第26話 センパイの存在を知られたくない私がいる

 夜、私は家のソファに深く背をあずけ、ぐったりしていた。


「あれ? 旭ちゃん。なんだか今日は疲れ切ってない?」


 美幽センパイが不思議そうに首をかしげる。

 美幽センパイはすっかりわが家になじんでいて、私のとなりに座っているのがもう当たり前になっている。なんだか家族が一人増えたみたいだ。

 私はぐったりとした体勢のまま、目だけ美幽センパイのほうに動かした。


「そりゃそうですよ。今朝は六条さんににらまれ、職員室では若杉先生にプレッシャーをかけられ、昼休みには吉乃ちゃんに幽霊の話を持ち出されたんですから。疲れるなって言うほうが無理ってもんです」


 なんて中身の濃い一日だったのだろう。

 文芸部の入部届を提出したのだって一大イベントだったのに、いろんな出来事が重なって、余韻を味わうどころじゃない。

 けれども、私の疲労感に反して、美幽センパイはいかにも楽しそうだ。


「それに、旭ちゃんは週に一、二回しか来校しないレアな美人のスクールカウンセラーを目撃したんだよね」

「そうでした」

「いいなあ。私も今度会いに行こ~っと♪ ねえ、芸能人に例えるなら誰に似てる?」


 かわいい女の子が大好きな美幽センパイは興味津々といった様子で目を輝かせている。

 たしかに若くてきれいな先生だったけどさ。そんな陽気な気分にはなれないよ。


「それよりセンパイ。吉乃ちゃんのこと、どう思います?」


 カフェで言われた、吉乃ちゃんの意味深な言葉が耳から離れない。

 吉乃ちゃんはなぜ私に幽霊の話を持ちかけてきたのだろう?


 吉乃ちゃんは感情の起伏をあまり表情に出さないから、意図がまるで分からない。

 けれども、あの冷たく澄んだ瞳は、私の秘密のすべてを見透かしているようで、私をひどく不安にさせるのだった。


「もしかして、吉乃ちゃんには見えているのでしょうか? センパイのこと」


 だとしたら、美幽センパイが教室で妙な視線を感じたことにも説明がつく。

 いったい、吉乃ちゃんは私と美幽センパイとのやり取りをどんな思いで眺めていたのだろう?

 幽霊が教室にいるという非日常を淡々と受け入れておくびにも出さない吉乃ちゃんこそ、不気味で底知れない存在のように思えてくる。

 美幽センパイは腕を組み、うーん、と思案をめぐらせる。


「吉乃ちゃん、私とぜんぜん目を合わせないから、見えているようには思えなかったなぁ」

「もしかしたら、あえて目を合わせないようにしているのかも」


 世の中には悪い幽霊だっている。幽霊のすべてが美幽センパイのように優しいわけではない。

 だから、吉乃ちゃんが美幽センパイのことを警戒して、見えていないふりをしていたとしても、なんらおかしくはない。

 一方、美幽センパイはさみしそうに肩を落としていた。


「もし吉乃ちゃんに私が見えているのなら、ひと声かけてくれてもいいのに。私も友だちになりたいわ」

「いいんですか? 吉乃ちゃんがなにを考えて私に近づいてきたのか分からないのに」

「旭ちゃんこそ警戒しすぎじゃない? まだ見えると決まったわけじゃないでしょう? そもそも、旭ちゃんのほうから吉乃ちゃんに近づいたんじゃなかった?」

「まあ、たしかにそうなんですけど」


 美幽センパイの言う通りだった。

 吉乃ちゃんと仲よくなったのだって、私が小町センパイに誘われて文芸部に入ったのがきっかけなわけで。

 私が入部しなければ、吉乃ちゃんとは知り合えず、昼休みを一緒に過ごすことだってなかったはずだ。


「それに、もし吉乃ちゃんに私が見えているのなら、むしろ歓迎すべきじゃないかしら。気がねなく三人で過ごせるしね」

「大丈夫かなぁ。いやな予感しかしないんですけど」

「旭ちゃんって心配性よね。大丈夫、吉乃ちゃんに邪念は少しも感じないわ。旭ちゃんにとって、吉乃ちゃんはクラスではじめてできた友だちなんだもの。大切につき合えばいいわ」


 美幽センパイはいつもの優しい笑みを浮かべ、私を安心させるように言い聞かせる。


 カフェで一緒にお昼を食べた時の吉乃ちゃんの顔を思い出す。

 熱々の油揚げをはふはふ言いながら食べている吉乃ちゃんはかわいくて、悪い子じゃないってすぐに分かった。


 けれども、私の心はいまだにモヤモヤしている。

 なぜだろう?


 もしかして、美幽センパイの存在を私以外の誰かに知られるのがいやなのかな?

 美幽センパイのことを他人に知られたら、取られてしまいそうで、独占できなくなるのがたまらなくさみしいのかもしれない。


 美幽センパイに依存してばかりもいられないのに。

 美幽センパイの存在が私の心を大きく占めていることを、改めて強く思い知る。


 ところで、と美幽センパイが話題の矛先を変えた。


「図書室の本がなくなるなんて不思議ね。しかも、家庭科室に放置されていたなんて」

「まさか美幽センパイのせいじゃないですよね?」

「たしかに私も図書室の本をこっそりお借りすることはあるし、家庭科室にもよく行くけどね。でも私、借りた本はちゃんと戻すわよ」

「ですよね。となると、いったい誰が……」

「きっと、だらしない子がいるのね。見つけたらつかまえて、私が犯人じゃないってことを証明してやるわ」


 美幽センパイはぎゅっと拳をにぎり、決意を固くする。

 私のセンパイは正義感がとても強いのだ。

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