第39話 猫のツナパスタ

 同じ箱の中に住んでいれば、適当なヤツだということを隠すことも出来ず、ヨンからは、「だらしがなくて、みんなほど優しくない人」だと思われていたはずだ。ある日、


「日本人は何があっても約束を守ると聞きました。でもアナタは違う。どうして?」と怒られたことがある。理由は私が自炊していたことに起因する。

 例のコンビーフリゾットを何度か作る内に、毎食コンビーフを一缶使い、バターを大量に投入するのは贅沢だということに気づいてしまった。それで、コンビーフの量を半分に減らし、バターをマーガリンに変えコスト削減を試みた。当然味は落ちたが、それでもコスト削減路線をとり続け、最終的にはコンビーフもマーガリンもウェイパァーも入れなくなり、ただのケチャップをかけた米になった。


 二食ほどケチャップをかけた米で済ませた後に、なぜかケチャップに対してムカついてきて、「絶対に二度とケチャップを食べない」と誓った。

 誓いを立てた翌日、新たな自炊メニューを開発しようと、御徒町の方まで足を伸ばして、スーパーの棚を物色していると、五缶一セットで二五〇円のツナを見つけた。一缶三八〇円したコンビーフと比べれば大分安かった。とりあえず、聞いたことのないメーカーのツナ缶を二セット一〇缶分買い、鍋で米を炊くことに飽きていたので、一緒に業務用サイズのパスタも購入した。


 ゲストハウスに戻り、試しに茹でたパスタにツナ缶をかけただけで食べてみた。小学生の時に、ふざけて猫用の缶詰を食べたことがある。それと同じ味がしたので、間違えたのかと思い缶の表記を確認した。人間が食べるもので間違いなかった。


 もしかしたら自分の口がおかしいんじゃないかと疑い、うがいして、再びパスタを食べて、「マジか」残り九缶あることを考えてそう思った。

 私がパスタと格闘している所へ、ヨンがやって来た。彼女は本来可愛い子にしか許されない声色で、

「いいなー。スパゲッティー美味しそう」と言った。


「まずい」と忠告したが、ヨンは真剣にうけとっておらず、「今度私にも作って」とせがんだ。そこで私は適当に、「分かった」と返した。

 そのやり取りから一週間ほどたった頃に、ヨンに、

「日本人は何があっても約束を守ると聞きました。でもアナタは違う。どうして?」と怒られた。


 約束というほど大袈裟なものではなく、社交辞令だと思っていた私は、

「ずっと待っているのに、一体いつになったら約束を守ってくれるのか」と言う彼女と、性格ではなく文化による価値観の違いを感じた。

 よけいに怒らせることになるかも知れないが、とりあえずその場を逃れたくて、「今から作る」と言い、一旦怒りを抑えてもらった。本能的にヨンひとりに食べさせたらヤバいと思ったので、一回作ったきりで封印していた、猫のツナパスタを、彼女と自分の分作った。大サービスで一人前に二缶ツナを使った。


 何も知らないヨンは、嬉しそうに一口目に手を付け、直ぐに、「ウソだろ?」という表情をこちらに向けた。私は目だけで、「本当だ」と返した。

 それでも彼女は途中で、

「あなたはいつも、こんなものを食べているのですか?」と質問してきた以外は、黙って全部食べた。食べ終えた時には、二人とも疲れていた。


「ごちそうさま」と言った後に、彼女は、「ありがとう」と付け足した。

「お礼に片付けは私がする」と空いた皿を手に立ち上がったヨンに、私も、

「ありがとう」と言った。それで、仲直りだった。

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