第14話 当り
「カズ兄! 今日、ちーは?」
桜はジムに入るなり、そう切り出してきた。
「まだ学校じゃね? あれももう中1だし、部活だろ」
桜は不貞腐れたようにベンチに座り、バンテージを手に巻き始める。
ずっと千歳のことを無視していたのに、千歳が小学4年の時、桜とスパーリングし、桜がダウンしたことがきっかけで、すっかり千歳のことが気に入ってしまったようで、ジムに来るたびに千歳のことを聞いてくる。
しばらくすると、段ボールを抱え、長かった髪をバッサリと切った千歳がジムに飛び込み、親父は千歳に歩み寄っていた。
が、千歳は親父の横を通り過ぎ、俺の前に来ると段ボールを床に置く。
「髪切ったんか?」
「桜ちゃんに切ってもらった。 つーか、いい加減自分で受け取ってよ…」
「何それ?」
「プレゼントだって」
「誰から?」
「知らない。 ジムの前で渡された」
「ああ。 捨てといて」
はっきりとそう言い切ると、親父の怒鳴り声がジムの中に響き渡る。
「物を粗末にするな!! リング上がれ!!」
『なんでリング? 千歳にシカトされた八つ当たりか?』
なんて聞く暇も与えず、親父はリングに上がり、俺のことを待ち構える。
自分がオーナーである『中田ジム』を立ち上げた後はいつもこうだ。
千歳が怪我をして以降、ずっと親父は『引退したらジムを立ち上げる』と言っていたし、『ジムを長男に継がせる』とも言っていた。
『中田秀人』が引退してすぐ、東条ジムに移籍し、親父がジムを移籍すると同時に、俺とヨシ、千歳だけではなく、桜と智也、光君も親父を追いかけるように移籍。
その間、何度か引っ越しをし、親父はずっと勝ち続けていたから、安心はしていたんだけど、次の『広瀬ジム』に移籍した途端、悲劇が起こっていた。
千歳は『幼すぎる』と言う理由で、広瀬に入会できずにいると、親父は千歳が心配なのか、練習に身が入らなくなってしまい、親父は格下外国人相手にまさかの敗北。
親父は言葉通りにクラブオーナーライセンスを取り、自分のジムを立ち上げたのが数か月前。
大学卒業直前、親父から『負けたらジムを立ち上げるから、将来は継げ』と言われ、とっさに出た言葉から、パティシエの専門に行ったのが気に入らないんだろう。
本音を言うと何でも良かったんだけど、話しているときにテレビでやっていた『ケーキ屋特集』のおかげで、咄嗟に口に出たのが『パティシエ』と言う言葉だった。
確かに甘いものは好きだけど、公式戦に向けた減量中でも、自分で作ったものを試食できないのがかなりきつい。
けど、親父の言う『ジムを継ぐ気』なんてサラサラないし、キックボクサーとして生計を立てるのは無理がある。
数か月前に行われ、テレビ中継もされたキックボクシングの試合で、優勝できたまでは良いんだけど、ファイトマネーが微々たるもの。
テレビ中継のせいで出来てしまった、階段下に群がる追っかけのせいで、千歳は親父の命令で、じいさんの家に居候をし始め、毎日、走ってジムまで来ている。
そんなことを考えると、『これ以上、表舞台に出たくないし、潮時かねぇ』とも思うんだけど、きれいさっぱり辞めると言うのもなんか違う。
そんな風に思いながら、親父と殴り合い、毎日ボコボコにされていた。
さすがは元世界チャンプと言ったところだろう。
ライセンスの年齢制限さえなければ、絶対今でも現役で居たはず。
光君は数年前に肘を故障して完全引退したせいで、スパーリングパートナーがいないし、別に親父でも良いんだけど…
正直、こうも毎日当たられるとうんざりしてくる。
『老化ってものを知らねぇのかよ…』
そんな風に思いながら、毎日ボコボコにされ、千歳は桜と並んでベンチに座り、呆れたように俺を眺め、ヨシは気配を消しながら、リングの上を眺めていた。
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