描写の妙で主人公とシンクロするように世界に浸ってしまう事はあるけれど、この作品はまさにそういうシーンが多く、磯の香や潮風、うだるような夏の南の島の暑さを感じる事が。
その没入感の中で、子供の頃の海で溺れる記憶からはじまり、何度もあの海に呼ばれるような感覚、そして導かれるように島へ……。
海に囲まれた島なのに「海に近づいてはいけない」事を何度も言われるし、何かを隠しているような宿泊先となった前園家の人たち。
離島だからこその独特の風習として、ちらほら見える不穏の気配。ひとつひとつの小さなヒントをかき集め、島の真実に近づいていくところは推理小説を読んでいるかのようでした。
とにかく主人公颯斗と感覚を共有しているかのような感覚で読めてしまうため、じわりじわりと明らかになる島の歴史が積み上げてきた因習が迫って来る緊張感は、まさにホラーのそれ。
誰しもが、読めばこの島での出来事を追体験できる事を保証します。
数話読むだけで一気読みしたくなるので、時間を確保してどうぞ。
いやーー面白かった!
一話冒頭を読んで、「これ睡眠時間削ってでも続きを読んじゃうやつ」とピンと来て、暇な日に腰を据えて読み始めました。
予想どおり、一気読み不可避でした!
南国の植生、蒸し暑い気候、島嶼部の地形、海辺の匂い、主人公と同じくらい読者のヒアリング力も試される方言…ほんとにこの島が存在していて、夏休みに訪れたような臨場感があります。
圧巻の描写力で描き出される南海の孤島、ぜひご堪能ください!
とはいえ…こちらの作品の一番の見どころは何と言っても、先が読めないシナリオです!
主人公が島に呼ばれた理由に始まり、本心の見えない島民たち、何かわからないけど起きてる異変、怪異の正体、味方のはずなのにどこか奇妙なあの子…
全編通して「どういうこと!?気になる!」とムズムズしてしまう謎だらけ。
読者にページを捲らせる力に満ちています!
おっかないホラーというよりは、知的好奇心がそそられる上質なミステリー。
読み終わるまで帰れない船の旅、ぜひお楽しみください!
ホラーと名の付くものは極力避けて通る私ですが、タイトルと「民俗学」のタグに惹かれて「一話だけ……」と仰け反り気味にページを開き、あっという間に魅了されて全部読んでしまいました。
物語が事件へなだれ込む時の急降下させられるような場面転換にも感嘆しましたが、この作品の真の魅力は細部にあると思います。
屋久島から比彌島へ、船へ乗せてもらってきつい方言をどうにかリスニングして、食事をごちそうになって──そのひとつひとつに香りまで感じるような丁寧な描写は脳裏の映像を色鮮やかにしても良さそうなのに、どこか嵐の起きる直前の晴れ間のような、端の方がちょっぴり翳っているような、静かな不気味さを抱かせます。
そういう文章をじっくり堪能しながら読み進める物語は、恐ろしい事件をすぐ傍に迫らせつつも民俗学者のフィールドワークを見守っているような、知的好奇心を刺激される構成になっています。けれどそんな島独自のミステリアスな伝承や風習の中に少しずつ少しずつ、仄暗い謎が潜ませてあるのです。
そして最後まで読んだあなたはきっと「ああ、そういうことだったのか……!」と声を上げ、伏線を確かめるために読み返しを始めるでしょう。
美しい文体、緻密な謎解き、伝承の向こう側に見え隠れする神秘的な恋愛模様──ただ読者を怖がらせるだけのホラーではありません。娯楽以上に物語へどっぷり浸れる読書体験をお求めの方は、ぜひご一読ください。
物語は主人公・颯斗の不可思議な夢から始まる。
やがて祖父の法要のため、祖父が生まれ育った九州沖合の離島・比彌島に赴いた彼を待ち受けていたのは、当地において語り継がれてきた古の伝説と奇怪な事件だった……。
架空の離島を舞台に展開される長編伝奇ホラー。
フィクションとはいえ、島で用いられる方言や伝承にはリアリティがあり、細部のディティールへのこだわりが物語の完成度を高めている。民俗学に興味のある向きにとってはたまらないポイントだろう。
ストーリー面に目を向ければ、島に伝わる過去の因習をめぐる謎解きや、主人公と島民との駆け引きといったミステリ的な要素も充分に楽しむことが出来る。
ホラーではあるものの、おもわず目を背けたくなるような血なまぐさい描写は絶無と言ってよく、このジャンルが苦手という読者にもおすすめ出来る。抑えた筆致と確かな描写力は、全編に静謐な恐怖と呼ぶべき雰囲気をもたらしている。
物語の最終盤で明らかになる怪異の”正体”、そして主人公が選んだ結末は、ぜひともあなた自身の目で確かめてほしい。