第6話 親友のラジル

 僕は将校の間の扉を開いた。

 木の扉の向こうの広間には、何人かが集まって話している。穏やかな笑い声が時々上がり、話は弾んでいるようだった。


 その話の輪の中心にいるのがラジルだ。琥珀色アンバーの髪の毛、灰色の穏やかな目。口調は明るくて、最近まで留学にも出ていたから話題が豊富。ラジルはみんなと一緒にいるのを楽しむ性格の持ち主だ。


 今も、武官だけでなく城の女中の姿が辺りに見えて、みんな分け隔てなく楽しそうにお喋りしている。


 ドアの開いた音に気付いたのか、ラジルの視線がこちらに向けられた。

 一瞬の笑顔は友人としての、けれど深く頭を下げた会釈は領主に仕える臣下のものだった。


「水の領主ステファウヌス様、本日初めてのお目通り、大変光栄に存じます」


 領主に対して昔から決められている挨拶の言葉をラジルは自然に口にして、皆もそれに続いて頭を下げ僕に挨拶を述べる。


 親しくしているけれどしっかり守るべきところは心得ている。この辺り、古くから領主の家に仕える貴族の出というラジルの出自らしさだと思う。


「それで用事はなんだい、ステファン。さっき王の使者が来たと聞いた。みんなもそれを知ってここに集まったんだ」


 領主に対する礼儀正しい挨拶の後は、いつも通りのくだけた口調。


 堅苦しい事を母が嫌ったこともあって、仕来りを守っているのは決まった挨拶の時だけだ。僕もそれに賛成したから、この城では皆、自由な口調で話す。

 それでも僕は領主だから、ちょっとは尊敬の言葉で話してもらっているけれど。


 僕に向けられているラジルや皆の顔。


 僕は王から受けた命について、手短に話した。


「王の命により、国境付近を巡検する巡検師団を構成しなければならなくなった」


 集まっている皆の顔に困惑の表情が現れる。

 僕だって同じ顔をしているはずだ。


「それで? もちろん俺もその巡検師団のメンバーに入っているんだろう?」

 ラジルの明るい声に皆の視線が集中する。


 ラジルのこと、実はどうしようかと思ってた。今言うことでもないけれど、今言わないとこの後でタイミングを失う気がした。


「ラジルには残ってもらいたいと考えているんだ。万が一、僕に何かあった場合」


 僕は真面目に言ったのに、ラジルは吹き出した。


「ないよ、そんなこと」


 真面目に話す僕と、軽い口調で応えるラジル。

 周りの目線が、いつもの僕らのじゃれ合いを見る目に変わっている。


 そうじゃない。僕はけっこう真面目に話しているのに。


「聞いて欲しい。僕と君の二人に同時に何かあったら、マーリンが可哀そうじゃないか」


「心配性な上に、妹思いだな、ステファンは」


 ……それだけではないのだけど。領主になって僕は以前より臆病になった。

 これ以上はラジルと二人の時に話したほうが良さそうだ。


「これから巡検師団に入って貰うメンバーをラジルと考える。夕方までには決めるから、今、ここにいない者達にも心づもりをしておくように伝えてほしい」


 今のは領主っぽく話せたかも。

 周囲に困惑の気配は完全に消えないまま、それでも具体的な指示をすると皆はとりあえず納得してくれた。


 さっきは一人で開けた戸をラジルと二人で通り抜け、僕の執務室に向かう。僕は執務室でラジルと二人、巡検師団の構成員について話し合いを始めた。


「ラーンはどうかな」

「あいつ、今、母親が足を怪我していて、家のことを手伝っているそうだ」


「グロウは」

「従弟が新たに荒地を開墾するから、その手助けに行っている。帰るのは半年後だと」


 各自の個人的な家庭の事情は尊重すべきとは思うけれど。


 名簿や毎日の報告書をひっくり返しながら、結局、メンバーが決まったのは夕方を過ぎ、日が沈み切った頃だった。


 窓の外、赤い夕陽の名残が地平線に糸のように残っていた。


 すぐにそれぞれの家に内辞の使いを出した。

 明日、城に来てもらって確かめてから本式の辞令を出すつもりだ。


「ステファン、俺は帰宅を急がないから、途中で何人かの家に寄って内辞を伝えることができるよ」

「それは助かる」


 その申し出はありがたく受け取って、何人か分の内辞の伝令を頼んだ。


 名簿を確認してから執務室を出るラジルに、僕はさらにダメ出しでお願いした。


「ラジル、明日は朝から僕のところに来てもらっていいかな。巡検の行程についても一緒に考えて欲しいんだ」


「もちろん!」


 ラジルは穏やかな灰色の目に笑みを浮かべ、疲れなんて微塵も感じられない明るい声で快諾してくれた。頼りがいのある僕の親友。


 入り口の戸の脇の灯りが、琥珀色のラジルの髪の色を柔らかく映し出していた。

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