第123話 写真
リングから離れた自分の席に着いた後、決勝戦が始まったんだけど、セコンドには英雄さんと秀人さんの姿。
それを見た周囲は、興奮したようにざわつき始めていた。
「あれって中田英雄と秀人じゃね?」
「中田千歳って英雄の娘じゃね? 英雄にそっくりだし、ファイティングポーズが、現役時代の英雄そのままじゃん」
『会場に英雄さんと秀人さんがいる』って言うだけでも、自然と注目が集まるのに、それが決勝の対戦相手ともなれば、騒ぎ始めるのも無理はない。
試合開始のゴングが鳴ると、千歳は常に踵を上げ、女の子からジャブを弾くばかり。
「何でキック打たねぇんだろ?」
思わず声に出してしまうと、凌が呟くように答える。
「オーバーワーク気味だって言ってたし… 実は膝痛めてるとか?」
「トレーニング中に痛めたって事?」
「2日くらいジムに来てなかったし、絶対そうだよ。 あいつ、膝やってんだって!」
凌が言い切った直後、決勝相手である女の子はこめかみに千歳の左ハイキックをもろに食らい、立ち上がることができないまま、試合終了のゴングが鳴り響く。
『1撃… 凄すぎんだろ…』
小さな会場の中、溢れんばかりの歓声が響き渡り、凌は居心地が悪そうにするばかり。
「勝者、中田千歳!!」
勝者宣言の声が響く中、千歳は慌てたようにコーナーポストに行き、マウスピースを外してもらうと、レフェリーの前を通り過ぎ、女の子の元へ駆け寄っていた。
レフェリーだけではなく、会場にいる人全員がポカーンとする中、千歳は当たり前にように、女の子をリングから降ろそうとし始める。
会場内に失笑が溢れる中、千歳はやっとリング中央に行き、レフェリーに右手を上げられ、恥ずかしそうにし続けていた。
キラキラと光り、ピカピカした小さなベルトを着けてもらうと、千歳は嬉しそうにはにかむばかり。
ベルトを着けたその姿は、今まで見てきた中でも一番光り輝き、凄く羨ましく思えていた。
ヨシ君が自分の席に戻った後、千歳は英雄さんに説得され、写真撮影が行われていたんだけど、居心地が悪そうにするばかり。
「ちー、写真嫌いだからなぁ… 前に合宿の写真見せたじゃん? あの時もすげー嫌がって、みんなで説得したんだよね。 これが嫌で、今まで公式戦に出なかったってのもあるよ」
ヨシ君の言葉を聞きながら、リングの上で眩いばかりの光を浴びる千歳を見ていたんだけど、更に遠くはなれた場所に行ってしまったように感じてしまい、寂しさばかりが胸に残る。
坂本さんと谷垣さんと少しだけ話した後、みんなと電車に揺られ、ジムに向かっていたんだけど、みんなと話している間も寂しさが消えることはなかった。
どれくらい頑張れば追いつけるんだろ…
あとどのくらい頑張れば、千歳に並ぶことができるんだろ…
考えれば考えるほど、途方もなく遠い存在に思えてしまい、ガラスの壁越しに見ていた幼い頃の気持ちが、鮮明に蘇ってくる。
『あの頃からなんも変わってねぇんだな… どんなに強くなっても、あの頃と変わってねぇんだ…』
みんなにばれないように小さくため息をつき、電車に揺られ続けていた。
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