第25話前編 蜂蜜は飲み物です 備考:長くなりそうなので切ります。
『いやー、スパッといったね! いや、銃だからドッカーンと? まあ取り敢えず、大大大成功!!♪(*^^)o∀*∀o(^^*)♪』
黄水晶学園に向かう道すがら、通りのカフェで朝食をとっていると、コートを掛けていた椅子が僅かに震えた。
芳子は、焦げ目が均一についたハニーフレンチトーストを噛み切り、咀嚼しながらお皿に戻す。トーストを触っていた手をタオルで作られたおしぼりで拭き取り、コートのポケットを漁った。探り当てたスマホを手に、コーヒーをすする。
『そうですか。良かったですね』
『\(//∇//)\』
『褒めてません』
『大丈夫、お兄ちゃんはちゃんと分かってる。芳子が心の中ではすっごく褒めてくれてるって。恥ずかしくて言えなくて、それは照れ隠しなんだよな』
『妄想癖あるんですね』
『いいのー。心の中は自由なんです、何を思ってもいいんですー。俺は決めた、ポジティブに生きようと』
『いつも過ぎるほどポジティブではないですか』
『まあね^_−☆』
『褒めてません。"過ぎたるは猶及ばざるが如し"です』
『何それ?』
『孔子の"論語"です』
『ああー、言われてみれば聞いたことあるかも。なに? 反省は大事だって話』
『どこを読んだらそのような訳になるのですか? "過剰は不足のようなものだ"、中庸の教えです』
『芳子や、お兄ちゃん更に疑問が増えた。"中庸"とは?』
香ばしいコクのあるコーヒーを口に含んだところでの哲男の返信に、危うく芳子の口元が決壊するところであった。
泡や大惨事、しかし、ギリギリのところで持ち堪えた。
『...何事もほどほどが肝心だということです』
『芳子さんや、さも当たり前に言ってるけど、そんなにそれはポピュラーじゃないのよ』
『ポピュラーですよ、かなり』
『えっ、じゃあ何で俺知らないの』
『自分を客観視できなくて、必要な教えが知覚器官をすり抜けるように出来ているのでは?』
『激辛コメントwww』
『事実です』
孔子は中国春秋戦国時代の思想家で、諸子百家の一人。徳治主義を掲げていた。徳治主義とは、為政者に徳の高い人間が就き、徳によって国をひいては人民を治めようという考え方である。
その教えを根本には"中庸"という考えがあり、「何事もほどほどが良い」という価値観は孔子のみにとどまらず、世界中の哲学者・思想家のなかで古くからささやかれてきた言葉だ。
『まあ、要するに黙れってことね』
『理解が早いことに関してのみ称賛します。確かに、心で何を思うかなど制限しようがありませんが、被害を外に撒き散らさないで下さいということです』
『何気に追い討ちかけるの辞めて(>_<) あなたのお兄さん、既に瀕死よ』
『そのまま永遠に黙っていただくのが最も望ましいです』
『えっ、死ねってこと( ̄(工) ̄) ひどっ』
『いえ、黙れ、ということです』
『あっ、今、ほのかに優しさを感じた(≧∇≦)』
小さめなエスプレッソ用のカップがギギギッと音を立てる。
傍には先程飲んでいたコーヒーカップが置いてある。エスプレッソは新たに注文したらしい。ハニーフレンチトーストは半分まで減っていた。
コーヒーカップとは異なり、金属製のこじんまりとしたカップは、硬質な雰囲気を放っている。持ち手は薄い金属板を曲げたような作りなので、力を入れた芳子の手の平に食い込んで痛々しい。
『それで、また何か面倒事ですか』
『いや、特には...あっ、お市さん戻ってきた』
『旦那に嫌気がさして出戻りですか?』
『違う違う、言ってなかったっけ? 朝倉さんが自害したの。浅井さんは...長男くんと死んじゃった』
『良かったですね、市姫を大人しく引き渡してくれて。そういう時って一家心中するのかと思ってました』
『浅井くん、優しいからね...。お市さんと娘三人は無事救出できたから、まあ、良かったんだけどなー。なんか、釈然としないっつうか、スッキリしない』
『念願が叶ったというのですから、素直に喜ぶかと思っていました』
『人間、そう単純になれないからなー。うーん、"嬉しい"か"悲しい"のどっちかだけだったら、もっと幸せに生きられたかな?』
『少し前、その答えを出した人がいました』
口に含んだパン生地から卵とミルクの香りが鼻に抜ける。外側はしっかり焦げ目がつき、パリパリサクサクの食感で、中はパンというよりか噛みごたえのあるカスタードクリームを食んでいるようだった。上に乗っている蜂蜜は朝日を浴びて黄金色に輝いている。
ハニーフレンチトーストを黙々と食べ進めながら、芳子は夏休み期間の補講での学生との会話を回想した。
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