第22話 破壊-(22)

「おらッ‼ 来いよ‼」

 

 八雲は無理矢理、その白い枝のような腕を引っ張った。

 「嫌ッ」と抗い、暴れる白蓮。だが、非力な彼女に成す術はない。半ば引きずられるような形で、ユキムラと引き離される。

 しばらくすると、水面がとろんだように彼女の怒りが収まるのが分かった。全てを悟って、諦めたのだろう。自分の意思で、とぼとぼと歩いて行く。


 二人の間に特別な言葉は無かった。

 それでいい、とユキムラは思った。下手に言葉を交わせば、抑えつけていたものが噴き出してしまうような気がしたからだ。

 離れていく背中を見つめ、それでも切なくなる自分に嫌気が差す。


(気付いてんだよ……とっくに……)


 白蓮への思いは、八雲との結婚を意識しだしてから、日に日に強まるばかりであった。

 自分でもそのことは気付いていた。だが、必死に気付かないフリをしていた。どうせこうなることを予感していたから。時が来たら、必ず悲しい思いをするのだと――。

 

 供物の包みを拾い上げ、一人お供えに向かおうとするユキムラ。その胸中はどす黒い感情が燻る。理性が無ければ、間違いなく八雲を血に染めていただろう。


(いいのか? 本当にこれでいいのか?)


 全ては家族の安寧のため。そのためには思い人を奪われるくらい、安いものだ。家族は唯一絶対であり、切り離せないもの。それに比べたら思い人などは代替が効く。

 そんなことを自分に言い聞かせていると、少し離れたところから八雲たちの声が聴こえてきた。


「しかし八雲さん。本当にあの約束、守るんですか?」


 取り巻きの質問に対し、八雲はわざと大きな声で、こみ上げる笑いを抑えながら応える。


「そんなわけがないだろう。口約束ってのは破られて当然だ。それにお互い子供だぞ? こんな些末なことで守れって方が無理がある」

「そうですね。まったく、まんまと信じ込むユキムラは馬鹿としか」

「ああ。でもまあ、あいつにとっても良い経験になったんじゃないかな」


 その時、ぷちんと、ユキムラの中で何かが弾けた。

 激しい憎悪と怒りが、全身にみなぎる。


 ――意志の声を聴け。


 今なら聴こえる。

 自分の意志の声が。

 がんがんと耳鳴りのように、はっきりと。

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