第45話 練磨-(10)
「……」
「あ、おはようございます……」
竜華はむくりと起き上がると、不機嫌そうに顔を顰めた。
髪をわしゃわしゃと搔き、寝起きの瞳のままこちらを向く。
「なんだ、ユキムラか」
彼女は欠伸を噛み殺し、
「いやあ、すまない。私、自分ではうまく起きられなくてね」
「いえ……」
「……んで、どうだ? 答えは決まったのか?」
帰天師を目指すか、否か。その答えは未だに出ていない。依然、どちらかと言えば否の方に傾いたままだ。そのことを伝えようか迷っていると、竜華は徐に口を開く。
「いいか。ここは慈悲深い寺院じゃない。ただの孤児をいつまでも匿うことはできないんだ」
「……分かってます」
いつまでもお世話になっているわけにはいかない。そのことは重々承知していた。
もし、帰天師にならないならば、何をして生きていこう。他の村で米を作って暮らすか。しかし、その選択肢はあまり気乗りしなかった。稲作自体は嫌いではない。だが、家族もいないのにせっせと田植えをしようと思えるほど、強いものを持っているわけでもない。
では、別の選択肢。商人や職人などはどうか。商人はまず算盤が苦手であるので、即却下だ。職人は悪くない。鍛冶鉄工などは非常興味深いものがある。だが、どこに行けばいいのか。伝手も情報も無い。
ユキムラはうまく自分の将来像を結べずにいた。
「まあ、帰天師ってのは命に関わる仕事だからな。やりたくない気持ちも分かる。だが」
「……?」
「お前、このままじゃいつまで経っても不幸だぞ」
鈍器で殴られたかのような衝撃。まさに、その通りだった。
「想像してみろ。穏やかに生きて、家族を設けて暮らす。悪くない将来だ。だが、その裏では常に禍神に怯えなきゃいけない。いつかまた偽夜が発生するんじゃないかと、な。これは不幸なことだろう?」
このまま逃げ出したら、目を背けたら、禍神への恐怖は一生拭えない。想像するだけでも、気が滅入りそうになる。そんな人生でいいのだろうか。
「たしかに、その通りです。ここで逃げたら俺は幸せになれない。将来を見つめるなら……帰天師になるべきなんだと思います。だけど、守るべきものを失っているというのに、それでも戦うというのは……途中で虚しくなってしまうような、そんな気が」
竜華はそれを聞いて、僅かに目を細める。
「ああ。分かるよ。痛いほどにね。だが、それは負の感情から目標を立てているからだ。『したくない』からこうする、というより、『したい』からこうする、という目標を見つけなければならない」
「俺がしたいこと……俺の意志……」
「そうだ。ユキムラの意志。一度、色々なものを切り離して考えてみろ。お前はどうしたい?」
全ての雑音を断ち切って、己の意志にだけ耳を
後悔、無念、贖罪。そのようなものを一瞬だけ遠ざけ、心の奥にある「本来の意志」を抽出する。すると、途端に霧が晴れたように思考が明瞭になり、ユキムラは意を決したように唇を真一文字に結んだ。
「俺は……強くなりたい」
紛れもない本懐。それを伝えると竜華は微笑し、質問する。
「それは……どうしてだ?」
「色々な思いがあります。勿論、大切な人々を殺した禍神が憎い。ですが――それよりも、弱い自分が憎いんです。だから」
ユキムラは一拍おき、顔を上げる。
「俺は最強の帰天師になる」
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