第11話 小話 お茶会

「セディは、お茶会に出たことはあるかい?」


 魔法学の講義のあと、殿下が出し抜けに聞いてこられた。


「いいえ。母の開くお茶会に挨拶するために顔を出すぐらいです。」


 殿下と侍従の顔が一瞬強張ったのが分かった。一瞬後には平静な顔に戻ってはいたけれど。

 何だろう?あの顔は、どうみてもよくないことが起こる顔だった。

 お茶会、すなわちお茶とお菓子を楽しむ目的で主に女性が集まる会だ。この流れでよくないこと?

 フルーツケーキが出る…とか…


「いや、それはない。」

 

 どうやら声に出てしまったらしい、殿下が恐ろしい可能性を否定してくださった。

 

「ま、何事も初めてがある。気にせず、予定通りこいつも連れていくがいい。」


 相変わらずの傲慢な口調で、魔法学の講師、ハリー守護師が口を出した。


「お前の場合、困った時は、相手の目を見て微笑めば、何とでもなる。」

「とにかく、相手を褒めていれば角が立たないよ。」


 全く会話の流れに乗れていなかった。

「困ったとき」?お茶会で?まぁ、これから大慌てで出席者の名前を覚えないといけないが、忘れた場合ということだろうか?


「説明されても分からないものだ。とにかく行け。」


 文字通り背中を押されて、名前を覚える暇もなくそのままお茶会の会場へと向かわされた。背後で「何事も終わりの時間が来ることを覚えておけ。」と呟かれた気がした。


 そして、今、僕は確かに皆の強張りの理由が分かった。身に染みるほど分かった。

 

 初めてのお茶会は、幸か不幸か人数は多くはなかった。王妃殿下が開いたとの名目で、王妃、殿下、そして殿下と歳の近い上位貴族のご令嬢が5人だった。王妃様のありがたいご配慮により、僕にも席が用意されていた。


 始めは、何がこんなに自分を強張らせているのか分からなかった。

 会の場所は中庭で、緑に囲まれそれだけで気持ちは和らぐ、はずだ。

 ご令嬢たちは、容貌も麗しく、加えて実に美しく着飾っていた。美しいものは、やはり気持ちを和らげる、はずだった。

 しかし、すべての美しさが気持ちを和らげるものではない、ということを初めて学んだ。

 いや、ハリーで学んでいた気もする。けれどあの美しさは人外の域で、頭の中で除外していたのだ。

 ともかく、一部の隙もない、正確に言えば、隙など一切許さない、整いすぎた美しい身だしなみと淑やかで上品に見える計算されつくした所作、そして殿下との会話を他のご令嬢より一秒でも長く続ける意欲をみなぎらせた緊迫した空気が、僕を強張らせていたようだ。


 ああ、この会が終わったら、シルヴィとお茶を飲みたい。

 そういえば、もう、10日も顔を見ていない…

 早くも終わりを待ち望んでいる僕の耳に、殿下の声が飛び込んできた。


「マリー、そのピンクのドレスは貴方の愛らしい頬と似た色でとても可愛いね。」

「ローザ、貴方の艶やかな髪が、今日の日差しで一段と艶めいている。」


 殿下は、苦も無くどの令嬢にも均等に誉め言葉をかけていた。

 爽やかな笑顔を常時浮かべて、令嬢たちに振り向けている。声も普段より弾んでいるようだ。案外、楽しんでいらっしゃるのだろうか。

 令嬢たちは殿下に計算された美しい笑みを返している。

 美しさがなければ、もう少し気が休まるかもしれない。

 僕はお茶を喉に流し込んで、時間が過ぎるのをひたすら待つことにした。

 しかし、


「セドリックは、皆さんとお会いするのは初めてね。」


 王妃殿下が『気を利かせて』僕を会話に引き込んでくださった。令嬢たちの視線が、当然僕に集まる。何か話を膨らませるべきだろうが、頭も強張ったままだ、何も言葉が浮かばない。

 これが、『困った時』なのだろうか?


 「はい、お会いできて光栄です。」

 

 ありきたりの挨拶の後、教えられた通り、令嬢たちの眼を見つめながら微笑んでみた。

 すると、令嬢たちは一瞬息を呑んだ後、うっすらと目元を赤くして、こちらをぼんやり見つめている。なぜそのようになったのかは不明だけれど、令嬢たちの計算されつくした所作が初めて崩れ、僕の強張りも解れた。

 さすがだ、ハリー守護師。 今日は素直に尊敬の念を捧げよう。

 頭の強張りも解れ、周りを見ることができた。向かいのテレサ嬢のドレスのリボンに目が行く。確かこのリボンは母上が、


 「テレサ嬢、そのリボンは、クロシア国で流行りだした新しい織りのリボンですね。素敵な肌触りが評判のようですね。」


 テレサ嬢は、顔を赤らめてかくかくと頷いた。テレサ嬢がますますこちらをただ見るばかりで言葉を返す様子がなかったので、隣のローザ嬢の髪飾りのリボンにも目を向けた。結び目に小鳥のチャームが縫い付けられている。これも母上が、


「ローザ嬢、小鳥のチャームを付けたリボンは、人気が高く手に入りにくいと聞きました。手に入れられてよかったですね。」

 

 ローザ嬢は、耳まで赤く染めて頷いた。

 こうやって、僕はご令嬢たちが身に着けたリボンの話だけでこのお茶会を乗り切った。

 

 母上、今まで心の中で貴方の趣味に散々文句をつけていましたが、悔い改めます。貴方のおかげで、この時間を乗り切れました。ありがとうございます。

 

 僕は、お茶会のあと、母上の趣味の語りを熱心に聞くようになった。


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