第33話 働く人々

 体育会系役者志望が、「ダントツで可愛い」という従業員がいた。ショートカットで顔立ちは確かに整っていて健康的なアイドルのようだった。しかし、その子をダントツで可愛いと言いきるあたり、まだまだ体育会系も若いなと思った。厨房に女性スタッフが二人いて、一人は女子プロレスラーみたいな強そうなヤツだったが、もう一人、下っ端で、忙しい時間帯はずっと食洗機を動かしている女の子がいた。まかないを食べるタイミングが一緒になったときに、「なんでホールじゃなくて厨房なんだ」と聞いたことがある。


「ずっとお客さんと接する仕事をやっていたので、裏の仕事というのもやってみたかった」と事情を説明してくれた。制服は汚れ、仕事中はいつも雑用をしながら汗を垂らしていたので、「厨房って大変じゃないですか?」と聞くと、

「やることいっぱいあって大変だけど、その分暇疲れしなくていいです」と言っていた。


 クソ忙しいレストランの調理場の仕事に、不満を持っていない様子だった。この厨房の子と、ホールにいた、おっとりとした喋り方で、二十歳の大学生なのに謎の色気を漂わせていた、「よく名前を間違えられる女」の方が、滲み出す色気も含めれば女性として魅力的だった。


 当時は愛媛に残してきた彼女がいたので、あまり興味は無かったが、今考えれば勿体ないぐらい、なかなかに綺麗な人が働いている職場だった。初日に仕事を教えてくれた小柄な役者志望も、妖精みたいな感じで、オタクに好かれそうな可愛らしさがあり、客に、「一緒に写真を撮ってくれ」と頼まれてツーショットで写真撮影したりしていた。


 役者志望の女が、客に頼まれて一緒に写真を撮っているときに、客の連れたちが、「ヒューヒュー」と冷やかしていた。その光景を見ていた厨房の男が、「いいなー、いいなー」と何度も言っていたので、何がいいのか聞くと、


「厨房で働いてたら、お客さんとのふれあいが無いから、ホールのそういうところが羨ましい」と言っていた。顎髭を生やし、精一杯イカツク見せようとしているが、小柄で華奢な男だった。人の良さが隠せない感じで、たまたま二人きりになったときに、無言が嫌で、私が前日の賄いが旨かったと話しかけると、ものすごく良いリアクションをしてくれた。前日の賄いが、キノコのパスタだったので、二人でキノコというフレーズを何度も使った会話をした。絡む機会がもう少し多ければ、仲良しになれたかも知れないタイプだった。


 厨房のボスだった料理長は、よく少年ジャンプを読んでいた。背は低かったが、がっちりとした体軀で、悪いことを沢山してきてそうな面構えだった。厨房の、「舐めんな」みたいな雰囲気は、この料理長と、女子プロレスラーみたいな女で作っていた。

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