最終話

「ほかには?両親と一緒に写った子供のころの写真とか、卒業アルバムとか」

「ううん。そういうのは特に。ご両親だって、そういうの見るのはまだツラいんじゃないかな。安藤くんの部屋は見せてもらったけど。亡くなる前は実家に帰ってたから」

 サトミちゃんは考え深げに幸とミミを見つめている。でも、意識はそこにはない。

「ヒラブンくんのことは好きデスネ」

「うん。好きだよ?」

「だまされていたとしてもデス?」

「どういう風に?」

「プルート、アンドしゃんとの出会いからすべてデス」

「うん、サトミちゃん前もいってたね。それでも幸のこと好きだし、むしろ安藤くんがどこかで生きててくれた方がうれしいよ。幸はね、わたしが安藤くんのこと好きでもいいって、忘れてほしくなんてないって。幸も安藤くんのことが大好きなんだって」

「そうデス。サトミはヒラブンくんがメイつぁんに近づくために、仕組んだことかもしれないと思うデス。アンドしゃんは、ヒラブンくんと協力者のふたりで作り上げた架空の人物だったデス」

「そうすると?」

「アンドしゃん役の子はどこかで別の人生を生きてるデス」

 安藤くんが生きているかもしれない。そう聞いても、あまり心動かされない。ハーデースが会いにきたあの日、わたしにとっての安藤くんは亡くなっていて、心の中でだけ生きているからだろう。それでも、どこかで生きていたらいいねと、切実にではなく思う。

「ミミ、実はロボットデス。見たものとか、聴いた音とか、パソコンで再生できるデス」

 信じられない。生きた本物の犬にしか見えない。つまり、プルートはロボットだった可能性があると、サトミちゃんはいいたいのだ。それでプルートとわたしのやりとりとか、部屋の様子やなんかを安藤くんが見聞きできたのかもしれない。

「その証拠に、ミミは鳴かないデスヨ」

 幸が転がしたボールを口にくわえて、逃げ回っている。幸には渡したくないらしい。

「すごいね、いまの技術は」

「センパイはそういうの好きデス。探して手に入れてくれたデス」

 センパイの話になると目がちがう。センパイがロボット説を思いつき、調べてくれたということなのだろう。この説なら全部が説明できるのかもしれない。いまとなっては確かめるスベもないけれど。それとも、サトミちゃんが正しいなら、幸がプルートのロボットをどこかに保存しているだろうか。すると、あの両親も、本当は安藤くんの両親ではなくて、雇われていたってことか。売れない役者とかかな?

「世の中には不思議なことなんてないのデス」

「さっきは不思議なことがあるっていってたよ?」

「それは、不思議に見えることって意味デスヨ。でもよく考えたり調べたりすれば、不思議なことは当たり前のことになるデス」

「なるほどね。思い付きでしょ」

「サトミはいつでも思い付きデス」

 なんだか自慢げだ。

「あのミミが、サトミちゃんの解答ってわけなんだね」

「サトミとセンパイのデス」

「わたしはやっぱり、安藤くんは死んじゃったんだと思う」

 サトミちゃんには黙っていたけれど、ハーデースは最後に一声鳴いた。あれは夢だったのかもしれないけれど、わたしはハーデースの鳴き声のせいで夢から覚めたのだと思う。ロボットは鳴かないのだとしたら、あのときのハーデースはロボットではなかった。

「安藤くんがあらわれて、幸に出会って。安藤くんはいなくなっちゃったけど、幸がいる。わたしはふたりとも好きで、幸はそれでいいっていってくれる。幸はね、しあわせっていう字なんだよ?わたしはいま十分しあわせなんだ」

「あやかりたいものデス」

「うん。そういう小説なんだよ」

「そういう小説デスネ」

 幸が疲れて、膝に手をついて中腰の姿勢で休んでいる。

「いつか小説に書いてもよかデス?」

「美人会社員の恋物語?」

「ぷっ」

「笑ったら失礼でしょ!」

「でも、サトミの芸風じゃなかデスネ。メイつぁんが書いたらどうデス?」

「ううん。わたしは書かない。そんなことしてる暇ないもん。幸のことを眺めてたほうがいいよ。わたしはサトミちゃんに書いてほしい」

「わかったデス。どうせずっと暇なサトミが書くデスヨ。そのうち書く小説リストにノミネートしとくデス」

 幸がミミにリードをつないでやってくる。ミミはご機嫌で尻尾を大いにふっている。

「いやー、疲れた」

「ふだん会社でイスにすわりっぱなしだもんね」

「でも、運動は体に悪いからしないぞ」

「普通、健康のために運動するっていうんだけどね」

 ミミはサトミちゃんの膝にのりたいというように、前足を膝にかけて後足でピョンピョンはねている。車ではぬいぐるみみたいに大人しかったのに。

「ばう」

 あ。

 サトミちゃんと見つめあう。いたづらっぽく目をくりくりさせている。

「あちゃー、バカ犬デス」

 サトミちゃんは両手でミミの頭をはさみこんでモシャモシャなでる。わたしは声をあげて笑う。幸はなにが起きているのかわからず途方にくれている。

「吠えないように訓練してるはずなのに、なにやってるデス。センパイに文句いわなきゃデスネ。これでまたセンパイに絡むネタができたデス」

「転んでもタダでは起きないね」

「アンドしゃんを生き返らせる魔法は解けてしまったデス。でも、メイつぁんには魔法なんていらなかったデスネ」


<おしまい>

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黒猫問題は未解決 九乃カナ @kyuno-kana

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