第8話 今度は窓か!

「ようこそ、水瀬様」

「あ、どうも」


 さっきの小人さんが、声をかけてきた。俺の腰くらいの高さに通路のような物があり、柵が付けられている。そこに立って、優雅にお辞儀をしていた。慌てて俺もそちらを向いてお辞儀をした。

 入ってすぐの部屋は狭く(と言っても俺の借りてるアパートより広いけどな)、小さなテーブルが一つ、通路のある壁に付くように置かれていて、一脚の椅子がある。正面にはまた扉だ。廊下側の扉と同じ、白く塗られた木の扉だった。こんなに一度に色々な扉を見たことが今までにあっただろうか?そう言えば、ここに来るまでの扉は、なんだかどれも見たことがあるような、無いような……


「どうぞ、お掛けください」


 椅子に座ると、ちょうど目の高さに小人さんが……


「はじめまして、わたくしエルブと申します」

「あ、よろしくお願いします。エルブさん」


 慣れたものだ、この少しの時間で。怖くないぞ。椅子に座り、持っていた絵本をテーブルに置いた。さあ、何が起こる?


「ほほう、その絵本ですね」

「あのー、この絵本で何が?」

「隣の部屋で読んでいただきます」

「読む、だけ?」

「そうです」


 そうなの?もう、何だか分かんな~い

 本を読むためだけに、えらく遠くまで来た気がする。


「他に何かお聞きになりたいことはございますか?」


 気になっていることねえ。そうだ、ここに来るまでに見てきた、たくさんの扉の事とかかな。


「水瀬様が、本日までに目にした扉ですよ」


 もう、いいや。何で扉だけ?なんて疑問は今は置いておこう。


「そうなんですね。言われたらそんな気がします」


 うん、一番最初の扉は、この図書館の緑色の扉だったな。

 トイレの扉は……あ、向かいの図書館の通用口近くにあった。

 男湯と女湯は銭湯だよな。確かマンションの近くにあった。


「女湯を覗こうとして……」

「ません!」


 ないよ、決してそんなことはしていないぞ!

 あ、てことはここの扉って?

 と、思いながらエルブさんに目を向ける。どうせ、心の声は聞こえているんでしょ?


「はい、もちろん。ここの扉、見覚えありませんか」

「見たことがあるんですね、俺」

「そうですね、その本を読めば思い出すかも知れませんよ」


 エルブさんから絵本までは、例えて言えば俺が二階から地面に置いてある本を見ているようなものだ。見えてるの?


「見えてますよ。それに、読んだこともあります。なかなか面白い絵本ですよ」

「読んだことが?」

「何回も」

「そうですか……あ、もう一つ。ここって、閉館時間はありますか?」

「いいえ。強いて言えば、水瀬様がここを出られる時間が閉館時間かと」

「そうなんだ、どうなんだ?それ」


 ここにきて思い始めた。これ、夢?

 俺、図書館で寝ちゃってるのかな?

 で、気付かれずに閉館とか?


「寝てませんよ、ここは図書館の中ですよ。歩いて来られたでしょう?」

「広さや長さがおかしいけどね」

「視点の置き所によりますよ」

「はい」


 混乱しそう。いや、してるわ。

 もう、次だ、次!


「はい、では本をお持ちになってこちらへ」


 と、エルブさんが、通路を奥の扉の方に向かって移動し始めた。それについて、ゆっくり進む。歩幅が違いすぎてますからね。

 身長が15㎝くらいかな。あの帽子がちょうど良いくらいの頭してる。視線を感じたのか、こちらに向きかけたので急いで視線を逸らした。気付いてるだろうけど。


「あの帽子、私のですよ。届けてくださってありがとうございました」

「あ、いいえ……ってあれ?」


 視線を戻して驚いた。帽子を被ってる。あれれ?あの帽子は確か翡翠さんのエプロンのポケットにあるはずだけど。


「予備です」

「ですよね」


 そりゃそうだ。

 奥の扉に到着。

 エルブさんの立っている通路の高さは、ちょうどドアノブのところだ。ウエストポーチをごそごそしてるな、と思ったら、出てきたのは鍵。彼にとっては杖ほどもありそうな、俺には普通の大きさの鍵だ。どんなバッグだよ!あ、アレだな?アイテムバッグとかいう、何でも入っちゃう魔法の鞄的な。


「正解です」

「初めて見ました」

「高いですよ?」

「大丈夫です」


 その鍵を渡された。開けろってことね、はいはい。それにしてもレトロな鍵だな。小さくて平たいプレートから丸い棒が伸びて、先には二つの出っ張り。プレートには葉っぱの模様が浮かび上がり、緑色で着色されている。

 ドアノブ近くの鍵穴に入れて回すと、カチッと小さな軽い音がした。鍵はそのまま持っているようにと言われたので、ジャケットの内ポケットにそっと入れた。

 扉を開けると、その先に見えたものは。


「窓?」


 白っぽい壁、焦げ茶の床板、青空の描かれた高い天井の小さな部屋だ。深緑色の大きなソファが置かれていて、その正面の壁にずら~っと。


「窓が並んでる」

「では、ごゆっくり」


 言われて振り返ると、扉が閉まるところだった。廊下に入った時の観音開きの扉のように消えたりしないようなので、ちょっとだけホッとしている、ちょっとだけ、な。


「今度は窓か!」





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