第26話 王様と王様

 シャワーを浴びた後に、秋葉原周辺を適当に歩き、ゲストハウス暮らしで必要そうなものを揃えた。裏路地にあるPCパーツと安いガラクタみたいな雑貨を売っている店で、赤色のタンブラーを買った後、私の見立てではフランス人のバックパッカーに、「御徒町はどこだ?」というようなことを英語で訪ねられた。私はまだこの辺りの地理を把握していなかったので、「ソーリー。アイム、トラベラー」と見事な語学力でいなすと、フランス人はションボリとした表情をした。


 昼メシは外で食べたが、晩はゲストハウスで食べようと思っていた。馴染むために他の住人とコミュニケーションを早めに取っておきたかった。夕飯時にリビングに居れば誰かしらと顔を会わすだろうと考えた。

「男が台所に立つと出世しない」という祖母の言葉を、母はなんの考えもなしに受け売りで使った。その母も、自分のことを男と思っているのか、台所に立たないので、我が家は誰も料理を作らない家庭だった。出来合いのものを買って帰ってもよかったが、浮かれていたので、普段はしない自炊をしてみようと思い立った。台所に立とうが立つまいが、どうせ出世はしないので関係なかった。


 適当に歩いている内に上野と秋葉原の境目で一〇〇均を見つけた。そこで、赤ちゃんでも折り曲げられそうなペラッペラの手鍋と丼と箸、スプーンを手に入れた。そんだけあればなんか作れるだろうと思った。この一〇〇均の在る場所こそが御徒町だった。


 秋葉原駅周辺にはスーパーが少ない。それなりに食い物が置いている場所といえば、八階がAKB劇場になっているドンキホーテがゲストハウスの最寄りだったので、そこで食材を買った。何を作るか決めていなかったが、コンビーフが三個セットで売っているのを見つけて、好物なのでそれを使おうと決めた。


 コンビーフは主食にはならないので、主食の王様、米と合わせることにした。炊飯器がないので、レンジで温めたら食える真空パックの米を買おうとした。しかし、そもそもゲストハウスにレンジがあるかも怪しかった。無いなら無いで湯せんでも作れるというパッケージの表記を見て、いっそのこと鍋で米を炊こうと思いついて、五キロの生米を買うことにした。ふっくら炊きあげるのは難易度が高いと予測して、リゾット風にしようと考えた。リゾットならとりあえず多めに水を入れとけばいいんだろと思った。


 リゾットの味付けが分からなかったが、そういう時は、「ウェイパァー(味覇)」か、「味の素」を入れとけば何とかなると知っていた。ウェイパァーは、「味の王様」と名乗っていたので、「主食の王様」と合わせるのに相応しいと思った。それだけだと野菜が足りないので、最後にケチャップをかけることにした。

 

 細かくほぐしたコンビーフを、ウェイパァー・リゾットに乗せてグチャグチャにかき混ぜたあと、ケチャップをかけると、見た目は出来損ないの脳みそみたいだったが、味は良かった。更なる向上を求めて、次からはバターも入れようと思った。

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