第4話 「電飾組?本気組?」自転車でハムレット。



小学校3年生。

サイクリング自転車が流行っていた。

流行ってたのは、自転車なのに、方向指示器だのストップランプだのの電飾がついたやつ。・・・・あと、スピードメータ—もついている。

もう一方で、細いタイヤとか・・・軽量化に徹したスポーツモデルのサイクリング車。


ボクが欲しかったのは、もちろん「電飾組」・・・・だって、トラック野郎そのまんまや。


もう、ほしくてほしくてしょうがなかった。


小学校。教室。休み時間。

ボクは、少年ジャンプの裏表紙に載っている「電飾組」サイクリング車を見てはタメ息をついてた・・・・


「カズ、今日、学校終わったら来いや~」


ゴン・・・権之助が、オアズケから解放された犬みたいな顔で言う・・・メッチャ幸せそうな顔やん。

な、なんや、こいつ・・・意味わからへん・・・

ゴンは従兄や。親戚や。家も近所や。一番仲が良かった。ちっちゃいころから兄弟みたいに育った。


「今日、来んねん、今日・・・」

・・・お尻でシッポがプルプルしているのが見えるようや。


「・・・そうか・・・そうか・・・そうか!」


とたんに、ボクのシッポもプルプルしだした。

・・・・ゴンはこの前の日曜日、両親と自転車屋へいってサイクリング車を買ってもらってた。

もちろん電飾組だ。それが今日届くんや!


放課後、ボクはランドセルを家に置くと、すぐに自転車に飛び乗り、ゴンの家に走った。

ゴンの家まで自転車で5分くらい。

シャッターのついた車庫のある一戸建て。


・・・・そのシャッターの前に、同じクラスの境と岸田もいる。


そこに、パンパカパーンと音が鳴ったようにシャッターが開いた。

ゴンがメッチャ幸せそうに、電飾サイクリング車と共に登場する。


ハンドルに着いている方向指示器のスイッチを入れる。

電飾の光が流れる。


「うぉ~~っ!」


ボクたちは声にならない声を上げた。


ゴンがサイクリング車に乗り、3人はそれぞれの自転車で後を追いかける。

曲がるときの方向指示器。止まる時のストップランプ


・・・かっちょええー!


急にゴンのスピードが上がった。ギアを入れ変えたんや。ぜんぜん追いつけへん。



ゴンの家でおやつを食べて、ボクたちは「チャボ」に餌と水をやった。


ゴンの家の庭には、大きな鳥小屋があって・・・・・動物園の鳥小屋みたいなやつ・・・・、そこに「チャボ」が数羽飼われていた。餌やりと水汲みは、ゴンと、ゴンの兄ちゃんの役目になっていた。それをボクたちは手伝った。


チャボは、学校にいるニワトリとは違って、けっこう攻撃的なんや。早くエサをくれと、足にまとわりついて突いてくる。

綺麗な羽のオスが、木の上から威嚇するような鳴き声を上げてる。


・・・・1羽のメスが、集団から少し離れてボクを見てる・・・・ように感じた。・・・・こいつはおとなしいぁ・・・・


「花子は、もう、おばあちゃんやからなぁ・・・・」

ゴンが言った。


・・・・ボクは花子にだけ届く場所にエサを投げた・・・・嬉しそうに黙々と食べる。

また投げる。花子が食べる。


・・・・かわいい・・・・



「ギアってあんなんになるんやなぁ…・・」


ボクは、5段変速と書かれていたギアの意味を今日の今日まで知らなかった。


「そうや、そやから、坂道とかもメッチャ楽なんや」



お腹が空いてきた。日が暮れてきた。


・・・もう、ここへきてボクの「サイクリング車欲しい熱」は、最高潮や。


サイクリング車を買うことは、母さんにあっさり認められた。・・・もともとボクが乗ってたのは子供用の自転車や。小学校入学前から乗っていたやつ。もうだいぶ小さい。


・・・・問題は、何を買うか、やった。


サイクリング車は「電飾組」と、速さ、スポーツを追及した「本気組」とに真っ二つに分かれる。


「電飾組」はナショナル自転車が筆頭で・・・・なるほどナショナル電器なんよな・・・・「本気組」の筆頭はブリジストンやった。

んで、スポーツ車の究極には「ロードマン」というドロップハンドルの本格派があった。けど、そいつは、まだ、小学校3年生には早すぎる。


母さんの考えはスポーツ車やった。「電飾組」なんか、いかにも子供好みのやつで、すぐに飽きる。

・・・まさか、中学生になっても電飾をつけているわけにもいかへんやろ?ってな話やった。


実際、電飾は、電池で動くわけで、しかも、自転車は外に置いとくことが多い。だかた、雨にも濡れるわけで、すぐ悪くなってしまうらしい・・・・


でも、それは大人の理屈。子供のボクに通じるわけがあらへん。

こいつだけは絶対譲れへんかった。



日曜日。

なんやかんやと言いながら、我が家のスカイラインで自転車屋へ行った。



自転車屋の店内。

壁には色とりどりの自転車が掛けられ飾られていた。



「・・・・あった!!」


その中の一台。

目の前に、夢にまで見た・・・・ホンマに夢にまで見たナショナルの電飾自転車があった。


・・・・でも、敵も諦めへん。説得を続けてくる。

何度説得されても無駄や。母さんに何を言われても、


「これがええねん!これがええねん!これがええねん!これがええんや!・・・・」


・・・・・そんな母さんとの言いあいをよそに、弟を抱いた父さんが、一台の自転車をじーっと見ていた・・・

そして言った。


「カァ、これにせいや」


父さんが壁の一台を指差した。なんてことはない、電飾のないスポーツ車だ。「嫌じゃ!」即答しようとした・・・。


「カァ、これ見てみい、何かわかるか?」


父さんの指さす場所・・・後輪の中心に円盤状のものがついてる。


「わからへん・・・」


「これはな、ブレーキや・・・」


他の自転車をみても、こんな物はついてない。ブレーキといえば、車輪を両側から、ゴムのパッドで挟む物やと思ってた。

実際、他の自転車のブレーキはみんなそれやった。


「これはな、ディスクブレーキゆうてな、車用のブレーキと一緒や。そやけど、車でもな、このディスクブレーキゆうのは、スポーツカーにしかついてへん。フェアレディZや、セリカや・・・・そんなカァの好きな、カッコええ車だけについてるブレーキや」


「ディスクブレーキか・・・・」



・・・・ボクは「電飾組」を脱退した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る