第20話 江戸っ子
こういうところに住んでいるのは、どこかから出てきた人間だという先入観があったので、地元を訪ねると、
「僕は東京の人間です。親も、お祖父ちゃんもその前もずっと東京なんで、生粋の江戸っ子ですよ」と、少し誇らしげな感じで言った。
「実家が東京なら、なんでゲストハウスに住んでいるのか」とぶしつけなことを聞くと、彼は気持ちのいいほど負い目なく、
「親が生活保護を受けることになったので、僕が一緒に住んでいると都合が悪いんです」と事情を説明してくれた。
この時から一二、三年経つが、今も中谷さんからは、たまに連絡が来る。その時は、お互いの近状を報告し合って、当時の思い出をいくつか語る。そして最後は決まって、
「すぐに返すんで、いくらかお金貸してくれないですか?」と、彼が切り出す。
貸したり、貸さなかったり、私の懐にいくら余裕があるかタイミング次第だが、たとえ、「貸せない」と断っても、ゲストハウスに住む理由を説明してくれたとき同様、気持ちの良い屈託の無さで、
「分かりました、なんとか次の給料日まで耐えてみます」と彼は返してくる。基本的に気分のいい男なのである。
女性専用フロアだという二階を素通りして、三階、キッチンとダイニングのある四階、シャワーとベランダのある五階を案内してもらった。ホームページにはシャワールームは二ヶ所と書かれ写真もあったが、そのうち一つは、人を冷凍保存するためのカプセルみたいな形の簡易シャワールームで、後付けでベッドとベッドの間に置かれていた。世の中で一番、「そんな場所に在ったらおかしいやろ」という場所に設置されたシャワーだったが、そもそも壊れていて排水が出来ないので、使用禁止だと中谷さんは説明してくれた。私は風呂とトイレと食事が遅いので、団体生活の中で関係する設備が一ヶ所しかないというのは、人に迷惑を掛けそうで引っかかった。
しかし他に選ぶ余地もなく、ネットカフェに泊るよりも安く付くので、その場でこのゲストハウスを借りることに決めた。窓際が空いているという理由で三階にした。二段ベッドの上と下両方空いていて選べたが、上り下りが面倒くさそうなので下を選んだ。
どこかから拾ってきたような木を組み合わせて、「㐂作亭(きさくてい)」という文字を作ったエコロジカルな看板が残ったままの、一階の空き店舗でビギンが待っていたので、契約書にサインして三十日分の家賃三万五千円を払った。これでめでたく、東京のど真ん中といってもいいような場所に、ベッドひとつと、鍵式だったか暗証番号だったか、そもそもロックが掛からないタイプだったか忘れたが自分用の細長いロッカーを手に入れた。
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