平凡な生活を送る主人公の元に、ある日突然「普通でない何か」がやって来る。主人公の日常に入り込んだそれは、主人公をトラブルから救ったり、逆にトラブルに巻き込んだりしていき、いつしか主人公の生活を根底から変えてしまう――。
日本人には馴染み深い設定(例:某未来の猫型ロボットのアニメ)ですが、ここへさらに「時代小説」と「人情もの」という、これまた馴染み深い要素が加わったら?
その答えが、本作です。
タイトルにある「手負い侍」のとおり、物語の冒頭は、男やもめの子持ち浪人である主人公の長屋に、傷を負った侍が転がり込んでくるところから始まります。正確には、帰宅したら手負いの侍が転がっていたのですが。
怪我人を追い出すわけにもいかず、不本意ながら手負い侍を居候させる主人公。手負い侍は素性を語ろうとはしないものの、金はあって顔も良く、何より天性の人間通。今日の言葉で言えばコミュ強という奴で、人間の心のひだに入り込み、主人公やその周囲の人間の悩みを解きほぐしたり、主人公の悩みのタネを増やしたりする存在となっていきます。
そうした人情味あふれるストーリーを支えるのは、江戸の町という舞台の忠実な描写や、ユーモアに富んだ会話のやり取り。人情ものの時代小説をお探しなら、本作は必読の一冊です!
命を助けられた若侍は超マイペースなヘラヘラ男。なのに女性達や子供達に大人気なのはその美貌のせいなのか?
彼を助けた堅物のやもめ浪人は、家に居着いてしまったヘラヘラ男に翻弄されながらも、それまで持ち合わせていなかった考え方を学んでいく。
江戸時代、貧しくとも懸命に生きる人々の暮らしぶりとそこここに散りばめられたユーモアが相まってホロリとさせられる。
見出されていく小さな仕合わせや笑顔は何処へ向かっていくのか?
このストーリーはなり行きのようでありながらも実は初めから仕組まれていたものなのか?
どんどんと先を読みたくなる面白い作品です!
読み終わるのがもったいないくらい、江戸の情緒と人情のあふれる世界に浸りました。
長屋に住むやもめの浪人が、傷を負った若侍を助けたことから起こる人間の悲喜こもごも。堅物な主人公と、見た目だけは美しい謎の侍の軽薄さとの対照が鮮やかです。侍らしからぬ男に振り回される主人公のユーモアのあるぼやきが端々に散りばめられて、同情しながらもついつい笑ってしまう。この語りのなんともいえない可笑しみが魅力です。
江戸の町を本当に見ているかのような生き生きとした描写。下町の長屋の暮らしぶりや、四季を通して移り変わる江戸の景色。そして町人から医師や侍まで、ひと癖ある個性的な脇役陣。生活の匂いが伝わってくる描写に、彼らと一緒にこの時代の浅草を歩いているような心地になります。
過ぎゆく季節を通して、人生の喜びや哀愁をときに笑わせ、ときにしんみりと綴る人情劇。最後には思わぬ展開の連続で引き込まれること間違いなし。
とにかく素晴らしいのひと言に尽きます。時代小説のファンはもちろん、なじみのない方でもあっという間に虜になる一作です!
この小説の主人公、向井親信(むかい ちかのぶ)は妻を亡くし、幼い娘と息子を育てる浪人です。生活に苦労はありながらも平和に暮らしていたある日、彼の家に傷を負った若侍の幸之進を匿ったことから、親信親子の生活が一変します。
江戸時代の風景や長屋の人情が詳細に描かれており、そこに幸之進の謎めいた背景が絡んで、最後まで読者を飽きさせません。
生真面目で不器用な親信と、飄々として掴みどころのない幸之進の対照的な性格が物語を一層面白くしています。また、幼いながらもしっかり者の親信の娘、加乃が物語に彩りを添えています。
この小説は時代小説とミステリの要素を兼ね備えており、どちらのジャンルが好きな方でも楽しめる作品です。
妻に先立たれ、未だ幼い娘と息子を手習所の師匠としての収入でなんとか養う浪人、向井親信(むかい ちかのぶ)。ある日いつものように仕事を終えた彼が裏長屋へ帰ってくれば、家の中に刀傷をつけた見知らぬ男が倒れているではないか。武士と思しきその男は目覚めた後に幸之進(ゆきのしん)と名乗り、なぜか長屋に居着いてしまって……
本作は子持ちのやもめ浪人と謎の若侍、ふたりを中心に据えたお江戸人情物語です。所謂陰キャな親信さんに対し、幸之進さんは陽キャ。陰が陽に勝てないのは世の常というものですが、知らない若造に生活を侵略されてしまう親信さんの悲哀、それを描き出す筆が実に軽妙なのです。これはキャラクター力だけでなく、文章力と表現力の高さが揃っているからこその楽しさですね。
そしてその中から透かし見えてくる幸之進さんの隠し事! これが物語の軸にしっかり絡められているからこそのエンディングは最高のひと言なのですよ。
人情ものの魅力を全部魅せてくれる一作です。
(「なにはなくとも世は情け!」4選/文=高橋剛)