6章 青い惑星 - 3
銃弾が驟雨のように降り注いでいる。電磁パルスが稲妻のように落ちて、ヒートライドの装甲を焼いていく。砲弾が地面を抉り、苦鳴と怒号が飛び交った。
小規模の爆発が起きてヒートライドの装甲が吹き飛ぶ。巻き込まれた採掘課員の上半身が装甲とともに吹き飛んだ。仲間の死を弔うように雄叫びが上がり、抱えた小銃が頭上へ向けて放たれる。打ち上げられた弾丸はブリッジの裏側に当たって火花を散らす。
保安局は依然として、ブリッジ上からの攻撃を続けている。
彼らの目的は障害となる僕らを殲滅し、セッテを再び確保することだろう。とは言え、ブリッジから降りてきてワンフーたちと直接に戦うようなことはせず、優位なブリッジ上から徹底的にリスクを負わないスタンスを貫いている。
ブリッジから落とされた時点で勝ち目のない戦いだが、状況は僕が気を失っていた間にも刻々と悪くなっているようだった。
僕はトムとセッテに手伝ってもらいながら外環境活動服(アクティブドレス)に着替える。僕の左腕がないせいで、空気を排出すると人命の危険を知らせるアラートがヘルメットのフィルムモニターに表示された。
横転したヒートライドのなかを器用に歩き、格納庫にある小型機動車(ピッコロ)の元へ到着する。そこには一時的に避難してきていたワンフーの姿があった。
僕らがしようとしていることについて、既にトムによってワンフーには話を通してある。それはこの場のワンフーたち全員を切り捨てると取られても仕方のないことだったが、ワンフーは二つ返事で了承してくれた。
壁にもたれて座るワンフーは半身を電磁パルスで焼かれ、脚や肩など複数個所を銃弾で貫かれていた。流れ込んだ冷気は肌の上に霜を下ろし、額から流れる血は彼のアイコンである幾何学模様の刺青を赤く塗りつぶしている。
「ワンさん、後を頼むぜ」
トムが頭を下げる。ワンフーは右手を掲げてそれに応え、壁に立てかけてあった小銃を一丁、トムへと投げ渡す。
「弾は装填してある。二人を、必ず送り出せ」
「ああ、任せとけ。……巻き込んで悪かったな」
「気にするな。少なくとも俺は、最後の最後でいい人生だったと思っている」
トムが運転席に乗り込み、後部座席には僕とセッテが並ぶ。
「セッテ、と言ったな……」
「貴方はどちら様でしょうか?」
セッテが訊ねると、ワンフーが血塗れの顔でほんの一瞬だけ笑ったように見えた。
「俺は」
ワンフーが言い淀む。それからゆっくりと立ち上がる。地を踏みしめ、力を込めた太腿の銃創から泡立った血が溢れた。
「俺はワンフー。君の隣りにいる、勇敢な騎士の友人だ」
「ナナオの友人、ワンフー。……記憶します」
「セッテ。良きパートナーに出会えたな」
「はい。いってきます、ワンフー」
ワンフーは中途半端に開いていた格納庫の扉を開け放つ。朧な光が差し込み、凍てつく空気が。
「行け、ルイ・ナナオ。……為すべきを果たせ。この場は俺たちが請け負った」
「ありがとうございます。為すべきを、果たします」
またどこかで、とは言えなかった。覚悟を決めた男の背中にこれ以上掛けるべき言葉はない。僕は言葉を呑み、一足先に格納庫から出ていくワンフーに頭を下げた。
「……んじゃ、行くぜ。二人とも。目指すはタルシスの谷。直行便だ!」
僕はセッテの手を握る。セッテも僕の手を握り返した。
トムが勢いよくアクセルを踏み込む。急加速した
雄叫びと銃声がこだまする。降り注ぐ銃弾と突き上げる銃弾が狂気乱舞。僕らは体勢を低くして、セッテは空いている手で手摺をしっかりと掴んだ。
保安局もすぐさま僕らの動きを察知。
「しっかり掴まってろよっ!」
吼えるトムのハンドル裁き。
「かかってこいやオラァッ!」
左右に不規則な蛇行。振り落とされまいと僕は歯を食いしばる。握り合った互いの手に力が籠る。
灰色の髪が風に靡く。横を見やれば、セッテは身体を低くしながらも顔を上げ、銃弾降り注ぐ
地球だけではないのだ。
走り抜けた灰色の街並みも。初めて食べたオクトフライの味も。延々と続いているように思えるこの赤茶けた広大な大地も。
セッテにとって、それら全てが初めて目の当たりにするものだ。
彼女はめくるめく一瞬を焼き付けていく。逃してはいけないと澄んだ眼差しが物語る。僕が自分本位に始めた旅の、その全てをその網膜に刻み付けようとする。
それだけで、僕は胸がいっぱいになる。痛みも疲労も後悔も、今だけは意識の隅に追いやった。
アクロバティックな蛇行、急減速と急加速を繰り返しながら弾幕を掻い潜る。間もなく小銃の射程圏外へ。
「二人とも、飛ぶぞ!」
「は? 飛ぶ――――――?」
小さな崖を乗り越え、視界が大きく開けた。包み込む浮遊感と、そして落下。
ここが重力三分の一の火星でなければ、間違いなく小型機動車(ピッコロ)が大破していただろう。口から飛び出しそうな心臓を懸命に呑み込む僕をよそに、セッテの視線は広がる景色に釘付けになっていた。
「ナナオ」
ごうごうと風を切って
「これが、火星ですね」
「これが火星です、セッテさん!」
僕も力の限り叫んだ。
「広いです。とても。とても広いです」
セッテが急に立ち上がる。さすがに危ないと思った僕は彼女を引き留めようとするが、両手を広げ、全身で風を受けるセッテに思わず見惚れてしまう。
「ナナオ、風が吹いています」
吹きつける冷たい風に、セッテの無表情が躍っているように見えた。
「セッテさん、地球はもっと広いですよ」
「本当ですか?」
「本当です。この三倍は大きいです」
「三倍」
セッテはきょろきょろと周囲の景色を見回す。火星の大きさも、それよりも大きい地球の大きさも実感が伴うものではないのだろう。
そんなセッテの様子がおかしくて、僕は思わず声を出して笑った。セッテは目を丸くして、首を傾げながら僕を見下ろした。
目の前に広がる大地は広い。火星は大きい。そして地球はもっと大きい。それはもう、僕らの想像力など遥かに超えていくほどに。
あまりに当たり前で、飾りのない事実だった。
もしかしたら僕らは、難しく考えすぎていたのかもしれない。
カレンが苦しみのなかで求め、僕が拒んで背を向けた人とのつながりは案外単純で、素朴なものなのかもしれないと、僕はふと思う。これから先、二人で同じ景色を―――地球の青を目の当たりにしたとき、きっと僕は美しいと思う以上の何かを感じられる気がした。
「セッテさん。僕はあなたに出会えて、よかったです」
呟いた言葉は風に掻き消され、真っ直ぐに駆け抜けていく僕らには瞬く間に置いていかれる。セッテの耳にも届いていないだろう。だがそれで十分だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます