第31話 新たな問題

 小次郎こじろうが去ってから数分が経ち、ようやく春晶はるあきが戻ってきた。そこには苛ついた表情をした時継ときつぐたちが待っていた。春晶はるあきの姿が見えると時継ときつぐは走って、事態を報告した。


春晶はるあきさん、どえらいことになってもたで」


「まさかこんな所に来ていたとは。普通の人間とは考えられないな」


「実は相馬小次郎そうまこじろうとか名乗る男の人が、真子まこ様を殺害に来たんです。時継ときつぐさんと学史さとしさんが応戦はしたんですが…」


「それをアイツが取り逃しよったんです」


 時継ときつぐ学史さとしを再び指差した。その後ろでは自分の体をギュッと抱きしめるように真子まこが震えながら縮こまっていた。春晶はるあきは大きな溜息をついた。それは安堵の溜息であった。


「良かった。真子まこ様は無事か」


「私は…私は…頼りないのでしょうか? 国民の安寧を作ることは出来ないのでしょうか? それは私に三貴子の資格がありながら闘う意志がないからでしょうか?」


 あやかしたちと戦うことから身を退いた天皇の重い言葉が沈黙を作る。


真子まこ様。そのようなことはお気にかけてはなりませぬ。先も述べたように、これは真子まこ様だけの責任ではないのです。仮にも戦えなくなったとしても我々がおります。安心して席に就いていいのです」


 学史さとし真子まこを宥める。それは長年、側で天皇家を護衛してきた者の務めである。


学史さとし、単刀直入に聞く。相手の素性は分かってるんじゃないか?」


「何故、そのようなことを?」


「お前の目は異常なほどに発達してるのは知ってる。学史さとしにそれを見抜けないはずがない」


「まさか、先生に褒められるとは思っていませんでしたよ。確かに小次郎こじろうと名乗る男は常人ではありませんでした。強い憎しみのようなものを感じました。あれを別の何かで例えるなら…そうですね強いて言うならば怨霊とでも言うべきでしょうか。それに霊力も持ち合わせているはずです」


(怨霊で霊力を持ち合わせている? まさか…昭仁あきひと君と同じ体質の人間か? だとすると嫌な予感しかない)

「とりあえず用心していることに越したことない。すまないが真子まこ様の護衛をしっかり頼むよ」


「先生に言われなくても、これは私の任務ですから」


「それで春晶はるあきさん、これからどないしますか?」


「とりあえず京都に帰ろう。昭仁あきひと君たちのことも心配だ」


 大嶽丸おおたけまる復活の件は、まだ真子まこ様に知られていない。今は、次々に降りかかってきた問題を整理し解決していくことが重要視される。


        ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎


 そして、春晶はるあきたちはその日の夕方に京都に帰ってきた。直ぐに九條くじょう家に向かい、風浪ふなみ賢人けんとが出迎えてくれた。

 賢人けんとからは昨日のあったことを聞いた。


「えらいことになってはるなぁ。春晶はるあきさん。東京の方は何ともあらへんでした?」


「伝えたいこともありますが、聞きたいことも山のようにありますから、後ほど集合してください。あと昭仁あきひと君はどこに?」


 春晶はるあきは、療養中の男子三人部屋へと案内された。


「ここんなります。三人とも酷い怪我しとります。私の術式で治療はしてんけど、それでも暫くは要安静です」


 春晶はるあきはゆっくりと襖を開けて、昭仁あきひとと目が合う。


「やぁ、昭仁あきひと君。酷くやられたみたいだね。それに涼月りょうきなぎ君も」


春晶はるあきさん、労いとかないんですか? 死にかけたんですよ」


「すまないね。とりあえず三人とも無事で良かったよ。話は少しだけ聞いたけど、何があったんだい?」


なぎの話しによれば、五月二日に大嶽丸おおたけまるが突如復活。そしてコイツとその友達が襲われる」


「俺…大嶽丸おおたけまるを目を前にしたとき、真っ先に逃げようとしたんだ。和真かずま佳純かすみより先に。それに和真かずまより佳純かすみの手を引いて逃げようとした。二人の手を引こうとしなかったんだ。心のどこかで和真かずまはどうでもいい。って考えてたのかもしれない。でも、佳純かすみは俺の手を払って和真かずまの元へ行った。死ぬってわかってても…。俺は酷い人間だよ」


大嶽丸おおたけまるの復活には、なぎなみがいち早く対応した。その後陽ひなたも応戦。ほんの少しの呪力を削るのに精一杯だったようだ。そして、復活直後もあったのか戦えるはずなのに何処へ逃げたみたいだ」


「呪力はまだ戻ってへんみたいな感じやった。マジの大嶽丸おおたけまるを目の前にしてたら俺らは動くことも出来へんやろし、死んでたやろな」


「そうか。大嶽丸おおたけまるは復活してしまったのか。ただそれだけじゃないんだろ? その傷はまた別のもの」


「それから二日後。コイツの死んだ友達の親が訪ねてきた。色々説明はしたが信用できる話じゃないと出て行った。そしてその日の夜に四鬼よんきが襲ってきた」


四鬼よんき? 待て待て、四鬼よんき藤原千方ふじわらのちかたの配下の鬼だ。それに藤原千方ふじわらのちかたは平安時代に怪異師によって消されている」


「そもそも藤原千方ふじわらのちかたって実在してたんですか?」


「実在したよ。藤原千方ふじわらのちかたは、我々と違って呪怪師と呼ばれている妖怪側の人間なんだ。一体どうなっているんだ。三大悪妖怪どころじゃないな」


「俺と賢人けんとさん、ひなたなぎなみ、そしてコイツも連れて四鬼よんきに挑んだが、その強さは半端じゃなかった。たけるさんが来てくれなかったら確実に死んでた」


「東京の方でも大事になる事件はあった。これからどうするか、皆で決めたいと思う。明日には五摂家を招集させるとしよう」


 春晶はるあきは静かに部屋を後にした。その後ろを涼月りょうきが着いてくる。


「父、伝えたいことがある」


「どうしたんだい?」


「アイツについてだ」


「アイツ? あー昭仁あきひと君のことかい?」


「アイツは皇族の血を引く者で間違いない。八尺瓊勾玉やさかにのまがたまがアイツに反応したのを見た」


「………そうか。そうなるとあの時の感覚は間違いじゃなかった。昭仁あきひと君は崇徳すとく一族の生き残りで、崇徳すとく天皇の魂を持つ者。そして三貴子さんきしの資格を持つ存在」


「それでどうするんだ?」


「今、殺すことを考えていない。三大悪妖怪を完全に祓うことが先だ。その為には昭仁あきひと君の力は必ず必要になる。それに呪怪師のことも気になるからね。全て片付いてからだな」


 涼月りょうきは無言のまま春晶はるあきの顔を見つめた。


「何か言いたそうな顔だね。情でも湧いてきたのかい?」


「なんでもない」


 涼月りょうきは静かにその場を後にした。


「あれは少し情が湧いているな。昭仁あきひと君の件も五摂家には伝えておくとするか」


 こうして昭仁あきひとのゴールデンウィークは幕を閉じた。

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怪異師伝奇 荒巻一 @28803

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