第16話 五反田のエロいこと屋さん
翌日は昼前に、五反田で牛丼を食べた後、面接に指定された場所へ向った。土地勘のない人間が、地図アプリも無しに、よくたどり着けたなと思う雑居ビルの中にある店舗だった。店名と外観からは何屋か詳細は分からないが、飲み屋かエロいこと屋さんで間違いなさそうだった。
フリーターとして職場を転々としていた経験から、大して緊張することもなく中へ入った。かなりの音量のトランスミュージックとまったく聞き取れないマイクアナウンスがまず耳に飛び込んできた。
喧嘩の強そうな店員が私に気づいて寄ってきた。愛想の良くない、「いらっしゃいませ」という言葉に、ティッシュ配りの面接に来たことを伝えると、あきらかに、「なんだよ」という顔をした。一回分、「いらっしゃいませ」を損したとでも思っているようだった。
一旦、店を出て階段を上がった先で待っているように指示された。言われたとおり進むと、踊り場を曲がったところに、私と同じぐらい金のなさそうなヤツらが三、四人、すでに段に腰掛けていた。
「こんにちは」と声を掛けてから、適当な距離をおいて、私も階段に座った。一人だけ、ちょこっと頭を下げたヤツがいたが、誰も挨拶を返してくれなかった。地方で日雇い労働をやっているヤツらよりも、さらに辛気くさい感じがした。それでも、お辞儀だけしてくれたヤツに狙いを決めて、「面接ですか?」と話しかけてみた。人見知りか、無駄話を求めていないか知らないが、あんまり会話を楽しむ気はなさそうな喋り方で、
「いえ、これから配りに行くところです」と答えてくれた。ここに居るのは先輩方だった。
そんなに待たされることもなく、さっきの喧嘩が強そうなヤツとは別の、外面はいいが家庭内では暴力を振るいそうな感じの中年が来て、面接となった。特に部屋に通されることもなく、階段を少し上がって、何かを待っている先輩方から気持ち離れた場所に座り直しその場でおこなわれた。
中年は私が渡した履歴書には興味がなさそうで、ロクに目も通さず、一通り仕事の説明をしてくれた。今まで何度も同じ説明を繰り返してきたのであろう。ここへ集合して、配布場所まで車に乗せてもらって行って、ひたすらティッシュを配って、最後解散の時に日給を受け取れる。ということを説明してくれている間だけ、感情の無いロボットのような喋り方になった。
ひとつだけ、中年の説明に気になることがあった。バイトの途中でティッシュを持ったままバックレるヤツがいるから、保証金として初日に五千円預かっているらしい。私はその五千円はいつ返してもらえるのか確認した。中年は、「なんでぇ、こいつ」みたいな顔をしながら、「それは最後だ。辞めるとき」と今決めた感じで言った。
「いつから来れる」という質問に、「直ぐに」と答え、翌日から、五反田のエロいこと屋さんのティッシュを配ることになった。
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