第32話 スリップ・オン・ザ・ゲロ
大阪から転勤してきた副店長に、青森出身の店長は、まず第一声で、「俺、関西弁嫌いだから、絶対に使うなよ」と言ったそうだ。愛媛から出てきて、大阪弁を間延びさせたような方言を使う私は、店長から見れば立派な西側の人間だった。方言に執着のない私からしてみれば、「そんなヤツいるのかよ」と思ったが、「チーズたっぷりニョッキグラタン」のことを、「ニョッキグラタン」と言って出したことに対して、店長に激昂された時に嫌われているんだなと納得した。
映画館で働いていたときに、『スパイダーマン2』を上映初日に映写ミスで止めてしまったことがある。その時でも大して怒られなかったので、私は人に怒られにくいタイプだと勝手に思い込んでいたが、この店長には毎日、小さなことでめちゃくちゃ怒られた。そのおかげで、同じ西側の人間の副店長とは仲良くなった。
ラストまで働くと、営業終了後に賄いが出される。それを食べて店を出ると、終電に近い時間になる。ある日、蒲田に住んでいるという副店長と一緒に、急ぎ足で駅に向った。その時に、駅のホームで無駄話をしながら電車を待っていると、普通より少し格好つけたタイトなスーツ姿で、颯爽と歩いていた男が、ホームに落ちていたゲロを踏んで滑り、そのゲロの上に転けた。その光景を見て、副店長は、「うわ、最悪やん」と、私と二人の時は遠慮無く使う関西弁でつぶやいた。ゲロを踏んだ男には悪いが、それは良い思い出として印象に残っている。
シフトの希望を出さなかったので、曜日、時間帯関係なく色んなところに入った。そのおかげでレストランで働いている人間とは一通り顔を会わせた。
さすが東京だなと思ったのは、初日に色々と教えてくれた小柄な女以外にも役者志望がもう一人いた。特別男前というわけではないが、体育会系の爽やかさがあり、人当たりのいい男だった。役者を目指してると臆面もなくいうので、私もつられて、「旅人だ」と身の上を説明したが、あっさりと、「そうですか、楽しそうですね!」と返してきた。それで、田舎と違い、東京ぐらい色んなヤツがいる街では、「旅人」と言っても、物珍しがられたりしないことを知った。
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