第65話 懐かしい素敵な声
「それじゃあ、本を返すわね」
アルノの手から離れて、ふわりふわりと浮いてミツバのもとに飛んでいく本。両手にそっと降りてきた本を取った瞬間、ズシッと重みを感じて、本と一緒にその場に座り込んでしまった
「お、重い……」
サクラ達が心配そうにミツバを見つめる中、ゆっくりと本を抱きながら立ち上がった
「本、だいぶ分厚くなってるね」
サクラと一緒にミツバの本をめくると、前とは違う文字が本の最後まで書かれていた
「相変わらず読めないね」
側で見ていたツバキが、読めないその文字に首をかしげている
「サクラ、何て書いているの?」
と、ナツメが問いかけてもサクラは答えず、ミツバの本を読み進めている。一人だけ読んでいる姿に、少しムッと怒ったような表情のナツメに気づいたアルノがサクラ達に背を向けて、ポツリと呟いた
「本を求める人達の願い事よ」
アルノの言葉が聞こえて、サクラ以外みんながアルノに目を向ける。みんなの視線を感じて、振り返るとミツバにニコッと微笑んだ
「今も昔も、良いことも悪いことを本を頼ってきた人達の願い事」
アルノの話を聞きながら、本に目を向けたミツバ。読めないその文字をサクラと一緒に見つめていると、アルノがミツバの方へと歩きはじめた
「それをミツバちゃんに絶ち切ってもらわなきゃいけないの」
「私が……」
本の重さとアルノの言葉に躊躇しはじめたミツバ。だが、そんな事はお構いなしに、アルノがミツバの手を取り引っ張った
「ほらほら。悩んでいる時間なんてないわよ」
「……でも」
「大丈夫よ。たぶん」
「たぶん……ですか?」
不安そうなミツバと機嫌よく話をするアルノ。二人の様子をナツメ達も不安そうに見ている
「アルノさん!ミツバは何をするの?」
と、ナツメが大声で話しかけると、部屋の真ん中までミツバの手を引いたアルノがそっと手を離した。重たい本も一緒に持っていたミツバ。本を落とさないように、ぎゅっと強く本を抱きしめると、それを見たアルノがクスッと笑った。すると、アルノの部屋にある本棚から、ふわりと本が現れて、部屋の中をあっちこっちと動き回りはじめた。その本に見入っているナツメ達。本が空を舞う音に紛れるように、何処からともなくサクラやミツバとは違う声が、うっすらと聞こえてきた
「……声。どこから?」
楽しい声や悲しい声が、あちらこちらからと聞こえてくる。姿の見えないたくさんの声に、恐さで抱きしめあうユリとツバキ。ナツメもユリの服をつかんで息を飲んだ
「この声は、本を書いてきた人たちよ」
声を聞いても冷静なアルノ。すると、声に聞き入っていたアルノの側に家政婦達が、なぜか少し嬉しそうに近づいてきた
「懐かしい声がしますね」
「そうね、元気かしらね」
「ええ、アルノ様を見て微笑んでいると思いますよ」
クスクスと笑いあう三人を、不思議そうに見ているナツメ達。サクラも聞いたことのないたくさんの声に、少し不安になってきた頃、すぐ側で本を持ったままボーッとしているミツバにアルノが声をかけた
「ねぇ、ミツバちゃん」
「……はっ、はいっ!」
声をかけられると思ってなかったミツバ。思わず大声で返事をしてしまった。その元気のいい声を聞いて嬉しそうに何やら耳元でヒソヒソと内緒話をしはじめたアルノ。話し終えたのか、二人見つめあうと、アルノが何度も頷いてミツバを優しく抱きしめた
「分かりました……。私に出来ることなら、サクラのためなら……」
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