第9話 読書タイム……なのか? その1
部屋の中は、本を読むのに困らないくらいの明るさで、ソファも座り心地が良く、とても落ち着く場所だった。例え、ここが異世界などと呼ばれる所であったとしてもだ。
ただ、少し安心できる事が一つある。窓がたくさんのある部屋だが、ほとんどは向こう側の景色が見えない。見えるわけはないよな、どれも額縁なんだ。それを壁に掛けてあった。その中で一つだけが本当の窓だった。大きさはトイレの窓くらい(あまり大きくないヤツな)だが、そこから見える景色が図書館の裏通りだったんだ。まあ、その窓、嵌め殺しだから開かなかったんだけどね。気分は違うよね!
さて、読むぞ!
ソファに座り直し、絵本を開く。と、部屋の空気がユラリと揺れたような気がした。
表紙を開いた途端、目の前の窓(の形の額縁)からキュッと音がしたので見てみると……
「窓に景色が見えてる」
先程まで額縁だったものが、本物の窓になっているようだ。もう、何でも来いだ!
ふと、絵本を見ると、窓の形も見える景色も同じだ。
「ひょっとして……」
次のページをめくってみると、どういう仕組みか、並んでいる窓がシュッと一つ分移動した。何となく分かったぞ。
まずは最初のページからだ。
ページを戻すと、壁の窓も戻る。うん、思った通りだ。さて、どんな窓かな?
四角く、桟が十字に入っている窓だ。仕掛けを動かすと草原が広がっていて、遠くに海が見える。良い天気だ。
そして、壁の窓にも同じ景色が見える。
近づくと、鍵穴があるのに気付いた。もしかしてと思って、先程の鍵を出して入れてみる。と、カチッと音がして回った!
「え?開くとか?」
開いたよ……。向こう側に向かって開いた。途端に風が吹き込んできた。草原の爽やかな草の香りに、ほのかに海の香りも混じっている。しばらくなかったな、自然の風を感じること。仕事が忙しくて、アパートと会社の行き帰りだけだったもんなぁ。街路樹は数え切れないくらいあるけど、植えられたあれは自然じゃないだろ?
この窓の、草原も、遠くに見える木々も、たぶん自然のものだ(と思いたい)
次が気になって、窓を閉めてソファに戻った。次のページは……と。
腰高窓のようだ。仕掛けを動かすとカーテンが左右に動いて景色が見えた。
ここは、庭のようだ。花壇や鉢植えの花が咲き乱れている。チューリップにスミレ、ヒマワリに水仙。……季節感はどこ!?
さてさて、壁の方を見てみよう。
おお、窓が移動している。ソファの正面に開いているページと同じ窓が移動してくるようだ。カーテンも同じものが掛かっている。それを開くと、窓。同じように鍵穴があったので迷わず開ける。
「花の香りだー」
ふわりと、色々な花の香りが舞い込んできた。花屋でもこんな香りはしない……だろう。行ったこと無いから分かりませんが。あ、スーパーマーケットのお花やさんコーナーで買ったことは数回。あそこは、近くのパン屋さんの香りが勝ってたわ。
小さく、ブーンと音がしてきた。花に蜂が蜜を集めに来ているようだ。リアルだわー。見ていると、その蜂が一匹こちらに方向転換して飛んできた。急いで窓を閉めようとしたが、強い風が吹き込んできて、それに乗って蜂も飛び込んできた!
「う、わっ!」
こんな時は、手で払ったりしたら逆効果らしい。ソファの方にそっと避けて見ていると、しばらく飛んでいた蜂は、花がないのが分かったのか、窓の向こうに飛び去って行った。追いかけるように窓に駆け寄りパタンと閉めた。
「ふう……」
虫は苦手だ。あのトゲトゲの手足(どれが手でどれが脚?)とか、どこを見てるのかさっぱり分からないあの目とか……もう一度言うぞ、虫は苦手だ!
次の窓!
お、お菓子屋さんの窓らしい。クッキーやプリン、ケーキも並んでる!実は甘いもの好きな俺。マドレーヌがある。翡翠さんがお茶と一緒に出してくれたものにそっくりだ。
壁の窓を開けると、お菓子の甘い香りがぶつかってきた。たまらんです。手が届く所にたくさん並んでいる。お値段を見ても、見たことのない文字なもので、さっぱり読めない。でも、盗むわけにもいかないし、食べても見たいしと、しばらく香りを堪能しながら悩んでいたが、スラックスの後ろポケットに五百円玉を見つけた。それを焼き菓子と交換して窓を閉めた。ソファに戻り、お菓子を食す。いや、食べられるとは思ってなかった。ラムレーズンを使った、パウンドケーキ(2切れ入り)。
「ばあちゃんもよく焼いてたなぁ。味が似てる気がするわ」
お菓子作りの好きなばあちゃんは、もうずいぶん前に旅立った。長生きだったよ。
食べ終わっても、しばらく次のページに進めず、目をつぶって思い出に浸っていた。微かに鼻に残る蜂蜜の香りを感じながら……
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