第3話 カニバリズム惑星

 人肉食い、そんな言葉が頭をよぎった。


 この都市の住民は巨大人型兵器の肉を食べるらしい。


 一瞬吐き気が込み上げた。


 頭ではぼくが人間でなくなっているとわかるのだが、体感は人のままなのだ。ぼくこそが人間で、ここの人々こそが尋常ならざる小人だと感じてしまう。


 吐き気はすぐに消えた。ぼくの内部機構はどうなっているのだろうか。そもそもぼくには吐き出すべき口はあるのか。


 ドストエフはぼくの身体をゆっくりと進ませていた。


 あしもとには大勢の住民がうろついている。

 ぼくがつまづくだけで大惨事だ。


 城壁の門扉がさらに開いた。

 ぼくは頭をかがめて門を通過した。


 都市は、ひとことでいえば〝レトロ〟だった。


 中心に聳えるのは、外からも見えていた5本の塔だ。建材は壁の外の氷の家と異なり、レンガのようなものが使われている。パイプが蔦のように巻き付いているが、老朽化しているのか、ところどころで蒸気を吹き出していた。


 塔の周りは、同じく煉瓦造りだが、もう少し背の低い建物に取り囲まれている。マンションの一種だろうか。塔と同じようなパイプが屋上をびっしりと這いまわっている。


 マンションとマンションの間には布の屋根が何重にもかけられていた。イメージが近いのは、商店街のアーケードだ。


 ぼくの目が〝熱〟を分析し、結果を視界のはじに表示した。どうやら、布の屋根の下では暖房がガンガンにたかれているらしい。布はあたためた空気が外に出るのを防ぐための知恵なのだろう。


 レンガのマンションの屋上に人々が出てきた。

 老若男女だれもが手を打ち鳴らし、歓声をあげている。


 ドストエフはぼくの手を少しだけあげて応えた。


 痛い。腕を動かしたせいで、また傷口が傷んだ。


 ぼくは布屋根のない通りを進むと、塔の近くにあった一際大きな建物に入った。建物の入り口には〝再生局〟との看板が出ていた。


 なかは一種のハンガーだった。


 プールのようなサイズのバスタブらしきものが六つ、うち五つにはぼくと同じような〝巨人〟が浸かっている。装甲をつけたままなので、顔などはわからない。


 プールの水は青緑色だ。小さな泡のようなものが底から湧き出している。


 何十人もの技師たちが、それぞれの巨人に群がっていた。

 空いてるプールの前で、二人の誘導員が蛍光ロッドをぶんぶん振った。


 無線が入る。

「お疲れ様でした!隊長」


「おう」ドストエフは子供がそうするように、ざぶりと勢いをつけてぼくをプールに入れた。


 溢れ出した水、いや、お湯が津波のようにして技師の一人に頭からとびかかった。


 仰向けに寝転がったぼくの胸部装甲が開いた。


 ドストエフが出てくる。

 ぼくは肉眼で彼を捉えた。

 精神を通して感じた彼自身の自己認識とは微妙に異なっている。

 自己認識よりは脂肪がついているし、肌の皺も多い。

 それに目の輝きも幾分少ない。

 服装は上下とも黒く、ぴたりと肌に張り付いていた。


 ドストエフが完全にコクピットの外に出ると、常に感じていた一体感が失せた。


 ドストエフが思っていたよりも甲高い声を出した。

「明日までに再生しとけ」


「あ、明日ですか!?」そういったのは、さきほどずぶれになった作業員だった。大きな胸に、濡れたつなぎの布地がよくフィットしている。肌は白人種のドストエフよりも幾分黒っぽい。


「アリシャ、それがお前の仕事だろう?」ドストエフはそういうと、胸部のはじからジャンプしてプールの外に出た。作業員や若い女性たちが一斉に彼に駆け寄る。


 彼はこの都市のヒーローらしい。


 すべての賞賛は彼に集まる。


 ぼくは脇腹に大怪我して自分の意思で動くことすらできない。


 アリシャと呼ばれた女の子が、プールからはみ出したぼくの指に手を当て「がんばってくれてありがとう。すぐ直してあげるからね!」といってくれた。


 彼女は薄汚れているが、すらりと背が高く、目鼻立ちは整っている。

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