第25話 センパイ、妙な視線の正体って、もしかして……
四時間目が終わり、待ちに待った昼休み。
「それじゃ、センパイはほんとうに一緒に来ないんですか?」
「うん。私も用事があるから。またね、旭ちゃん」
美幽センパイは手をふって、軽やかに宙を飛び去っていく。
ほんとうは用事なんかないくせに。
いつも一緒にいた子に別の友だちができたとたん、急に離れていく。そういう経験はこれまでにも何度かあった。
そのたびにやるせない悲しみを味わってきたけれど、今回は私のせいで美幽センパイという大切な友だちが離れていこうとしている。胸が痛まないはずがない。
美幽センパイが幽霊じゃなくて、みんなに見える存在だったらどんなによかっただろう。
そうしたら、吉乃ちゃんも含めた三人でランチを楽しむことだってできたのに。
私が美幽センパイの後ろ姿を切なく見送っていると、吉乃ちゃんがやって来て声をかけてくれた。
「旭さん、どうかしましたか?」
「ううん、なんでもない。行こう」
美幽センパイには後でちゃんとフォローしておこう。私は心にそう誓い、吉乃ちゃんと一緒に教室を出た。
階段を下り切り、一階の廊下を歩いていると、
「わっ、すごくきれいな先生!」
偶然、見たことのない若い女性の先生が颯爽と歩いていくのを目撃した。
二五歳くらいだろうか。落ち着いたグレーのジャケットにタイトスカート。すらりと細い身体。小顔が際立つショートボブ。憂いを帯びた整った横顔と、目尻がやや下がった優しそうな眼差し。
ああいう大人になりたい、と誰もが憧れを抱くようなきれいな先生は、保健室のとなりにある相談室へと消えていった。
「吉乃ちゃん、見た? 今の先生、素敵だったね。いったい誰なんだろう?」
「うわさのスクールカウンセラーの方ではないでしょうか?」
「スクールカウンセラー?」
「はい。週に一、二度、本校を訪れるそうです。たいした悩みがなくてもつい相談したくなってしまう、と文芸部でも話題になっていました」
「分かるなぁ、その気持ち」
私は大きくうなずいた。
ああいう先生ならお近づきになりたいよね。
プライベートな恋の話とか聞き出したりして、みんなでわいわい盛り上がる様子が容易に想像できる。
そうだ、後で美幽センパイに教えてあげよう。
かわいい女の子が大好きなセンパイなら、あの先生のこと、絶対好きになっちゃうだろうな。
などと考えながら歩くうち、まもなくカフェに到着した。
それぞれ食券を買い、カウンターで受け取った料理をトレイに乗せて運ぶ。そして、もはや私の指定席になりつつある奥まったほの暗いテーブルに腰を下ろした。
「いただきます」
私たちは二人して手を合わせ、声をそろえて食べはじめた。
今日のランチは唐揚げ定食だ。
大好物の唐揚げを一口食べる。たちまち幸せが口いっぱいに広がって、思わず頬がゆるんでしまう。
吉乃ちゃんと食べるランチだから、幸せも倍増だ。
「吉乃ちゃんはきつねうどんにしたんだ」
「はい。わたくし、実は油揚げに目がなくて」
「じゃあ、お稲荷さんも好きなの?」
「それはもう、美味でして」
吉乃ちゃんが頬を朱に染め、うっとりと目を細める。
熱い汁が染みこんだ油揚げを、はふはふ、と一生懸命食べる吉乃ちゃん。あまりにかわいくて、見ていてほっこりした。
「ところで、旭さんはもうお聞きになったでしょうか? 最近学校で起きている、不可解な事件を」
「不可解な事件?」
「はい。最近、図書室の本がなぜかなくなるんだそうです」
そんな事件があったんだ。図書委員なのにぜんぜん知らなかった。
「しかも不思議なことに、それらの本がなぜか家庭科室で見つかるのだそうです」
「家庭科室?」
その単語を耳にして、心がざらつくような、いやな胸騒ぎがした。
まさか、美幽センパイのせいじゃないよね?
朝、家庭科室で私を待っている時、たまに本を読んでいるから。
でも、私の知っている美幽センパイは、借りた本をそのまま放っておけるような人じゃない。
「そ、そんな事件があったなんて、知らなかったなー」
私はざわつく心に
「それよりさ、吉乃ちゃんは早くから文芸部に入ることを決めていたの?」
「はい。小説を書きたくて」
「へえ、どんな小説を書くの?」
私がたずねると、吉乃ちゃんはあごを心持ち上げ、遠くを見つめた。
「旭さんは『ごん狐』という作品をご存知ですか?」
「『ごん狐』? うん、知ってるよ」
新美南吉の童話『ごん狐』なら、小学校で読んだことがある。
ごん狐は兵十の家に栗や松茸を届けていたのに、いたずらをしに来たと勘ちがいされて、火縄銃で打たれてしまうんだよね。
最後の場面、切なかったな。
「わたくしはあの作品を読んで、まるで自分の胸が銃で撃ち抜かれたかのような衝撃を受けました。そして、決心したのです。わたくしは狐が報われる作品を書こうと。そして、狐の無念をこの手で晴らしてみせようと!」
吉乃ちゃんは右手をぎゅっと握り、強く訴える。
どうやら吉乃ちゃんは、一見大人しそうでいながら、実は胸の奥に熱い激情を秘めている子みたいだ。
吉乃ちゃんは興奮した気持ちを収め、右手をすっと下ろした。
そして、私にたずねてきた。
「それで、旭さんはどのような小説を?」
「私は、少女小説やラノベを読むのは好きなんだけど、実際に書いたことはなくて。初めての挑戦なんだ。でも、私に書ける小説なんてあるのかなぁ?」
私は気まずさをごまかすように、てへっと微笑をこぼした。
すると、吉乃ちゃんは澄みわたった声で私に提案してきた。
「それなら、幽霊の小説なんていかがでしょう?」
「……え?」
吉乃ちゃんの抑揚のない声が、鋭利な刃物のように耳奥に突き刺さる。
他の生徒でにぎわうカフェに、吉乃ちゃんの静かな声はよく響いた。
私は動揺をかくしきれない声でたずねた。
「き、吉乃ちゃんは、ど、どうして私に幽霊の小説が書けると思うの?」
「いえ、なんとなく。ただ……」
「ただ?」
「旭さんなら、幽霊と過ごす非日常をなんの抵抗もなく受け入れられそうだと思ったものですから」
すべてを見透かしているかのような涼やかな瞳が、まっすぐ私に向けられている。
たちまち心臓が速いスピードで脈を打ちはじめ、冷や汗がにじみ、息が苦しくなってきた。
私はふいに美幽センパイの言葉を思い出した。
――この教室、なにかいる。
――時々、妙な視線を感じるのよね。
もし、その正体が吉乃ちゃんなのだとしたら……。
吉乃ちゃん。あなたはいったい何者なの!?
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