第13話 微笑み

 静岡からは当たり前のように龍の金で新幹線に乗って東京へ向った。龍とパンクが泊まるというビジネスホテルに私の部屋も取ってくれていた。


 訳の分からない東京都の条例のせいで、日の出時間に合わせて仕事が始まるので、ホストという仕事のイメージにそぐわず、龍は早寝早起きだった。何を食べたか覚えていないが、やはり龍の奢りで晩飯を食べて、直ぐに就寝ということになった。東京最初の夜は、部屋で彼女にメールを送り、当時やっていたブログを更新して、ホテルのエロチャンネルを無料お試し分、一分だか三分だかチェックして終えた。


 翌朝は五時台にホテルを出た。パンクは地元の八王子に帰り、私は龍に付いて店に行った。

 何度も東京に来ていたので、顔なじみになったホストが沢山居た。そいつらに龍は、

「太郎が旅人になって東京に来た」と嬉しそうに紹介してくれた。仕事と住む場所を探す用事があったが、どちらも朝の六時からやるようなことでもないので、バックヤードでジュースを飲みながら、暇なホストとダラダラと話しをして過ごした。結局営業終了の昼過ぎまで店に居た。


 パンクの住む八王子に帰るという龍とは新宿駅で別れた。元々住んでいた家には、しばらく帰っていないらしい。パンクに本気で惚れているので、元居た女とは別れたいが、女が、「うん」と言わないらしい。家から出ていって暮れないので、家賃を払っている立場の龍が家出をしているそうだ。


 一三〇〇円か四〇〇円かそれぐらいで買ったちゃちなキャリーバッグの上に、私が物心付いた時から家にあった小さな茶色のボストンバッグを乗せていた。それと普段から使っていた、サンキューマートで買った帆布生地の肩掛けバッグが私の荷物だった。キャリーとボストンバッグが邪魔だったので、ひとりになるとまず、南口にあるコインロッカーに向った。


 田舎では考えられないほど大量のロッカーが並んでいたが、どれも使用中だった。都会でのコインロッカーの需要に驚きながら、ひとつぐらい空いているところがあるだろうと、チェックしている内に、上手い具合にひとり、外国人がやって来て、使用していたロッカーから荷物を取り出し始めた。


 あてになるか分からないが、私の見立てではイタリア人の、少し頭髪が薄くなり始めたオッサンが、旅行者らしい大きな荷物をまとめるのを、少し離れた場所で見守り、彼が離れたあとに、空いたばかりのロッカーに自分の荷物をぶち込んだ。鍵を引っこ抜き、顔を上げると、さっきのハゲはじめたイタリア人が、少し離れた場所で、こっちを見ていた。微笑んでいた。同じロッカーをリレーした旅人に対する親しみを込めた笑顔か、ささやかな旅のドラマを見いだしておもしろがっているか、ゲイなんだろうと思った。


 私は吉岡稔真が声援に対してちょこっとだけ手をあげる仕草を真似してハゲに返した。ハゲは満足げに頷いた。

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