトルを取り出すと特に躊躇いもなく蓋をそこらへんに放り捨てた後、なんと飲み始めてしまった。
「えっ!?お前・・・。」
止めようとした頃にはもう半分ぐらい無くなっていた。これにはジェニファーはさらに顔を青ざめ、アマリリアとマシューはきょとんと見下ろすだけの始末だ。
「うるせぇな。喉乾いてんだよ。水なんか、毒とか入ってなけりゃせいぜい腹壊す程度だろ?」
冷静さを取り戻すどころか余計に取り乱すマシューが怖々と尋ねる。
「そ、そうだけど。そうなのかな?アマリリア、毒・・・。」
彼に対し、アマリリアはというと、彼とまた同じように慌てている。
「毒なんか入ってるわけないじゃ無い!」
しかし、彼女たちにとって平気なものが俺たちにとってそうで無い場合もあるから一概に言えないのでは無いか?
「ま、その時はその時てこった。」
残りのペットボトルを手に持ったままゆっくり腰を上げた。
「その時はその時って簡単に言うけど・・・!」
俺の口から次に出た言葉がこれだった。でも、あまりの突飛な行動に驚いて二の句が継げない。
「うるせぇな!こっちは一回吐いてんだよ、気分悪い!ンな事よりさっさと食いモンをどうにかしろ!!」
と声を荒げてハーヴェイの方へと向かっていった。残された俺たちは、ただただ茫然とその場に立ち尽くす。
「・・・食べ物なら、僕がなんとかしよう。」
そう言い出したのはマシューだった。今の俺には「そうか。」以外の言葉が出てこなかった。
「貴方達、本当に、大変だったのですわね・・・。」
アマリリアは、俺とジェニファーの顔を交互に見遣ったあと頰に片手を添え心底心配な表情を浮かべた。
「・・・そういや、確か・・・。」
オスカーの言葉に、俺もあることを思い出す。
「俺も一回吐いた気がする。」
誰に対していったわけでもない独り言に、ジェニファーが冷蔵庫に手を伸ばして中から新しい水を持ってきて俺に差し出す。
「・・・いる?」
「・・・俺は、いいや・・・。」
気分的にも、今は何も飲む気にもなれなかった俺はそう返した。
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